292 夏の夜の芝居

 銀髪との戦いを避けるために一旦距離を取りつつ再集合を果たした軍は新たな目標をとある集落へと定めた。

 砂漠を避け、ヒトモドキの集落と砂漠、森と荒地の間をすり抜けるようにして行軍する道すがら作戦の説明と必要な道具を調達する。

「小道具! 働き蟻!」

「現在制作中。完成まで半日」

「オッケー。小道具その二、和香」

「コッコー、ロケハン終了しています」

「よろしい。次、刺繍、茜!」

「完成済みです!」

「素晴らしい。音響担当、翼!」

「現在働き蟻と協力して練習中です」

「オッケー。クオリティにはそこまでこだわらなくていいぞ。出向組その一、ライガー! 照明担当!」

「我が「はい、カット! お前ら長くなるからな! しょぼんとした瞳で見つめてもダメ! 最後にアクション担当出向組その二、カンガルーの戦士長!」

「ヴェヴェヴェ! およびとあらば筋肉を貸しましょう!」

「筋肉は貸すんじゃなくて見せろ! 最後に、脚本、監督、オレ! さあ、お遊戯会の始まりだ!」

 そう、ここまでくればわかるだろう。オレたちの狙いは演劇だ! 

 お芝居で小さな集落にいるヒトモドキを騙してまるっと捕虜にする。ちなみに最終目標は銀髪の暗殺。

 流石にそれは難しいだろうから、とりあえず偽札作戦の駒として使ったり、銀髪に関するネガティブキャンペーンができれば元は取れるはず。多分クワイという国家には防諜という概念さえないはずだから、素人スパイでも十分通用するはず。

 007でもいればなあ。

 いないから大根役者をことこと煮込むしかないんだけどね。あれだ、二年前のトカゲに襲われていた村、確かテゴ村だったか。あの時やったことのクオリティを上げて再チャレンジしようってこと。今回はかなり使える手札が増えたから上手くいく……と思いたい。

 狙いを以前リザードマンに襲われた集落に定めたのは単純にそこが地理的に浮いていたからだ。

 他の集落からそこそこ遠く、そんなに大人数がいるわけでもなく、連絡が取りにくいわりに、防備はやたら粗末。恐らくはアンティ同盟やリザードマンなどからの攻撃を防ぐ防波堤ですらなく、鉱山のカナリアのように敵に攻め込まれたことをもっと防備の整った町や村に伝える役割を担っているのではないだろうか。

 つまりそこを攻め落としても、すぐに撤退すればあまり銀髪やクワイを刺激しないかもしれない。他よりもまし、程度ではあるけど。

 何故か動かない銀髪、イマイチ行動が読めないけど今のところ効果的な攻撃をしてこない鵺、アンティ同盟の奮戦によって駆除が順調に進んでいるバッタ。

 今オレたちはほぼフリーで軍隊を動かせる状況だった。しかし少し天秤が傾けば均衡が崩れることも想像できるのだから、動ける内に先手を打つ。

 その意識のおかげなのか、ほとんど何の障害もなく、集落にたどり着いた。


 きれいな三日月に冷涼な風。

 秋の夜を感じさせるほどの空気だが、今はまだ夏。うだるような暑さがなくなったことを喜ぶよりも先に上着を着こまなければ風邪をひいてしまうだろう。ステップ気候らしい寒暖の差が激しい夜だ。

 だからだろうか。集落の見張りはその職務よりも暖を取ることにご執心だった。


「いい感じだ。いい具合に襲撃できそうじゃないか。実に油断してくれているな」

「まさしく。ただ攻め落とすだけなら時間などかからないでしょう」

「そういうわけにもいかないからな。まずはカンガルーども。頼むぞ」

「ヴェ!」

 いい加減見慣れてきたポージングで鼓舞してくれている……でいいんだよな?


 月が見守る中、上演のベルが人知れず鳴る。

 まずは戦士長率いるカンガルーたちが集落の壁へと走る。そのばねのような足で思いっきり地面を踏みしめると、一気に跳躍する。

 壁は高くないといっても三メートル以上ある。わかりにくければバスケットボールのゴールを想像してくれればいい。

 その壁を苦も無くカンガルーたちは乗り越えた。

 見張りたちの声が聞こえるよりも先に集落にいるヒトモドキたちの悲鳴が聞こえてきた。


「まずは成功だな。働き蟻たち、お得意の土木作業だ。焦らなくていいぞ。こけおどしでもいいから壁をきっちり作ろうか」

「はーい」

 演劇の基本は舞台だからな。誰も出られないクローズドサークル。推理小説の舞台としては陳腐すぎるか。ま、演目はどちらかというと喜劇だな。

「せいぜい踊れよヒトモドキども。踊れないなら――――」

「全て、灰にするべし、でよろしいですね」

「もちろんだ翼」

 ここまで投資したからにはできるだけリターンが欲しいところだけれど、損切りが必要なら躊躇うわけにもいかないからな。決めるときはスパッと決めたいところだ。

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