261 ブラックローカスト

 地下室はもともと暗い。当たり前と言えば当たり前だ。そもそも日の差さない地下にわざわざ部屋を作ったのだから明かりがなければ暗いのは至極当然だ。地球のデパ地下では蛍光灯が目をまぶしくさせるほど輝いているが、それを当たり前のことだと受け入れている地球人はとにもかくにも自然の法則からかけ離れてしまっているのだろう。

 もっとも。

 この部屋が暗く見えるのは。

 決して明かりがないからではない。


 部屋中にスーパーの袋詰め商品のように押し込まれたそれは言うまでもなくバッタの群れ。地下の暗がりよりもなお暗いそれは共食いさえ始めていた。

「これが群生相の最終形態か」

 数十匹の群れだけどその凶暴さは一目見ればわかる。

「少しだけでもいいからわかっていることを教えてくれ寧々」

 バッタの捕獲と実験の準備という難行を二日ほどで終えてしまった寧々に結果を尋ねる。

「はい。まずは体内の宝石がダイヤモンドであることを確認これにより会話と探知が不可能だと明らかになりました」

「やっぱりかあ」

 カブクワや蛇などのダイヤの宝石もちの魔物はたまに見かけるけど全くコミュニケーションが通用しない。テレパシー補正装置でさえ有効ではない。出会ったら即攻撃が基本の相手だ。

「さらに孤独相の個体が群生相に変貌することを確認。さらにその変化は可逆的であることも確認されました」

「ん? 生きている個体でも相変異が発生するのか?」

 オレの記憶が間違いなければ相変異は育った環境によって子供の性質が変化する生態だったはず。

「はい。間違いありません。群生相になったバッタを個室で給餌していると孤独相に変化しました」

「そうか。魔物は成長が早いから無理矢理細胞分裂を繰り返して生きているうちに変異するのかもな」

 やはり知識よりも実践によって得られた事件結果の方が信用できるデータだ。よく調べてくれた。オレだと既成概念にとらわれていたかもしれない。

 ありがたい情報でもあるし、危険な性質でもある。何しろ今まで孤独相だったバッタが突然群生相になることもある。その逆も可能ではあるけれど……あるいは群生相と孤独相の変化を何度も繰り返させることで寿命を尽きさせるということも……いや流石に悠長すぎるか。


「なお、孤独相と群生相では体格が違います。特に羽があるものは群生相のみです」

「そう言えば羽があるんだっけ。あいつら飛べるのか?」

「飛行は難しいようです。魔法を利用して跳躍し、滑空するという移動方法をとるものと思われます。なお、その魔法も相変異によって変化し、孤独相では瞬発力を、群生相では持久力を重視した移動系の魔法のようです」

「成長によって魔法がやや変化する魔物はいたけど、可逆的に変化する奴は珍しいな」

 正直戦闘向きの魔法よりもこの手の逃げたり移動したりする魔法の方が苦手だよ。戦闘にならなかったら倒せないし。

「毒やカビは現在のところ有効ではありません」

「うぐう。やっぱり一日二日じゃ無理かなあ」

 どうも効果はないわけではないけどやはり群れを一網打尽にするほどの力はないようだ。

「感染症なども現在確認されていません」

「おおう。あったらこんな巨大な群れができるわけもないけどなあ」

「ですが一点だけ気になることがあります」

「なんだ言ってみろ」

 ……。

 …………。


「いや……確かに……でも群生相へと変化する原因が飢餓にあるとしたら……」

「役に立ちますか?」

「わからん。でも……かなり前に進んだ気がする」

「しかし、妙な生き物ですね」

「まあな。ただ……いくらなんでも……妙すぎるというか……本当にこいつらは自然に生まれた生物なのかどうか……」

「紫水?」

「あ、いや何でもない。時間はないから急ごうか」

「はい」

 時間というやつは余っている時はゆっくり進むくせに忙しい時ほど矢のように過ぎ去る。それでももがく。何を隠そう、オレは諦めが悪いのだ。

 そして少し時間がたった後。


「ティウ。少しいいか?」

「承りましょう」

「できるだけ戦力を集中させてくれ。時間を稼ぐ方法なら見つかった」

 じろじろと不躾にこちらを眺めてくるような気がする。信じられないのは無理もないけどね。オレ自身でも驚くくらいだし。

「真ですか?」

「ああ。でもそのためには鷲の力が必要だ。最低でも三十人くらいは欲しい」

「それだけあればあの黒い悪魔を抑えられるのですか?」

「九割くらいな」

「その程度の確率であなたに賭けろと言うのですか?」

 まったくもってその通り。10%の確率で負ける勝負なんて博打が過ぎる。でもな。

「下手に分散させて全部失敗するよりはましな確率だと思うけど」

 ティウもうかつな判断はできないだろう。高原の未来、少なくとも数年先の未来はこの戦いで決まる。

 まだ厳しい顔つきで探るような視線を向けているようだ。が、その無言の圧力が急に消える。

「いいでしょう。ここまでくれば説明は不要。あなたに託しましょう。確かにあなたはいつも我々の予想を超えてきた。此度もそうであることを期待します」

 こうやってオレの言葉を信じてくれるのも今まで積み重ねてきた結果あってのことだろう。信頼関係というよりも実力をお互いに評価し合っているんだろうね。

「じゃあ健闘を祈るよ」

「アンティの御名において尽力することを誓います。この世界ロバイを救いましょう」

 それで通信を切った。

 ……にしてもまあ……。

「世界を救う……か」

 少なくともティウにとって世界とはすなわち高原、奴らの言うところのロバイだ。それを救うために戦う。しかしやることは単純だ。

「バッタを殺しまくることが世界を救うってことか。世界を救うってのは――――実に都合のいい大量虐殺の大義名分だな」

 害虫を駆除することにいちいち躊躇うのも面倒だからそのままでいいけど……こういう感覚でヒトモドキはオレたちを攻撃しているのか? 世界を救うために魔物を殺す。善意によって討伐する。

 害虫代表としては簡単にやられるわけにもいかんな。立場によって害虫かどうかが変わると知っていたとしても。

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