好きです!好きです!好きです!
くにすらのに
好きです!好きです!好きです!
「好きです!」
放課後はほぼ使われることのない第二校舎の裏で俺は壁に向かって叫ぶ。
学校が好き過ぎて校舎に告白してるわけじゃない。
意中の人に告白する勇気が出ないから練習している。
「好きです!」
部活が休みの日に告白の練習を始めて早1か月。
もはや練習することで満足してしまっている自分がいた。
「好きです!」
初めのうちは口に出すのも恥ずかしかったこの言葉も今ではすんなりと声に出せる。
声を出すことに慣れただけで実際に告白するところを想像すると胸がドキドキしてしまう。
「そんなに学校が好きなの? それとも壁?」
ふいに声を掛けられ振り向くと、そこにはこの想いを伝えたい張本人がいた。
同学年なのに少し子供っぽく見える小さな体と、大人っぽく見せるために伸ばしてるらしい黒髪がむしろ人形っぽさを強調している。
「ねえ、そんなに第二校舎が好きなの?」
くすくすと笑いながら首を傾げる姿が可愛すぎるのと、あまり見られたくない姿を見られた驚きと、ふいに話しかけられた緊張でうまく言葉が出てこない。
絶対に変なやつだと思われてるし、正直に告白の練習をしてるなんて言えるわけもない。
だからといって上手い言い訳も思い浮かばなかった。
「こ……告白の練習」
「第二校舎への?」
「え?」
目の前にいる意中の相手、桃井さんの質問は『第二校舎が好きなの?』
それに対する答えが『告白の練習』では会話が噛み合っていないことにハッと気付いた。
「冗談、冗談。倉田くんっておもしろいね」
桃井さんを笑顔にできたのは嬉しいけれど『笑わせた』というより『笑われた』というのが正しい。
こんな雰囲気じゃ桃井さんに告白するまでの道のりはまだまだ遠そうだ。
「誰も来ないと思って告白の練習してたんだけど、この辺って意外と人が来る?」
「うーん。どうだろ。私はたまたま部室の粗大ごみを捨てに来ただけ。もしかしたら誰かに見られてたかもね」
桃井さんはムフフと無邪気な笑みを浮かべて俺を見つめる。
いたずらの対象を発見した子供みたいな表情に心臓の鼓動が早くなった。
「マジか……。第二校舎で告白の練習してる男の噂なんて流れてないよね?」
「うん。まだね」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かばて桃井さんが元気に答える。
『まだ』ということは『これから』の可能性は否定しきれないということだ。
つまり、全ては桃井さん次第。
「ふふふ。どうすればいいか倉田くんならわかるよね?」
「……何が望み?」
これが逆の立場なら桃井さんを恋人にできたかもしれないのに。
そんな考えが脳裏をよぎったけど、それではただの脅迫で恋人ではない。
むしろこの状況は桃井さんと仲良くなれるチャンスかもしれないと思い、心の中でガッツポーズした。
「私も一緒に告白の練習させて」
「え? あ……うん」
もっとこう奴隷みたいな扱いを受けるのかと思ったら一緒に告白の練習をするという軽い要求だった。
いや、問題はそこじゃない。
桃井さんも告白の練習をするということは、桃井さんに好きな人がいるということだ。
俺が桃井さんを好きなように、桃井さんだって誰かを好きになって当然。
これはもうあれだ。恋愛相談をしているうちに相談相手を好きになってしまった展開に持ち込むしか可能性がない。
「ダメ……かな?」
もじもじと上目遣いでそんな風に言われたら断れるはずがない。
桃井さんが告白したい相手は誰なのかとか、どうすれば俺に気持ちを傾かせられるかとか、いろいろな考えが頭を巡る。
だけどひとまず今はこう答えなければ何も始まらない。
「ダメじゃないよ。一緒に練習して、いつかちゃんと想いを伝えよう」
「うん! ありがと」
桃井さんにだけでなく、自分にもこの言葉を言い聞かせた。
「それじゃあ早速」
桃井さんは息をスーッと大きく吸って、壁に向かって叫んだ。
「好きです!」
たぶん2人きりのこの空間で、自分の好きな人がこんな風に叫んでいたら勘違いしてしまいそうになる。
あくまでこれは練習なんだ。自分に向けられた告白じゃない。
頭ではわかっていても、やっぱり顔がにやけるのは抑えきれない。
「倉田くん、なにニヤニヤしてるの?」
「なんでもないよ。人の告白を間近で聞くのはなんか恥ずかしいなって」
「むぅ! 恥ずかしいのは私の方なんですけど。ほら、倉田くんも練習練習」
桃井さんに促されて俺も深呼吸をして発生の準備を整える。
壁ではなく、すぐ隣を振り向けば伝えたい張本人がすぐそこにいるのに、それでも俺は壁に向かって叫ぶ。
「好きです!」
壁に反射した声でもいい。ちゃんと本人に伝わってくれればいいのに。
だけどその願いと想いは届かなかった。
「うんうん。良い声だ。倉田くん、明日も練習する?」
「明日は部活。部活が休みの日だけだから毎週火曜にここに来てるんだ」
「そっかぁ。じゃあ私も火曜にまた来るね」
桃井さんはそう言い残してそそくさと走り去ってしまった。
そういえば部室の粗大ごみを捨てに来たとか言ってたっけ。部活中だったのかな。
「はぁ……」
さすがにもう告白の練習をする気にはなれなくて、溜息を付いて空を見上げた。
「火曜、楽しみだな」
***
「せーのっ!」
「「好きです!」」
2人の告白が重なり合う。
これがお互いに見つめ合うシチュエーションなら良いのに、残念ながら2人とも壁に向かって愛の言葉を叫んでいた。
「いや、一緒に発声するのはおかしくない?」
「そう? 万が一、両想いだった時の練習も必要だと思うよ」
桃井さんはニヒヒと楽しそうに笑っている。
「あ、部活に戻らなきゃ」
「なら、最後にもう1回」
「ふふふ。倉田くんも両想いパターンに心惹かれているね?」
なぜか得意気な表情を浮かべて桃井さんは再び壁に向き直す。
絶好の告白チャンスなのに自分は何をやっているんだろうと思いつつ、今この時間が愛おしくて結局練習することしかできない。
「せーのっ!」
「「好きです!」」
さすがに誰かに聞かれるんじゃないかと思うくらい大きな声が出てしまった。
でも、もし誤解されるなら俺はそれで構わない。
「いつか届くいいね」
桃井さんはいそいそと部活へ戻っていった。
俺の気持ちは桃井さんには届いていない。その現実に打ちのめされそうになったけど、まだこの関係を続けられることに安堵を覚えていた。
「桃井さんはいつ告白するんだろう」
その前に自分が告白してしまえばいいのに、そんな風に考えてしまう自分が嫌だった。
***
「倉田くん、稽古は本番のごとく、本番は稽古のごとくって知ってる?」
「関取のやつだっけ?」
「そうそう。やっぱり本番みたいな練習をしないと意味がないなって思ったんだ」
好きな人が隣にいる状態での告白は俺にとっては本番みたいな練習なんだけど、そんなことを知らない桃井さんにとっては壁に向かって練習しているようにしか見えていない。
「えっと、つまりそれは」
「今日はお互いに告白してみよ?」
マジか。
言葉には出さなかったものの頭の中はその気持ちでいっぱいだった。
本番のごとくどころか、もはや本番そのものだ。
「いや、桃井さん。それはさすがに本番のごとく過ぎるって。誰かに見られたら」
「大丈夫大丈夫。第二校舎って放課後は本当に誰も居ないから」
「俺と桃井さんが居るじゃん」
「それは特殊な例ということで」
人が少ない校舎裏で男女が2人で告白の練習をしている。
たしかに特殊な例ではある。
「ほら、早く早く」
ごくりと唾を飲み込む。
だって、これから本番の告白をするのだから。
桃井さんは練習のつもりかもしれないけど、俺にとっては本気の本番。
「まあ待てって。告白前の独特の緊張感とか間みたいなものを表現した方が本番っぽいだろ」
「おお! たしかに」
ここまで言っても桃井さんはまだ本番を想定した練習のつもりらしい。
うん。全然伝わってないね。
あーあ、まさかこんな形で唐突に本番が来てしまうとは。
大きく深呼吸をして、それでもまだ覚悟が決まらなくて言葉が出てこない。
何度も何度も壁に向かって叫んできた、たった4文字の言葉。
だって俺は知らないんだもん。
5分後にちゃんと気持ちが届くなんてさ。
好きです!好きです!好きです! くにすらのに @knsrnn
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