第7話 not only ブラコン but also シスコン






「同衾っ♪ 同衾っ♪ リョウにぃと同衾き〜ん♫」


「…………スズ、頼むからその不穏なワードでリズムを取るのはやめてくれ……」


「ほーい! ん〜……ふふふ♪」



クマのぬいぐるみを片手にピシッと敬礼のポーズを取るスズ。


夕食後にリョウが添い寝を承諾してからは、ずっとこんな調子で振り切れたハイテンションだ。


妹としてあまりに近過ぎるスズの距離感に、本来ならリョウは世間一般的だと考えられる兄妹の距離感を保つべきだと考えているのだが……。


炊事、洗濯、掃除と、恐ろしいほど完璧にこなしてくれた家事という仕事に対し、無報酬とは如何なものか。


労働の大変さを知るからこそ、結果としてリョウはスズに言いくるめられてしまった。


そして風呂上がり、寝る直前の現在に至る。



「はやくぅ、はやくぅ」



ベッドの奥へと座り、ポンポンとベッドの手前側を手で叩いて早く来るようにと、スズは催促してくる。


そんな健気な様子は、妹ながらも大変可愛らしく思えた。



(……まぁ、ここまで来たらもう寝るくらい別にいいか)



言いくるめられるまでリョウがスズとの添い寝をやんわり拒否していたのは事実だが……


スズがここまで自分と一緒にいることに幸せを感じてくれているのなら、できる限りのことは叶えてあげたいと考えてしまう。



(……人のこと言えないな)



どうやら自分も十分シスコンと呼ばれる部類であり、拗らせていることを自覚してしまった。


心の中で苦笑しつつ、部屋の電気を消して感覚を頼りにベッドへと潜り込む。


そしてその広さに違和感を覚えた。


元々は男の一人暮らし、故に寝具はシングルベッドであるので二人が横に並ぶには少々きつい代物。


されど実際は少しくらいのゆとりがあるものだ。


けれど今現在、二人がほぼ抱きつくような体勢にならなければ、リョウがベッドからはみ出てしまうというのは一体どういうことなのだろうか?



「……狭い」


「リョウにぃ、ベッドから落ちないようにスズのこと抱き枕にしてもいいんだよ」


「いや、大丈夫、結構、問題ないから」


「むぅ……ならスズがリョウにぃを抱き枕にするもん」



そう言ってスズは腕と脚を絡めるようにリョウへと抱きついてくる。



「ひゃ〜……」



その二人の距離感に、愉快な黄色い悲鳴がすぐ隣から聞こえてくるのはいかがなものか。



「スンスン……スンスン……ふぁ〜、スズと同じボディソープの匂いだぁ……」


「そりゃスズが今日もおれの部屋でシャワーを浴びたからな」


「いい匂い〜……」



スリスリと顔を擦り付けてくるスズに、リョウはしばしの間だけ無心のままスズの好きなようにさせる。


そして至極当然の結論に至る。



「うん、寝づらい。それに暑い」



ここまでベッドが狭くなるように感じるのは、スズがこちら側へと詰めてきているからだろう。


ならば奥側にはそれなりのスペースがまだあるはず。


その空いているはずのスペースに、リョウはスズをググッと奥へと押し込んで……


押し込……


……なぜ押し込めない?



上半身を起こして掛けていた布団をバッと広げると、スズの背中側、つまりはベッドの奥側にはクマのぬいぐるみがスズと壁に挟まれてムギュっと圧迫されている。


それはもう可哀想なくらい圧し潰されて。


そこまでして密着したかったのか。



「……」


「……」



ついでに言うと背中だけでなく、腰から足下にかけても大きなクッションが敷き詰められていた。


なるほど、クマのぬいぐるみ(+大きなクッション)、スズ、リョウと川の字になっていては流石に手狭だろう。


リョウはスズの背中にあるぬいぐるみとクッションをむんずと掴み、ぽーいっと床へと投げて空いたスペースにスズを押し込んだ。



「バカなことやってないで早く寝な」


「ぶぅー……」



ほっぺたをぷくーっと膨らませて明らかに不服な態度をとっているのが暗がりでもよく分かる。


けれどそれ以上スズが近づいてくることはなく、少しだけモゾモゾと動いて息を大きく吐き、寝始めた。


それに倣い、リョウもそっと目を閉じたのだった。





……

…………

………………





「…………寝れねー」



目を瞑ってどれくらいの時間が経ったのだろうか?


三十分、一時間、もしかしたらそれ以上かもしれない。


なぜか脳が完全に冴えてしまって眠ることを許してくれない。


リョウは寝返りをうち、すぐ隣で目を瞑ってゆっくりと呼吸している妹の姿を見やる。


その姿は十年前までの小さい頃とよく重なって、けれどやっぱり女の子から女性へと確かに成長もしていて。


だからこそリョウは疑問に思う。


どうしてこんなにも自分の傍にいることにこだわるのか。


一体何が、スズをここまで駆り立てるのだろうか。



「スズはさ、何でそこまでおれにくっつきたがるんだ?」



小さな声で、リョウはそっと疑問を口にする。


口にして、返ってこないその答えに息をつき、スズに背を向けて肩まで布団を被り直した。




「だって……この十年間ずっと離れ離れだった分、リョウにぃと少しでも長く一緒にいたいんだもん……」




背中に抱きつかれる感触と、おそるおそる遠慮がちに返ってきた返事にリョウは驚く。



「離れたら、またすぐに離れ離れになっちゃいそうだし……」


「スズ……」



驚いて、影が落ちたその声色と、すがるようにぎゅっと掴むその仕草に、言葉が続かなくなる。



「スズたち、今はほんとの兄妹じゃないんだよ? 繋いでくれる関係が、無いんだよ?」


「…………そう、だな」



スズの言う通り。


スズの名字は、もうリョウと同じ白井ではない。


十年前、スズは芸術家として高名な一族、花守家に養子として引き取られ、「白井鈴」ではなく「花守鈴」となった。


両親が十年前に他界し、スズは別の家へと引き取られ、戸籍上の扱いでは他人、兄妹とは呼べない関係。


それを何度も何度も、口酸っぱく周りの大人たちに言われ、リョウは世界で本当に一人ぼっちになってしまったと感じさせられた。


そんな昔の記憶を、ズキッとした胸の痛みで少し思い出す。



「だからスズが……スズが妹として、リョウにぃのそばにいないと……」



そしてそんな痛みを、スズだけが優しく和らげてくれる。


……リョウは背を向けていたスズへと向き直り、不安げだったその顔を見つめ、そして少しだけ抱き寄せる。



「今日だけ、だぞ……」


「うんっ……!」



それから二人は、ゆっくりと優しい夢の世界へと落ちていった。





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