489 秘密の通路

 ファティは天幕を出たウェングとタストに追いつき、声をかけた。

「ウェングさん、タストさん。少し、お話よろしいですか」

 二人は振り返ったが、どことなく悪いことをしてバツが悪い子供のような表情をしていた。

「どうかしたのかい」

「色々話したいことがあるんです。この国の人たちがどういう人なのかとか、敵が本当は何者なのかとか」

「それは……その、ごめん」

 言葉が続かなかったのか、タストはうなだれながら謝罪した。

 ファティはそれがどうにも自分の昔の姿に重なって見えた。一つ失敗をするたびに謝り、緊張のせいで何もうまくいかず……その繰り返しだった。多分タストは何も言えなくなったのだろうと想像できた。だからタストを咎める気持ちはなかった。

「いいえ。謝る必要はありません。私がもっと頼りになればタストさんも話してくれたと思いますし」

「「……」」

 押し黙った二人にやはりそうなのだろうと自嘲的になる。結局のところ現実が見えていなかったのだ。体のいい理想を口にして、そのくせ何もしなかった。今でもできているかはわからない。だが、それでもなるべくそうある努力はしなければならない。

「もう少しして時間ができればもっとちゃんと話をしましょう。お互いの思っていることをちゃんと話しましょう」

「……そうだね」

「ああ、そうしよう」

 少しだけ晴れた面持ちの二人はうなずくことができた。

「はい。じゃあまた――――」

「いや、すぐに会うよ。僕は君と同行することにする」

「そうだな。俺たちはいまさら後には引けない」

「そうですか……じゃあ、一緒に行きましょう。力を貸してください」

「「ああ」」




 二人と別れたファティは次に自分の駕籠に戻った。

「ミーユイ。いる?」

 ずっと待機していたミーユイを呼ぶ。

「はい」

 すっと音をたてずに駕籠の影から姿を現す。

「戻ってきてすぐで悪いけれどまた私は出かけます。多分ここにすぐ戻ってくると思うけど、気をつけてね」

「お心遣い感謝します。聖女様もお気をつけて」

「うん。ありがとう」

 挨拶もそこそこに立ち去る。ファティとしてはもう一人、チャンドに会いたかったが……この状況では難しいだろう。せめて無事を祈ることしかできなかった。いや、むしろ、自分が目的を素早く達成して危険から遠ざければいい、そう決意を新たにした。

 そしてもうファティの姿が見えなくなったミーユイは、とてもファティには見せたことがないほど晴れやかな顔をしていた。






 総勢で十数人の部隊が道なき道を行く。曇天の隙間から差す月明りによって何とか進むことができていた。

「こちらです」

 時こそが肝要であると全員が理解していたので言葉少なだった。

 アグルが指さす場所をよく見ると、草や土で隠された地下室への扉があった。

「よく見つけましたね」

 アグルは返事をせず、ただうなずいた。

「半分に分かれましょう。聖女様は先に進まれるとして……」

「僕たちは聖女様と一緒に行きます」

「俺もだ」

 ウェングとタスト、他数人がファティと連れ立って地下道の中に進むことになった。

「私はここに残ります。皆さまも何か危険を感じればすぐにお引き返しください」

 退路を確保するのは当然なので、誰も文句は言わなかった。


 地下道は暗かった。夜の闇さえもここでは優しさにあふれていると錯覚するほどに何も見えない。

 だが、それでも光はある。

「これで、見えますか?」

 ファティは手をかざすと<光剣>を顕現させた。すると暗黒の地下道は銀の光で満たされた。同行者たちは皆素早く敬礼した。

 ここならば外から光が見える心配はないので遠慮なく明かりをつけられる。

「急ぎましょう」

 できるだけの速度で、暗い道を進む。

(これで戦いが終わるわけじゃない。アベルの民との同盟は決裂したから、また新しい居場所を探さないといけない。でも、この場を去るにしても進むにしてもこの要塞の大砲は壊さないと)

 もがくように、あがくように、思考する。

 その先に明るい道があると信じて。


「聖女様。少しお待ちを」

 ウェングがファティに声をかけた。距離感はわかりにくかったが、少なくともまだ要塞の内部にはついていないはずだった。

「どうかしましたか?」

「そこに、隠し扉があります」

 目を凝らすと確かに扉があった。

「出口ですか?」

「いえ、恐らく非常用の脱出口か空気穴のようなものでしょう。今は関係ありませんが念のために場所を――――」

 ウェングは言葉を途中で止めた。背後から誰かが近づく気配を感じたのだ。

「せ、聖女様!」

 慌てて駆け込んできたのは出口に残っていたはずの信徒だった。

「どうかしたのか?」

 タストが落ち着くように穏やかに声をかけた。

「あぐ、アグルさまが……ま、魔物にさらわれてしまいました! アグルさまは我らに聖女様に撤退なさるよう進言せよと……」

 全員が事態を把握した。

 つまりここに来ていることは察知されたのだ。そして退路を断つために出口を封鎖するつもりなのだろう。だが幸運にも出口はもう一つあった。

「ここから外に出ましょう!」

 ウェングが隠し扉を強引に開く。梯子がかかっており、そこから外に出られるようだった。

 順々に外に出る。だが……そこで見たのは驚愕の光景だった。

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