371 摩擦

 ちょっとここ数時間前を振り返ってみよう。

 作戦をたてよう! 翼が色々頑張ってくれた! 

 銀髪を倒した! と思ったらパワーアップして復活した!

 よくわからんけどヒトモドキを捕らえた! 美月と久斗がピンチ!


「それで? 美月と久斗がどうなったんだ?」

 細かいところを尋ねるとテレパシーで妙なところから返答があった。

「それには私からお答えしましょう」

 マーモットの神官長ティウだ。こいつが関わっているとどうしても陰謀の匂いがしてくるなあ。

「何があったんだ?」

 そう聞くとティウはことのあらましを説明し始めた。






 ことは少し前。

 ウェングが空の彼方の影を見て、一旦進軍を停止し、救援に向かう部隊を編成し終えた直後のこと。

 美月はそれを遠巻きに眺めていた。

(……そのうち気付かれると思っていたけど……どうしてこんなに対応が早いのかしら)

 美月からは何ひとつとして異常を見られないこの段階で迅速にウェングが行動したことに強い違和感があった。もちろんウェングが予知能力を使ったなどとわかるはずもないので、ひとまず連絡を取る必要があると判断した。

 用事を押し付けられた久斗はいない。自分しか余裕はない。だから自分の判断で行動する。

 誰もいない場所まで移動し、懐から小さな笛を取り出し、力の限り吹く。美月には何の音も聞こえない。しかし近くに潜む味方には聞こえているはずだ。

 この笛は犬笛と呼ばれ、自分たちには聞こえない高音を出す笛だと教えられていた。普段の連絡は時間を定めて、向こうからテレパシーを繋げる手はずになっている。ただしどうしても緊急の用事がある場合はこの犬笛によって連絡を催促するのだ。


(私、どうしてこんな生物なのかしら)

 連絡を待つ間、美月が感じたのは疎外感だ。聞こえるべき音が聞こえず、テレパシーは口を開かなければできない。

 そう教えられたわけでないが、どうしても自分が劣っているという認識を持ってしまっていた。今回のスパイ活動を経て、その気持ちはより強まっていた。

 たかが王家の一員だったという理由だけで崇拝されるティキー。神や救いという意味不明な概念を盲信し、理屈や能力をないがしろにする価値観。どれをとっても彼女には受け入れられなかった。

 それはある意味、エミシ流の教育が十分に効果を発揮している結果だった。……見ようによっては差別の萌芽とも捉えられるのだが。やがてテレパシーが届き、事態を報告した。


『了解した。しかし向かっている部隊がこちらの作戦に与える影響は軽微。そちらは部隊が迅速に行動した理由を調べろ』

「はい。わかりました」

 謹厳にうなずき、日本語で返答する。ここに潜入しているので普段話している言葉は中国語から発展したクワイ語だが、こうやって彼女の仲間と話すときは普段慣れ親しんだ日本語が出てしまう。

 それが致命的な失敗だった。


「ねえ、どうしたの?」

「!?」

 美月が振り向くとそこにはティキーがいた。

 ありえない。ここには誰も来ないはず……いやそれよりも。

(何でこいつ外に出てるのよ!?)

 美月の当惑はむしろ外に出るはずのないティキーが外に出ていることに集中していた。

 セイノス教徒にとって神聖な存在であるティキーは原則として俗世の穢れに触れさせるべからずという暗黙の了解が存在する。

 そのためティキーはほとんど駕籠の中から出ない。つまり。


 何らかの強い意思をもってここにいるということ。


 バクバクと心臓の音が鳴る。息を荒げないように必死で取り繕う。混乱する頭を何とかなだめる。

 全精力を総動員して普段通りを演じる。

「ティキー様。少し風に当たりたくなっただけです」

 完全に演じたという確信とこれではだめだという疑心が同居する。

「……そう。ところでさっき誰かと話していたの?」

(――――!? 聞かれてた!?)

「いえ、ただの独り言です」

 徐々にティキーの顔が険しくなっている気がする。それでも目をそらさずに会話を続ける美月の胆力は称賛されるべきだろう。

「……私の聞き間違いかもしれないけど……あなた、違う言葉をしゃべっていなかった?」

 ティキーの疑問は通常のセイノス教徒では決して持ちえない疑問だ。何故なら言語とは一種類であり、違う言語などこの世界に存在しているはずはないからである。

 その事実に気付いた瞬間に……美月の脳内を最悪の想像がよぎった。つまり、先ほど出発した部隊は何らかの事情で情報が漏れてしまい、それを銀髪に伝えに行ったのではないかと。

 そして、もしも情報が漏れるとするならば自分たちからしかありえない。

(まさか……私たち……泳がされてた!? こいつ……今までも私たちを監視していたの!?)


 実のところそれは全くの見当違いである。

 ティキーはただ単にウェングからファティに危機が迫っていることを知らされ、ここも安全なのかどうか確信が持てなかったのでせめて美月と久斗を安全な場所にかくまうために二人を探していたのだ。

 ようやく見つけた美月がよく聞き取れなかったとはいえ日本語らしき言語で話している気がしたので、美月もまた転生者ではないかと思って探りを入れていたのだ。

 ティキーにとっての誤算は現在の立場からすると探りを入れられるという行為そのものが美月にとって致命的な失態であるということだ。


「……ねえ。私は別にあなたに危害を加えるつもりはないの。ただ、正直に話してほしいだけ」

 今の美月にとってはエイリアンに話しかけられている状態に等しい。どれだけ優しい言葉でもそれをうのみにはできないのだ。

(こいつ……殺すしかない。目撃者を始末するのは下策って教わったけど……この状況なら……でも、不意をつける状況じゃない。どうすれば……)

 一歩踏み出したティキーに対して思わず後ずさる。美月の混乱は最大限に達していた。


 ティキーの背後によく見知った顔が忍び寄っていることにさえ気づかないほどに。


 しゅっと何かが裂ける音。

 それはティキーの胸から聞こえた。ティキー自身も胸から飛び出ているものが何なのか理解できずに呆然としていた。ティキーの胸は白い魔法の<剣>によって貫かれていた。

 久斗が……美月でさえ一目で久斗だとわからないほどに鬼気迫る表情でティキーを刺し貫いていた。

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