363 序曲
双子たちが騎士団に加わった同日の夜半。寝付けなかったファティはふらりと歩いていた。
戦い、戦い、また戦い。いつまでたっても戦いは終わらない。しかし誰かが苦しんでいるならその人たちを助けるために戦う。今までずっとそうしてきた。
しかし、自分が守りたいと思っている人々こそが誰よりも戦いを望んでいるのなら? その戦いもこれ以上傷つく人を出さないための戦いだと理解しているし、あの蟻を放置することは絶対にできない。
だから……あの蟻を倒せば……。
「全部うまくいくよね……?」
自分自身に言い聞かせるように独り言をつぶやく。
暗闇を眺めているとちらりと白い光が見えた。あれは<光剣>の光だろう。
誘蛾灯に誘われる虫のようにふらふらそちらに向かう。するとそこには白い光に照らされる赤い髪をしたサリがいた。
「サリ? こんな夜中にどうしたの?」
「ファティ? 貴女こそこんな夜中に……いえ、まず私からね。祈りを捧げていたの」
敬虔なセイノス教徒ならば四六時中祈りを捧げるのが当然だ。しかしそれにしては少しばかり顔が険しかったようにも思える。
「どうか……したの?」
ファティが尋ねると困ったような顔をした。
「そうね……私は毎晩こうして祈っているけれど……ちっとも変わらない。ファティは……すごいわね。私たちの神にも、みんなにも認められて……私にも……」
「私にも……?」
「ううん、なんでもないわ。あなたは選ばれた子だもの。聖女であるあなたならきっと救いをもたらせるわ」
本当にそうなのだろうか。自分は神に選ばれ、誰かに褒められるような人間なのだろうかと自問する。
以前タストは言っていた。自分たちを転生させた神とこの世界の神は恐らく違うと。もしそうならば、自分は本当に聖女なのだろうか。
その答えはでない。しかしそれでも、聖女と言ってくれる人がいるなら、信じてくれる人がいるのなら、その期待に応えないといけない。少なくとも目の前にいる本当に姉のようだと思っているサリの期待に対してはそうあらなければならない。
だから、聖女らしい助言を頭からひねり出す。
「サリなら……サリならきっと、祈っていれば神様にその祈りが届くはず……ううん、いつか必ず届くよ」
「ありがとう。励ましてくれるのね。私が姉のつもりなのに、これじゃあ立場が逆ね」
少しだけ明るくなった表情を向けてくれたサリに安堵する。
「そろそろ戻った方がいいかな」
「そうね。今日はもう休みましょう」
「うん」
ファティは振り向いて、もと来た道を戻る。
サリはファティが視界から消えてから苛立ったように髪をかきむしる。
「……え?」
それほど力を入れたつもりはなかった。だが、サリの赤い髪の毛は枯れ葉のようにはらはらと抜け落ち、サリはしばし呆然とその場に立ち竦んだ。
高原と森の境界に
ヒトモドキとの戦場に設定したその場所では着々と準備が進められていた。今回は籠城しない。絶対的な攻撃力を持つ銀髪には防御という概念が意味をなさない。
だから攻める。相手の不意をついて、驚いている隙に勝負を決める。その作戦を翼と煮詰めている最中だ。
「アンティ同盟の協力は得られるのですね」
「間違いない。ただしそれ以外は難しいな。眉狸は一応派遣してくれるみたいだけど……ポーズだなあれ」
援軍は出しましたから怒らないでね? あと勝ったらご褒美くださいね? ……という感じの政治的な駆け引きだろう。狡いけど何もしてこないよりはましだ。
「樹里殿の兵器は間に合いそうなのですから、少なくとも驚かせることはできるはずです。後は例の策が銀髪に効くかどうか」
「そうなるな。今までの経験から効く……はずだ」
今まであいつの防御を完全に突破した奴はいないから最終的にはぶっつけ本番だ。ただきっと銀髪も、敵側も銀髪が傷を負うという事態を想定していないだろうからダメージを与えただけで動揺してくれるかもしれない。
つけ入る隙があるとすれば……敵は絶対に負けないと思っていることだろうか。
「いずれにせよ総力戦になりますね」
「だな。なるべくさっさと終わらせないと」
総力戦は持続しない。良くも悪くも発展途上のエミシに一年以上戦争を持続させる体力はないと思う。ダイナマイトだって当座の量はあるけど、まだ量産体制は整っていないし。
「そのための今回の戦いでしょう。犠牲無しで勝てる敵でもありません」
「……ま、それもそうだけどな」
「我らとしても本懐を遂げる絶好の機会ではあるのです」
そういえばこいつらも銀髪に恨みがあるんだったか。
「仲間を殺されたんだっけ」
「それもありますがもう一つ。我々にとっては生まれる前の嬰児を弑することは許されないのです。それらの親や子を守れないこともまた重罪で、輪廻の輪から外れ、辺獄に落ちるのです」
翼を含めたラプトルはあまり宗教について語らない。心の中に信仰を秘めておくという珍しいタイプだ。あるいは、翼は自分が地獄に落ちるだろう、という信仰を抱いていることをあえて話さなかったのか。
信仰だの宗教だのにはあまりいい思いがないけど、別に全否定するつもりはない。
「そういえばお前結構子供好きだよな」
「ええ。子供はいい。見ているだけで癒されます」
遠いところを見るような優しい眼で語る。オレにはちょっと理解できんかもな。こども、あんまり好きじゃないし。役に立つ奴は大好きだけどな。
「じゃああの二人のことも心配か?」
あの二人とは美月と久斗のことだ。翼はちょいちょいあの二人の面倒を見ていた。
「少しは。無事に帰れそうですか?」
「銀髪の周囲はめちゃくちゃ警備が厳しいみたいだからな。暗殺だの毒殺だのは無理だろうな。前線には出ないみたいだしこの作戦が上手くいくにせよいかないにせよこの戦いで傷つくことはないだろう」
銀髪の周囲は偏執的なほど警備が厳重だ。魔物はもちろん味方のヒトモドキさえろくに近づくことはできない。これは銀髪の暗殺を警戒しているというより穢れた空気にさらすわけにはいかないとかいうわけのわからない理由らしい。イカレ宗教も時と場合によって役に立つか。
ラプトルや鷲などの天気予報によるとここ数日は快晴が続くそうだ。
晴れ晴れとした決戦日和になってくれるといいね。
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