294 神の来臨(舞台裏)

 関の住人が驚愕の連続に見舞われたその裏側では何が起こっていたか。それは……。


「カンガルーたち。殺してないな?」

 後々の展開を考えるとここであまり殺していると交渉に悪影響が出る。

「ヴェヴェ。我らはアンティに殉ずるがゆえに、無用な殺しはしません。筋肉に誓ってもよいですよ」

「誓わんでいい。じゃあ働き蟻、行動開始」

 着々とカンガルーを攻撃する演技をしながら、壁を作る。ここまではまずまず。ここまでは良かった。


「じゃあ、カンペだ。読んでくれ」

 何も知らない純粋無垢な女王蟻に台本を読ませる。女王蟻がセリフを読み上げると少し時間がたってから返答があった。割と若い少女がこの集落の代表なんだろうか。

 さらに読み進ませる。まあここでひと悶着くらいあるかと……思ってた。


「もちろんです。私はいついかなる時でも神と救世主の教えを信じ、日々を慎ましやかに生きています」


 あれえ? うまくいってませんか?

 いかん、慎重になりすぎてここまで上手く騙せてるプランを想定していなかった。やや条件修正。速攻で台本を立て直す。

「よし。こいつを読んでくれ」

「はーい」

 ふう。監督というのは思ったより忙しいな。

 また会話していると……いい具合に少女が焦ってこっちの正体を尋ねてくれた。こういうのは向こうから聞いてくれる方が神秘的に見えるからな。

「演奏開始してくれ」

 まずは翼が指揮者の音楽隊。発声器官の関係で肉声はしゃべれないから楽器だけでセイノス教の教会でよく歌われている曲を再現する。

「王」

「ん、何?」

「今少し音楽の練度が不安なのですが」

「いや、そりゃわかるけど我慢してくれ」

「……承知いたしました」

 うわあい不服そう。兵隊の練度が不十分なのは許容できても音楽の練度が低いのは耐えられないのか……?

 まあでも音楽はなり始めた。このまま続けよう。


「ようし、それじゃあ上映開始だライガー」

「見せようか我らが英知と技術の結晶。今こそ降臨せよ!」

 御大層な口上と共に壁に一面の光の模様が照らし出される。これはライガーの光魔法によって作り出された影絵のようなものだ。あらかじめ模様になる枠を働き蟻が作ってくれたおかげで誰でも簡単にスクリーンが……。

「蟻の長よ」

「ん、何だ。ライガー」

「我らが絶技の果てを見ぬか?」

「……はい? いやあのそれ、もっと模様を難しくしたいってことか……?」

 きらりんと白い歯を見せるライガー。うわあ、おっきいお口! こわーい。

 ……じゃねえええ!

「いやいやいや! 作戦ちゃんと説明したよな!? 少しでも違う模様にしたら不味いって言ったよな!? 何で変えるの!?」

「我らは真の目覚めを「わかった! いやわかりたくないダメだ!」

 何考えてるのこいつら!? いや、何かを考えさせちゃダメなタイプだライガーは! こいつあれだ! 料理するときにあれも入れよう、これも入れようと思って失敗しちゃうタイプだ! いますよねそういう芸術家肌! ぶっつけ本番でやることじゃねえ! 翼もそうだけど戦いじゃなくて遊びだから遊び心を発揮してしまうのか!?

「紫水」

「今度は何だ!?」

「燃えてる」

「燃えてるってどこ……? ってあいつら何やってんのおおおお!? いや大丈夫そうだな。これなら……いや待てよ? 和香! 今動けるか!?」

「コッコー、何なりと」

「ガラス繊維の布があっただろ。あれを火の近くに置けるか? もちろんあいつらにばれないように」

 別の方法で使う予定だった不燃布をここで使う。アドリブは苦手だけどここは頑張りどころだ。

「コッコー、恐らくは問題ないかと」

「じゃあ頼む」

 ふう、これで一息つけ……っておおい!? 何で火を消すんだよヒトモドキ! ってそりゃそうだ。火の始末は安全な生活の基本だよなあ。はっはっは。

「笑ってる場合じゃねえ! ここで火を消されたら手間が増える。ええっと……あ、そうだ! これを読んでくれ!」

 簡単な話だ。女王蟻に止めさせればいいだけだ。

 女王蟻から命令させると操り人形のようにヒトモドキたちが従ってくれる。

「よし仕上げだ和香! 銀コイン投下!」

 やつらにとって銀色は貴い色らしい。その銀色をした何かがあれば信用したくなるはずだ。ちなみに銀色をしているけどあれは銀じゃなくて銅だ。

 スケーリーフットからもらった硫化鉄に亜鉛が含まれていたので、銅を水酸化ナトリウムを使って亜鉛でメッキしたお手軽な偽銀。どんな武器よりも他人を騙す道具の方が有用というのもなんだか皮肉だなあ。

 そんな偽銀コインを宝物のように崇めている。

 な、なんとか乗り切ったか。これ以上続けるとぼろがでそうだ。この辺りで初日は打ち切ろう。


「ヴェヴェヴェ」

「お疲れ様です王よ」

「コッコー」

「あ、ああ。何とかなった。でも働き蟻たちはまだ壁を作ってくれ。とにかく外と遮断することが大事だぞ」

 正直気楽に構えてたけど……しんどいっつーの!

 何? 何で妙なところでこだわりを発揮するの? そもそもオレの仕事多くない!? 脚本と演出と監督全部オレがやってない!? いやまあオレしかできないんだけどさあ! おまけにアドリブとかも入れなきゃだめだし、向こうは向こうで予想外の行動をとるし……。

 よし決めた。

 生まれ変わっても! 絶対に! 映画監督にだけはならん! やってられるかこんなもん!

 某有名映画監督はリハーサルを念入りにやって、セットもでかかったらしいけどさあ! そこまでしないと思い通りの画なんてとれんっつうの!

 はーマジでしんどいぞ。これ。

 でもこれで蟻が全て敵であるという認識だけは剥がせたはずだ。あいつらをどう運用するにしても蟻は味方だという認識だけは植え付けないといけない。

 後はまあ、あれだ。蟻が神の使いみたいな感じで演出できればいいか。とりあえず初日はクランクアップだ。できれば三日くらいで終わらせたいなあ。

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