120 有能な怠け者
今年の作物の出来はどうだろうか。あまりよくはないだろう。台風が二発も来たから水不足は無いかもしれないけど、作物にダメージが入っている可能性は高い。
そうでなければ、サージが子捨てを行った理由の説明がつかない。
そしてこの騎士団の団員、つまり徴兵が行われたと思しき村人は大半が、老人や子供、しかもどちらかというと男子が多い。
戦争では次男や三男などの家督を継げない男子が徴兵されたと聞いたことがある。女系国家では家督を継げないのは男であるはずで、男女どちらも戦闘に参加できるこの世界で男女比が偏るのはそういう理由があるとしか思えない。老人や子供が多いのは説明するまでもないだろう。
そしてセイノス教には悪魔が害をなす、という実に馬鹿馬鹿しい戒律がある。さらにどうも悪魔が魔物に憑りつく、ということもあると思われているようだ。
つまり、作物ができなかったなどの社会にとっての不利益が起こればそれは自動的に悪魔のせいになる。しかし悪魔なんてどこにもいないものを倒すことはできない。だから倒せるものに刃を向ける。
悪魔が憑りついているはずの魔物に。
しかし、全般的に魔物は強い。トカゲ数十匹がいれば、余裕で二百人はヒトモドキを殺せるだろう。さらに魔物の方は不必要になったヒトモドキを食うことができるため人里を襲うこともなくなるかもしれない。
クワイという国は徹底して魔物を利用してきた。農業家畜としても、工業的にも。
しかし人口の調整弁としての機能まであるとはな。
もちろんこれはほぼオレの妄想だけど……否定もできない。
もしそうだとすると、ティマチの評価はなかなか難しい。
上から命じられたのか、それとも自分で苦渋の決断を行ったのか……実は農民が苦しむのを見て楽しむサディストとかいうオチはないよな? だとしたら色々やばい。
これもうどうしたもんか……。
「紫水」
「ん? ああなんだ?」
見張りからの連絡だ。
「実は――――」
「アグル様」
「どうかしたのか、サリ?」
「また増援が到着したようです」
またか。くらりとめまいを感じてしまう。しかしそんな様子は見せずに問い返す。
「何人いる?」
「五百人ほどです」
「これは、もう……何だこりゃ」
テゴ村に新たに到着した新たな増援を見た感想がこれだ。言葉を失うとはこのことか。あまりにも露骨すぎた。
大半はボロボロの服を着た子供や老人で、目だけが生き生きとしていた。露骨なまでに選別が行われている。先頭には偉そうな女性が立っており、こいつが笛吹女であることは明白だった。
これはいくらオレがアホでも気づく。大半のヒトモドキにどう見ても顔に燃えるゴミという文字がでかでかと書かれている。顔に書いてあるから本人たちには見えないんだろうか。鏡を見ろ……鏡はこの世界にないかもしれないから水面にでも映して自分の顔を見てみろ。
やっぱり間引きだ。そうとしか考えられない。子捨てと親捨てを同時にやってのけるその精神には恐怖さえ感じる。
「しかし、こりゃいくら何でも多すぎる。殺しきれないぞ」
今回の増援と今までいた騎士団の面々、それにテゴ村人……もっとも今はテゴ村の住人でさえ騎士団に組み込まれているようだけど……それら全員を合わせればヤシガニに殺された分を引いても千人を超える。
今ある食料だけなら二日しないうちに干上がるぞ。多すぎる。ただどうも増援の連中が申し訳程度に食料を運んだようだけど、それがどの程度かはわからない。もし少なければ魔物に殺されるよりも先に全員飢え死にする。
それでも目的は達成されるのかもしれないけど……餓死よりも魔物に殺された方が外聞はいいはずだ。オレが戦いを長引かせようとしているのは気付いているだろうし、ここはやっぱり断るだろう。何とかして追い返すはずだ。ティマチの口八丁を眺めるとするか。
そしてティマチは偉そうな女性の前に立ち、断りの言「おお、貴女こそ神の愛を示し続ける御仁です! これほどの信徒を集めることができるのは貴女をおいて他にはいますまい!」葉を述べた。
――――――――。
「「はい?」」
全く自覚なく、二人が同じ言葉を発したがお互いに気付くはずもなかった。
おいおいおいおいおい。ちょっと待って!? なにいってんだこいつ!?
「いえ、これもキオン大司教様の御言葉あってこそ。そして真に称えられるべきはアチャータ様でしょう」
「その通りです! 皆の者! 偉大なる教皇猊下に祈りを捧げよ!」
一斉に歓声と祈りの言葉が弾ける。熱狂とは反対にオレは茫然としていた。
勘違いしていた。何一つとして見えていなかった。このティマチという奴は、この女は――――
ただのアホだ。
いやもうね。いままで色々考えていたのが馬鹿らしい。
どっからどう見ても演技には見えないし、ここでろくなものを食っていない兵隊を増やすのは悪手すぎる。それを能天気にやったーと喜ぶのはアホというしかない。あいつは戦術のせの字も補給のほの字も理解していない。
ちょっと落ち着こう。落ち着いて円周率を数えよう。3.14159……よし落ち着いた。
間引きという狙いはあっているか? うーん、ありえなくはなさそうだ。そうでなくてもここに集まったヒトモドキは全員死んでもいいと思われているはずだ。でも何だ? どうもこの作戦を失敗させようとする悪意のような
何のためなのか、誰を狙っているのかわからない。少なくともティマチを嵌めようとしているはずはない。あんなアホ嵌めるのに作戦はいらない。
なら誰だ? アグルに何かしようとしているのか? 何で? 思考がぐるぐる同じところを回る。……くそ、わけわかんねえ。何か重要なピースが抜け落ちている。そんな予感がする。
ひっそりと熱狂の渦から離れたアグルは一人口に布を含み、声が漏れないようにしてから叫んだ。
「あの女どもがああああああ! 馬鹿がっ! 能天気馬鹿とっ! 陰謀と、既得権益に縋る害虫のような連中がっ! 俺と! 兄さんの理想を邪魔すんじゃねえええええ!」
間違いない。奴らの狙いは銀髪だ。奴らの狙いはこのアグルを失敗させ、失墜させて銀髪の養い親ではいられなくすることだ。そうして俺の影響を排除して銀髪を養子にする。
この絵を描いたのは誰だ? あの使者か? キオンか? どれも違う。教皇だ。教皇が銀髪を手に入れるために一計を講じたに違いない!
「やらんぞ。あの銀髪は俺の
彼の敗北条件は多い。まず餓死者が多ければ補給担当であるアグルは間違いなく責任を取らなければならなくなる。かと言ってこの討伐そのものが失敗しても責任を取らされるに違いない。当然ながらアグル自身が死んでも終わりだ。ティマチが死んでも何らかの制裁が下る可能性は高い。
なら、速やかに蟻を討伐してこの騎士団を解散させるしかない。
もしもここに銀髪がいれば大胆な手も打てるはずだが……恐らく敵はティマチをこの村の村長に赴任させた時点でこの計画は進んでいたはずだ。そこまで慎重に作戦を練っていた連中があっさり銀髪をここに返すとも思えない。
しかも愚かな村の連中はティマチに心酔している。ルファイ家の名声に惹かれ、あの女が無能であるとさえ気づいていない。
「だが、なんとしても勝ってみせる。兄さんの理想を叶えるために!」
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