第14話 邂逅

 うるさく鳴り響くスマホをいじりながら、俺は額の汗を拭いた。


 長らく変な夢を見ていた気がする。


 夢というのは、夢の中で何日も経つような長い夢を見ていても、現実時間で夢を見ている時間は数分だったり数秒だったりするらしい。それが全て脳の働きだというのだから、脳というのはすごいものだ。


 そう考えると、人工知能が人間の脳を超えるのはまだまだ遠い未来の話になりそうだ。

「シンギュラリティ」などと漫才しているのを一度も見たことがない芸人が、胡散臭い番組で深刻な顔で語っていたが、そんなに心配する必要はないように思えてくる。



 朝だというのに元気満々で鳴いているセミを少しうらやましく思いながら、重い体を起こし、俺は朝食へと向かった。


 食卓には、璃奈が座っていた。


 常に遅刻十分前に登校している俺と違って、璃奈は普段、俺が起きるころに家を出ているから、制服姿を見るのは久しぶりな気がする。

 「昨日大丈夫だったか?」

「ふん。」

トーストを口に入れたままうんと言うと、怒っているみたいだ。


 「そういえばさ、」

トーストを食べ終わった璃奈が口を開く。

「いつも一緒にいる人が、イケメンだってクラスの人が騒いでたよ」

「長田か?」

トーストを飲み込んで返事をする。


 璃奈はもう元気そうだ。妹萌えな奴らなら、もっといい対応が出来たのかもしれないが、あれはあれでいい対応だったのかもしれない。


 「名前知らないけど」

食器を片付けて、璃奈は洗面所へ行く。


 長田は、イケメンはやっぱりモテるのか。

顔がいいとか、背が高いとか、そんな遺伝だけでほとんど決まってしまうようなもので人を判断するのって、人種差別と同じだろ。



 今週の芸能ニュースという何も面白くないニュース番組では、おしどり夫婦と思われていた芸人が不倫したとか何とかで、謝罪会見をしていた。


 大変ご迷惑をお掛けしました。と記者に頭を下げる。


 平均寿命の半分を過ぎたおっさんが禿をわざわざカメラにさらしてまで、深々とお辞儀する姿は、漫才で笑いを取っている姿よりもはるかに滑稽だ。


 芸能界引退か?などとサブタイトルがつけられているが、お辞儀をするギャグをしたら、別に引退しなくてもよさそうだ。


 ちなみに、平均寿命が八十を超えたとか人生百年世代などと騒いでいる人がいるが、平均寿命というのは、その年に生まれた新生児の平均余命らしい。


 だったら、この人は平均寿命の半分とうに過ぎてるかもな。


 俺は二枚目のトーストを食べ終え、野菜ジュースのコップに手をかける。



 「行ってきまーす」

俺がコップを持つのと同時に、璃奈が玄関のドアに手をかけた。


 ドアが開くのとどちらが早いか、ピンポーンとインターホンの音が響き、ドアを開けた璃奈とドアの前に立っていただろう長田がぶつかる。


 「いってぇー」

「すみません」

頭を下げる璃奈に、口の辺りを押さえながら、長田は大丈夫だという風に手を仰ぐ。


 「ごめんなさい」

「大丈夫だって」

長田が顔を上げる。


 「え?」

「リナちゃん?」

「FYLの北山リナだよね?」

「はい」

とただそれだけ返して、璃奈は学校へ向かった。


 俺はちょっと待ってろと長田に伝え、歯を磨いてから、玄関のドアを開ける。



 「北山リナが妹ってマジだったのか」

「うん」

「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ」

「前にも言ったことあるだろ。それに、他人にあんまり言わないようにって言われてんだよ」


 長田は割とマジで拗ねていそうな顔だ。ちゃんと答える。

「リナちゃん家でも可愛い?」

「顔のことなら物心ついたときからずっと一緒だから、可愛いとかは思わないな」

「マジかよ。今日の放課後家行くぞ」

「なんでだよ」


 それはそうとして、「今日の放課後家行くぞ」ってめちゃくちゃゴロ良いな。キャッチコピーなんかで使われそうだ。


「友達の家に、好きなアイドルが住んでるんだぞ」

「お前、ファンならそこら辺ちゃんとわきまえろよ」

「リナちゃん何組?」

「おい聞いてんのかよ?」

「リナちゃんと合法的に無料で会えるとか持つべきものは、オタク友達」


 そんな調子で、俺は夢見心地の長田を連れて、学校まで歩いた。


 あっちにいったり、こっちに行ったりフラフラしながら、同じことしか喋らない長田と学校まで歩くのは、犬の散歩をしているみたいだった。



 まぁ、犬の散歩なんてしたことないし、俺猫派だけど。

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