153 夜の群れ

「はーい、それじゃあラプトル対策の会議を始めます」

 ややダウナーテンションのまま音頭をとる。参加者あんまりいないけどね。

 千尋、寧々、海老女王などなど。実際に集まっているわけじゃなく、テレパシーでの会話だ。

「とりあえずなんか意見あるか」

「妾は行くぞ」

 うわあい即断即決千尋さん。こいつ若干バーサーカー気味になってるなあ。もっともそれはまた仲間が死んでほしくないという意思の表れだろうな。

 正直こいつに死なれると蜘蛛のまとめ役が紗香しかいないからピンチなんだけどな。

「あー、やっぱりお前は行きたいのか?」

「無論だ。……ダメかのう?」

「その散歩に行きたい犬的なオーラしまってくれ! やりづらい!」

 自覚はなかったけどオレはどうもうるんだ目で見つめてくる子犬子猫系の動物苦手みたいだ。

 危険はあるけどしゃあないか。実際問題として前線でちゃんと指揮できる奴って貴重なんだよなあ。

「オッケー。それじゃあ草原での戦い方をちゃんと考えろ。そうじゃなきゃ出撃は許可しない」

「心得た」

「じゃ、次は羽織」

 羽織は新しいリーダーに指名したドードーの名前だ。何やらせてもフリーダムなドードーにリーダーを据える意味があるのかはともかくまとめ役はいた方がこっちはやりやすい。

「前に進もうか。風と共に。我らの力を結集し、岩すら穿たん」

 ちゃんと蟻ジャドラムを使うことを理解してる……でいいんだよな? 信じるぞ?

「海老女王「いやです」

 千尋とは反対に非好戦的だ。まあリーダーとしてはその方がありがたい。

 ただ海老はいる。草原では水が調達しづらい。そこらへんに湧き水もないし、川もない。一人二人ならともかく、数百人になるとどうしても水の確保が必要になる。蟻なら植物を食べるときに一緒に水分も補給できるけど、蜘蛛ならそうはいかない。食い物はどうにかなっても水はどうにもならない。

 籠城組も今現在水不足で苦しんでいるからなあ。どうしてもこいつらにはいってもらわなきゃならない。

「お前自身が行けなんて言わないよ。お前の部下を十人ほどくれればいいだけだ」

「それが嫌だと言っているのです」

「何?」

「あなたが戦地に赴かせようとしているのはワタクシの子供らなのですよ。行かせたくないのは当然でしょう」

 やっぱり海老女王は子供想いだな。

 蟻や蜘蛛だと仲間思いではあるけど、全体のためなら個体の命は惜しまないけどな。海老の種族としての特徴なのかそれともこいつ自身の性格なのか……悪いことじゃない。とはいえ戦闘に加わってもらえないのは困る。口八丁で丸め込むとしよう。

「お前の協力があればきっと被害は少なくて済むんだ。協力してくれないか?」

「……できる限り危険なことはさせないように」

 ま、なんだかんだ言ってみんな素直だよね、魔物は。

 もしもラプトルに負けて逃げることになったら一番足の遅い海老が襲われる可能性が高いのは黙っておいてくれ! でも海老は食べると腹壊す可能性が高いから襲われないかもしれんな。

「紫水。気になったことが二つあるのですが」

「寧々? 何が気になったんだ?」

「あの戦場で聞こえていた音は何でしょうか?」

 どうやら寧々も感覚共有で戦場を把握していたらしい。

「音? どんな音だ?」

「甲高く不愉快な音です」

 あれか? 乱戦中に聞こえていた奴か? 寧々にも聞こえてたのか? 気のせいでもなく、幻聴でもなかったのか

 ……もしそうなら、何の意味もないとは思わない。

「お前は何だと思う?」

「警告音のようなものではないかと」

 魔物の大部分はテレパシーによってコミュニケーションを行う。テレパシーは極めて円滑に意思を伝えられる手段だからそれが一番手っ取り早い。ただし、一度に大多数の仲間に警告を発する場合、叫び、つまり音を発生させることもある。みんな女王蟻みたいに優れたテレパシー能力を持つわけじゃない。

 寧々の推測は妥当なところだ。でも、ただの警告音ならあんなにひっきりなしには使わないはずだ。あの音はもっと高度な通信手段なんじゃないか? そんな気がする。

「もう一個の方はなんだ?」

「あのラプトルは何故草原に来たのでしょうか。豚羊から話を聞く限りでは元々ここにはいなかったはずです」

 事情聴取までしてたのかこいつ。優秀だなー。しかもかなり貴重な情報だ。

「何かの事情で元々の棲み処を追い出されたのかもな。どんな事情かは断定できないな」

 その事情も心当たりはあるけどまずはラプトルに勝利しないと。この情報はそれが上手くいってから役に立つ。

「まず洞窟の様子を確認しようか。そろそろ情報を整理し終えただろうし」




「水は数日なら問題ない。草ならそれなりに貯蓄がある。蜘蛛の食料が少ない。水はもっと深刻」

 七号からの連絡を聞く。幸い豚羊は草を食える。蟻も草食可能。蜘蛛は最悪蟻を食わせて飢えをしのがせるしかないか。水は……何とかするしかない。

「豚羊はこちらと協力するとのこと。ただし決して戦わないと言っている」

「ま、反抗しないだけましだな」

 籠城戦で一番恐れるべきは内部崩壊だ。

「少し訂正。蜘蛛は洞窟のコウモリを食べているようです」

「そう言えばいたな」

「どうやら他にも小さな出入口があるらしく、そこから出入りしているらしい」

 まあ、小動物ってのは思いもよらないところから移動するからなあ。

 ん? コウモリ? コウモリは確か……もしかして……?




 草原とはいえ茂みくらいはある。だから夜なら適当に葉っぱやら枝を張り付けただけという実に雑な変装は十分通用する。

「ま。要するにスーモだ」

 じりじりと這いながらスーモに変装した蟻がラプトルの集団に近づいていく。傍から見ているととてもシュールだ。

 何故こんなことをしているかというと、何の意味もない。この意味のない行動にどう反応するか知りたいだけだ。

 スーモは徐々に近づいていく。しかし例の甲高い音が上から聞こえると跳び起きたラプトルがさらに音を発してすぐさまスーモを串刺しにした。




「やっぱりあの甲高い音が鍵だな。多分あれで探知しているんだ」

 音の反響を利用し、暗闇でも十分に獲物や敵を見つける、いや聞き分ける能力。それこそが――――

「何でエコーロケーションを恐竜が使えるんだよ――――!」

 エコーロケーションとは別名を反響定位とも呼び、口や鼻、メロン体と呼ばれる特殊な器官から高周波の超音波パルスを発生させて、そのパルスが戻ってきた時間などから獲物の距離などを探る極めて優れた測位システムだ。

 コウモリはこの能力を発達させたがゆえに哺乳類でありながら夜空の支配者となった。洞窟のコウモリは当然ながら暗闇で物を把握するためにエコーロケーションを使っているはずだ。おかげでラプトルの能力に気付いた。

 このエコーロケーションを使える生物はクジラやイルカなどの海棲哺乳類と一部の夜行性の鳥くらいしかいない。視力に障害を抱える人間も訓練次第では似たようなことが可能らしい。

 まあ地球は広いから中二病をこじらせてしまった結果特殊能力を身につけたくてエコーロケーションを習得した変わり者なんかもいるかもしれない……いやいや現実逃避するな。

 でも実際に全てのコウモリのエコーロケーションは全て超音波、つまり人間に聞こえないほど高い音を出しているわけではなく、人によっては一部のコウモリのエコーロケーションを聞き取ることもできるとか。蟻の可聴域がどの程度なのかはわからないにせよ、エコーロケーションの一部を聞き取れるのはおかしくない。実際に蛾の仲間にはコウモリのエコーロケーションを聞いてから回避行動に移る種類もいる。今回は運が良かったのかもしれない。

 ではなぜラプトルがエコーロケーションを使えるのか?

 仮説一。

 恐竜は鳥に進化したので鳥類に近い。そのため夜行性の鳥と混じった結果エコーロケーションを獲得した。

 仮説二。

 実はラプトルはエコーロケーションを使えていた。地球の考古学者がお馬鹿さん(失礼!)だからそれに気付けないだけ。

 仮説二が間違っているといいきれないところが厄介だ。何しろ恐竜の化石は基本骨しか残っていない。

 そもそも知能や狩りの様子でさえはっきりしていないから断定なんか誰にもできない。

 なんてこった、これだから絶滅動物は厄介なんだ。何もかも確信が持てない。

 それでも奴らが何故暗闇でもこちらの位置を把握できるかは明らかになった。そしてもう一つ。厄介な敵の存在をようやく掴んだ。

 さっきの蟻は最初に甲高い音を上から聞き取った。つまりラプトル以外にもエコーロケーションを使えて、なおかつ上から音を発する、飛べる敵がいる。


「あの鳥か――――! ばさばさ飛んでると思ったらあいつラプトルの味方だったのか! くそ、上空だと蟻の探知能力が発揮できないから魔物かどうかさえ分からなかった!」


 この草原に来てから何度か鳥を見かけた。たいして気にしていなかったけど、恐らくアレはラプトルにとっての偵察兵であり同時にレーダーでもあったはずだ。

 道理でやたら距離感が冴えているはずだ。上から見て、敵味方の位置を教えていたんだから! あー、腹立つなあ。弓の性能を知っていたのもあの鳥がチクってたせいか? わからねえってそんなもん。

 でもこれで大体あいつらの戦力は把握できた。知っているということは何よりも大事な武器だ。オレたちみたいに弱ければなおのこと。

 エコーロケーションによるメリットはいくつかある。

 女王蟻みたいに強力なテレパシーでなければ一度に大量の魔物と会話したりするのは難しい。魔物の魔法としてテレパシーを使えばそれも可能だけど魔物が使える魔法は一種類という原則に従うと魔法の枠を使ってしまうことになる。

 それだと攻撃力のある魔法は使えない。そのためのエコーロケーションによる探知、コミュニケーションだ。

 なんつーか基本雑食の蟻や地球人類とは感じてるものが根本的に違うね。肉食動物であるラプトルはステ振りを集団での狩りに絞っている感じだ。実に厄介。

 しかし、逆に、もしもあいつらがこちらの味方になってくれたらどうだ?

 ラプトルの機動力と攻撃力、統率力。恐らく古代の軽騎兵くらいなら軽く蹴散らせる。もしも夜戦なら勝負にさえならないだろう。

 鳥、待望の飛行能力を持った魔物。鷲の時はうまくいかなかったけど、今回は初めから他の魔物と協力している魔物だ。味方になる余地はきっとある。

 強欲なことだ。味方を散々殺して回った奴らを味方に引き入れようだなんて。

 いつも通りだ。倒してこっちの部下にする。上手くいくかどうかはわかんないけどね。

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