299 デジャヴ?

「まず、この光景を見たあいつらはどう思うだろうか」

 砦の惨状を見渡す。ありていに言って死屍累々。きちんと死体を検証すれば死因が自殺であることはすぐにわかるはずだ。

 ただし、何故自殺したか、という点については完全に敵の想像に委ねられる。

「妾ならば、敵を殺すべし、そう考えるのう」

 翼も寧々も異論はないらしい。

「間違いなくオレたちが砦の住人を皆殺しにした、そう考えるよな」

 賭けてもいい。奴らは間違いなくオレたちへの憎しみを募らせるだろう。まさかこれもラクリの計算の内だろうか。多分あいつは何も考えずに自殺しただけだと思うけど……わからんね。

「いっそ、手紙か何かで真実を伝えてはどうでしょうか」

「無駄ですよ翼さん。あいつらは自分の都合の悪い情報を決して信じないし、現実を見ようとしない。邪悪な魔物が惑わせようとしている、などとほざくのが関の山です」

 寧々の毒舌も普段の三割増しだな。

「そうだな。奴らにとってみればオレたちが殺したことにした方がありとあらゆる面で都合がいい。仮に真相を見抜いた奴がいても証拠を握りつぶされるのがオチだ」

 冤罪事件がどうやって生まれるのかがよくわかる。……まあラクリたちを追いつめたのはオレたちなので全くの冤罪とも言えないけどな。それにどのみち殺すつもりだったし。

 ……あれ? これオレたちが悪くね? まあいつものことか。

「では奴らの矛先を別に向けるのはいかがでしょうか」

「別って……アンティ同盟か?」

「そうなります」

 寧々のやつ、えげつない手を……。

「いやでもアンティ同盟が崩れたらオレたちだってまずいぞ」

 少なくともアンティ同盟とは争っている立場じゃない。潜在的には敵ではなく味方だ。

「銀髪の脅威を知らしめればこちらの言い分を通しやすく、従順になるでしょう」

 つまりこうか。

 銀髪を高原の奥深くに誘導して、アンティ同盟と戦わせて、アンティ同盟を消耗させた後、アンティ同盟を乗っ取る。

 ……え、えげつねえ。

「いや、アンティ同盟の健全な運営はオレたちにも利益がある。あいつらに深刻なダメージがあるとオレたちへのダメージも大きくなるし、あまりにも露骨なやり方だとオレたちへの反発が強くなりすぎるだろ」

 流石にこの作戦をマーモットたちが見逃してくれるとは思えない。しかし翼には腹案があるようだった。

「王よ。ではひとまず銀髪の一団を別の場所に誘導するのはいかがですか?」

「高原以外に、か?」

「はい。候補はヒトモドキどもの別の町、そしてリザードマンですね。奴らも我々を追跡する手段くらいはあるでしょう」

「わざと足跡なんかを残すのか。リザードマンはともかく、何で別の町に?」

「直接高原に誘導しなければ我々が高原に害をなさないという証明になります。そして、その場所で我々が全滅したことにすれば奴らもそこで満足するかもしれません」

 ……いやまあ何というか。子供の成長にドン引く親の気持ちが少しだけわかった気がする。

「どのくらいで銀髪の気が済むかがわからんのがどうにも気にかかるが、有効ではあるのう」

「それに、銀髪を常に移動させ続ければ時間は稼げるはずです」

 銀髪の最大の弱点はあいつが一人しかいないこと。その次が機動力だ。

 どんなに頑張っても最高の移動手段が角馬か複数人で運ぶ駕籠だ。カッコウやラプトルには及ぶべくもない。さらに情報の機動力も存在する。奴らは長距離テレパシーを使えないので、情報の取得にかなりのタイムラグがある。何かあった場所に銀髪がすぐに駆け付ける、というのは難しい。

「今のところ打てる一番の作戦は銀髪をとにかく走り回らせることか」

「偽装撤退、偽装敗北。この繰り返しですね」

「我々の得意分野ではあるがのう」

 ……否定できねえ。


「そう言えばあの幼児はどういたしますか」

「ああ、あの双子な。まずは茜とかの母乳を出せる奴らに面倒を見させる。琴音にも参加させないとだめだな。きちんとしたクワイ語の習得にはあいつらの魔法が必要だ」

 クワイの母語は基本的に日本語だ。敵の情報を入手するために、中国語をベースとしたクワイ語を学んではいる。ただし、オレたちは喉の構造が違うせいで同じ言語を話せない。普段ならテレパシーがあるからいいけど、ヒトモドキ同士で会話する分には発生によるコミュニケーションが不可欠だ。

 そのための言語学教師が必要だったので、アリツカマーゲイたちに音による会話を習得させておいた。あいつらの魔法で言語を再現すれば、この双子にクワイ語を教えることができる。

「私もたまにあの双子の面倒を見てよろしいでしょうか」

「ふうん? ……暇な時ならべつにいいよ」

 翼の母性本能……ラプトルは性別変更可能だから親性本能?が刺激されたのかあの双子が気になるらしい。

 そうこうしているうちに砦内の捜索が大体終わったらしい。


「……これだけか?」

「うん」

 働き蟻たちにそう言われては反論も疑念も湧いてこない。砦の生活の質素さを語るように砦からの取得物は少なかった。食料などの生活必需品を除けばテーブルに乗せられる程度しかない。

 しかもそう大したものはない。どこにでもありそうだったけど……気になったものが二つある。二枚の絵画だった。

「これは……オレの見間違いじゃなければの絵の題名は銀の聖女だよな」

「そうですね」

 銀の聖女なのだから銀髪の絵が描かれているはず……なのだけどどう見ても顔が違う。髪の色は絵具をどうにか工夫して銀色っぽくしているけど、顔があまりにも違うからそれが銀髪だとはわからない。

「ただ、こいつ……どっかで見たことがあるな。ええっと……あ、ここで見かけた奴だ。赤い髪の色をした女」

 そうだそうだ。思い出した。だいぶ前にここで銀髪を見かけた時に見つけた奴だ。……何であいつが銀の聖女になってるんだ?

「恐らく顔だけ間違って伝わったのでは?」

 あ、そっか。ヒトモドキは長距離テレパシーが使えないし、カメラもない。顔をそのまま伝えることなんかできない。

 伝言ゲームみたいに情報が錯綜して顔だけ違う銀の聖女が完成したのかもしれない。

 よしよしすっきりした。

 で、二枚目の絵は……。

「こっちは青白い顔をした男か」

 いかにも不健康そうな顔をした男がこちらをにらんでいる。題名を見ても名前に心当たりはない。ただ……。

「こいつもどっかで見たことある気がするんだけどなあ」

 ううん、思い出せん。一緒においてあった注釈を見ると、どうやらかつての名将らしい。クワイでは珍しく、男なのに高級軍人で活躍していたようだ。

「お前らはどうだ?」

 そう尋ねてみても全く心当たりがないの一言だけ。こう、のどまで出かかってる気はするんだけどなあ。ううう、気持ち悪い。でもいつまでもこうしているわけにもいかない。

「大体の後始末は終わったけど……このまま放置しておくだけでもいいか?」

「ならばいっそ燃やしてしまうことを提案します」

「その理由は?」

「砦内部に痕跡を見つけることが困難なら、砦の外にある痕跡を追おうとするはずです。念のために我々が赤子を保護したことも隠しておきたいですし」

 証拠隠滅した方が偽装した証拠が目立つってことか。こっちの情報が万一にも漏れないし手っ取り早そうだな。

「よし。じゃあ食料などを運び出して、銀髪たちがここに到着する一日前にここを焼き払う。足跡などの痕跡をきちんと残しておけよ。もちろん、簡単には見つからないけど、何とか見つけられるくらいの痕跡をな」

 わざとらしすぎると疑われる。ほどほどに隠そうとしていたふりをすれば疑わないだろう。

「御意」

 翼はいつものように、怒りを感じさせない返事をした。

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