ゼ・ロマロ

第7話 港町の朝

 朝早くからの買い出しでジャックは眠たかった。その眠気につられるようにあくびをすると、潮の匂いがいっぱいに胸に広がった。心地よい気分になったジャックは、目をこすりながら瞬きをして市場に向っていた。


 朝からゼ・ロマロの港は騒がしい。空ではカモメがうるさく鳴き、道には大勢の人が溢れている。この街は地理的に世界のほぼ真ん中に位置し、東西南北から人やものが集まる連邦最大の地方都市だ。


 西にあるイャス共和国からは王都に運ばれる大量の鉄や鉱石が。南のベリア共和国からはたくさんの海産物が。東からは軍都ベリリトラから戦場へ向かう兵士たちが。そして北からは戦火を逃れて来たアムチャットの移民たちが。それぞれの理由を持って、ここゼ・ロマロに寄り、また目的地へと向かうのだった。


 そんな「よそ者」だらけの街でジャックは育った。彼は幼いころに孤児院に預けられ、両親の顔を知らない。しかしそれを不幸だとは思わなかった。孤児院の人たちはみんな優しいし、生活にも困ることもない。


 14歳になった今では、こうして買い出し当番も任されている。それに王都ラッツァルキア、軍都ベリリトラに次いで3番目に連邦で大きな都市のゼ・ロマロでは、普通に暮らしていてはなかなか味わえない経験だってできる。




 突然、ジャックの頭上を大きな影がかすめていった。カモメたちを一掃するかのように空中を抜けるそれは、ゼ・ロマロと王都を行き来する定期便の大型船である。血を吸ってぶくぶくと太ったヒルのような胴体から、小さすぎる頼りない翼が伸びている。船の材質はトタンで、何度も風雨にさらされて汚らしくさびていた。


 一体何を動力に空を飛んでいるのだろう、とジャックは初めて見た時考えたものだが、今ではもうすっかり見慣れてしまった。カモメの鳴き声が聞こえないくらいの爆音で、のろのろと進んでいく。歩くスピードよりも遅いかもしれない。それが何隻も飛び交うのだから、日が昇るとこの街では静かに眠ることはできない。


 そんな中をジャックは石畳の道を進み市場へと向かった。ここも朝からすごい人だ。特に今日は週末で、多くの人々が仕事、観光などの目的でゼ・ロマロを訪れている。ここにゼ・ロマロの住民たちも加わるため、石畳の道は前に進めそうもない。ゼ・ロマロは住みやすかったが、元気がよすぎて騒がしいのが玉に傷だと誰もが思っていた。




 ジャックは前方に見える橋の様子を見た。たくさんの人の頭が石の大橋を覆い隠すように埋め尽くしている。これでは向こう岸に渡りきるまでに昼になりそうだ。


 ゼ・ロマロは海に面した町であるため、多くの川の河口がある。その一つが世界で7番目の長さを誇るオルゴ川だ。水源は遥か北、アムチャットから流れてくる。距離にして世界で圧倒的に巨大な国家「連邦」の約半分の長さである。


 オルゴ川はジーク、アムチャット、そして連邦という国々を流れてくる大河なのだ。そしてその旅の終わりは大海洋に流れ着く。そのゴール直前の街がここだ。


 オルゴ川には3つ橋がかかっているが、週末はいつも人で溢れていて渡れない。だがジャックにはある秘策があった。




「はあ……仕方ないな。今日も向こうから行くか」




 ジャックの秘策。それはオルゴ川と海の間にある河口堰(かこうぜき)だった。河口堰の内側には通路があり、そこを通らしてもらうのだ。人の波から外れて河口堰までくると、早速ジャックは係員のゾルタスを呼んだ。




「おーい! ゾルタスのおっちゃん!」




 ジャックが呼ぶとゾルタスという老人が出てきた。彼は水門の開け閉めや水の管理をしている。




「ジャック、また買い出しか?」


「うん、今日も使わせてもらうよ!」


「ああ使いな。しかし昨日からの大雨ですごい水だ。くれぐれも落ちるなよ」


「わかってる。毎日ありがと!」




 ジャックはそう挨拶すると奥の通路へ向かった。通路はむき出しで川の水面が見える。川は昨日の雨でゴミだらけだったが、ジャックその中に何かあるのに気づいた。




「人だ! おっちゃん来てくれ!」


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