05

 海外に行く前の日の夜。


 勇気を出して、彼に手紙を書いた。


「拝啓、きりゅうかげちかさま」


 拝啓は読めないだろうなと思って、消した。


「きりゅうかげちかさま」


 会えて幸せだったこと。


 治験で海外に行くこと。


 もういちど会いたかったこと。


 平仮名で、なるべく分かりやすいように、書いていった。


「ううん」


 最後に。


 好きです、という、文言をいれるかどうか。


 もう会わない人間に好きですと言われたら、彼は、どう思うだろうか。


 書き終えたとき。


 少しだけ、涙が出た。


 彼には、もう。


 会えないと分かってしまって。


 涙だけが、流れ落ちていく。


 大声で泣くだけの体力は、残っていなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る