160 教都強行偵察
サージさんから聞き出した情報によるとこの国の首都は王都とかいうところだけど実際に政務の中心である場所は教都チャンガンになるらしい。このねじれはこの国の政治体制と関りがある。政治を担うのが教皇で首長は国王という区分になる。
ある意味この国の王と教皇の関係は江戸時代の将軍と天皇の関係に似ている。まあこんな奴らとは一緒にされたくはないよなあ。
というわけでオレが注目するべきなのは王都ではなく教都だ。お飾りに興味はない。
意外にも楽に教都に近づくことができた。やっぱりカッコウの上空偵察によって無駄な戦いを避けられたことが大きい。なお、カッコウの魔法、<リンク>によってカッコウとの感覚共有が可能になった。ただカッコウとの感覚共有は百メートルほど離れると効果が無くなってしまう。というかカッコウのテレパシー自体がそれくらいの距離しか届かないらしい。
上空百メートル……多分ヒトモドキの魔法は届かない距離だとは思うけど慎重にやってもらいたい。
具体的な方法はこうだ。まず教都の近辺に小さな拠点を作る。そこにカッコウの発着場を作る。
そしてヒトモドキと感覚共有できるようになったカッコウを先頭にしてバケツリレーみたいに情報を受け渡す。最終的に拠点にいる女王蟻に感覚を繋いで最終的に本来の巣へ、オレのもとへとテレパシーを繋いで情報を記録する。
コンピューター無しでドローンを使った偵察をしているような感じだな。アナログなんだかハイテクなんだか。カッコウがヒトモドキと感覚共有できるようになるまでちょっと時間がかかったけど、これで敵の本拠地の情報は丸わかり。でかい軍隊を動かすならその予兆は察知できるかもしれない。スパイみたいでちょっと楽しい。
そして上空から見た教都の様子を一言で説明すると、賑わっている。様々な商品、人、魔物が通りを駆け回っている。
そう、この都には魔物もいる。
町の住人の一人として受け入れられているようではない。住人は見て見ぬふりをするか腫物に触るかのように嫌そうな顔をしている。
一番よく見かけるのは海老だ。町の石畳などを水掃除したりしている。清掃なんて大事な仕事を任せてるなら感謝くらいしたほうがいいと思うけどね。
そして諜報活動を開始してから数日。早くも無視できない出来事があった。
どこかそわそわとした様子のヒトモドキが、高い建物に面した広間に集まっている。
「おい。押すなよ。これから教皇猊下の演説が始まるんだぞ」
「わかってるよ。でもこの海老がうろついているんだ。教皇猊下に穢れた魔物を視界に入れるわけにはいかん」
聞こえてきた会話は大体こんな感じ。
どうもお偉いさんの演説が始まるみたいだ。お偉い方々に汚いものを見せたくないとはなかなか殊勝な心掛けじゃないか。政治家の演説に目を輝かせるかあ。考えようによっては政治意識が高いと思えなくもないのか?
ま、楽しく拝聴させていただくとしよう。
教皇猊下のおな~り~。
そういわんばかりの角笛が鳴るといかつい顔のおばちゃん……とまではいかないまでも20代後半くらいの女性が出てきた。ヒトモドキの年齢は見た目じゃよくわからないから断定できないけどね。
「アチャータ・ヌイ・イージェン・ルファイ猊下のおな~り~」
教皇付きの女官がそう宣言する。想像通りだな。……ちょっとオレの想像力が役人以下のように思えてへこむ。
観衆から上がった歓声が静まるのを待ってから教皇は演説を開始した。
「神に愛され、そして偉大なるクラム・タミル・リシャオ・リシャン・クワイ国王陛下に(校長先生の話並みに中身のない話だったので以下略)」
要するに、ヘーイ! みんな元気? 神様と王様のおかげでみんな幸福ですね!? 幸福だな! 幸福に違いない! ということが言いたいみたいだ。
はあ、立場のある人間ってのはどうしてこうも話が長いのかね。後ついでに名前も長い。何て言ってた? 後でメモしておこ。しかし本題はここからだった。
「今年、スーサンにおいて熊の目撃情報が確認された! 我々は騎士団を派遣し、その討伐にあたる! その討伐にはあの銀の聖女も含まれる!」
ほお。熊ってのはラーテルだよな。スーサンは確か西にある領だったか。そこでラーテルがみつかったと。だからみんな一狩りいこうぜと。
銀髪対ラーテル。魔法の相性は銀髪の方が有利かな。
結果が気になるカードではあるけど流石に西の果てまで見物するわけにもいかん。ここを見張ってれば自然と情報は手に入りそうだからこの諜報活動を続ければいいか。
情報を制する者が時代を制するからな。
まあこれで――――
「紫水。翼が気になる物を見つけたようです」
寧々からのテレパシーか。さて何が見つかったのやら。
地面にしっかりと根を下ろし、先端には実がびっしりとなっており、その重みでわずかに傾いでいる。
イネ科植物にして世界三大穀物の一つ。
「麦……コムギかなあ」
麦らしき植物が群生している 。ただし、周りは整地されているかのようだ。つまりこれは栽培されていたのか?
「初めからこうだったのか?」
「はい。私ではなく仲間の蟻の方がこれはおかしいと」
ふむ。確かにこれはおかしい。農業らしきものが行われていたようだけど、放棄されたのか? 魔物に襲われて逃げ出したのか? それともたまたま平たい土地に野生種のコムギが群生していた? しかしここに何らかの文明を持つ生き物、もしかしたらエルフが生き残っている可能性は高くなった。しかし何よりもまず、
「小麦を回収しておいてくれ」
これ大事。超大事。小麦だぜ!?
パン、ケーキ! その他いろいろ! もっと美味いもん食うぞヒャッハー!
カブトやクワガタがなんぼのもんじゃい! こんな農作物が見つかるなら森なんざいくらでも切り開いてやらあ!
音も無く紅茶を飲み干す。
空になったカップをテーブルにゆっくりと置く。誰にも侵されてはならない優雅な一時。
しかしそんな一時でさえ彼、異世界転生管理局地球支部支部長代理翡翠の気分を害する情報はやって来る。
「イレギュラー転生者である蟻の動向は以上です」
「まだ生き残っているばかりか勢力を拡大しているか。ふん、まあいい」
彼自身もわずかに干渉を行ったが結果はご覧の通りだ。故に作戦を予定通りに進める。
「計画通りしばらく干渉を控えたまえ」
「よろしいのですか?」
「構わないさ。百舌鳥前支部長の失態は戦力を逐次投入してしまったことだ。戦いとは一撃で決めるべきなのだよ。焦ってもよいことはない」
「では鵲支部長にもそのように連絡します」
「ああ。そうしてくれたまえ」
天上の存在も、地を這う虫も、輝く人も、今は力を蓄える時。次の戦いの為に。
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