Epi49 保護者同士の初顔合わせ

 女子部員の罵声に関して明穂に言おうか考えて、それは止めておくことにした。

 俺のために雰囲気を悪くすると、上手く行くものの行かなくなりかねないから。


「今日も泊りたいんだけどな」


 帰って休んだ方がいいと思う。明穂も頑張ったし、声を出し続けて疲れてるだろうし。


「今日はちゃんと休んだ方がいいと思う」


 俺を見て泊まりたそうにしても、今日はさすがに帰って寝た方がいいと思う。呼び込みで声を出し続けて、説明して部室に連れて来て、どれだけ頑張ったか。俺なんかとても真似できないし。


「疲れたでしょ? いくら明穂でも」

「疲れてない。と言えば嘘になる。でも大貴の傍がいい」


 嬉しいけどじゃあ、俺が明穂の家にとかなったら、今度は俺が疲れちゃう、そう思ってうちに泊まりたいって言ってるんだろう。


「ちゃんと休んで明日頑張ったら、泊まってもいいと思う」


 明穂が急に顔を近付けて来てぼそっとひと言。


「後夜祭だね」


 えっと、まあ、そう言うことにしておこう。

 笑顔になって楽しそうだ。


 景品を揃えるために百均へ行くと、バラエティに富んだグッズを購入し、二人で分散して持ち帰ることになった。


「明日忘れないでね」

「うん」


 自宅最寄り駅で明穂と別れるんだけど、やっぱり濃厚なキスは定番で、発車寸前まで唇を重ね合わせていた。周りの視線は痛いけど、こっちから口は離せないし。


 家に帰って夕飯を済ませる。


「明日行くから」

「来るの?」

「行っちゃ駄目なの?」


 母さん一人で来るらしい。父さんは単身赴任で戻って来れないから。

 俺の活躍を見たいとか言ってるけど、活躍らしい活躍は無いし、罵声浴びせられてる場面とか見たら、情けなくなるんじゃないだろうか。

 でも、母さんも似たようなことしてたし。やっぱそうなるんだとか思ったりして。


「何時頃?」

「二時位には行こうと思ってる」


 誰か交代してくれれば、無様な姿を見せずに済むかも。

 そうだ、明穂に頼んでみよう。

 食事を済ませて部屋に戻ると早々に電話してみる。


『今お風呂入ってたから全裸だよ』


 あの、そうじゃなくて。でもお風呂上がりってこと?

 ほんのり湯気が立ちのぼるその姿態を想像したら、ヤバい。


「えっと、明日母さんが来るから、その間誰か代わりにって」

『いいよ。あたしがやるから、大貴は案内してあげて』


 一時間位ならいいと言って代りをやってくれるそうだ。


「明穂の両親は来ないの?」

『来るよ。勝手に見て回ってて、って言っておいたけど。忙しいから』


 案内する気はないらしい。


『あ、そうだ。お互い挨拶だけできるように、時間合わせようか?』


 それもいいかも。

 まだ親同士で会ったこと無いし、電話くらいだったし、だったら一度会っておいた方がいいよね。


「二時くらいだって」

『じゃあ、その時間に部室にしようか』

「それでいいと思う」


 母さんにも一応話を通しておいた。

 気まずそうに「なんか言われそうな気がする」だって。まあ、俺を虐げて来たから、そこを問われると辛いんだそうだ。「でも、仕出かしたのは事実だから」と半ば観念したようだった。それと「いずれ婚約するなら、どっちみち挨拶は必要だし」だとか。

 明穂と婚約するかどうかなんて、俺自身全然わかんないけど、明穂はその気だし。


 翌日、昨日同様の時間に家を出ると、途中で明穂と合流し学校へ。


「今日も頑張るぞー」


 元気だ。


「疲れは取れたの?」

「当然。って言いたいけど、大貴が居なかったから、なんか疲れが残ってる感じ」


 それは違うような気がする。


「大貴から元気をもらえなかったし」


 明穂に元気を与えると、俺は疲労困憊のまま朝を迎えたと思う。

 持ってる荷物を持としたら「軽いから大丈夫だよ」だそうで。なんか俺が空回りしてる。


 学校に到着すると軽いミーティングをやって、客が来るまでスタンバイしながら待つ。


「今日で決めないとね」

「アンケートどの程度集まったんだろ」

「概算だけど八十くらい?」

「その内の大半はあの一年生に投票したのかな」


 その可能性は高いらしい。

 エンタメとしては確かによくできてるからだとか。ただ、文学文芸作品として見れば幼稚でしか無いから、目の肥えた大人が純粋にその世界観に浸れるかというと、それはまた違うのだとか。


「だから大貴の作品に賭ける」


 全然自信ないんですけど。

 明穂の自信がどこから来るのか、相変わらず不明だし。


 そして二日目が始まった。泣いても笑ってもこれで決まる。

 もし駄目だったら明穂共々自信喪失なんてならないといいんだけど。俺の場合は今に始まったことじゃ無いけどね。もともと自信なんてまったく無いから。


 明穂が廊下に出るとやっぱり女子部員が横柄だし。


「っとにトロいんだから」

「さっさと出して頂戴」

「もたもたしないで」

「オーダー聞いてた? 違うでしょ。バカなの?」


 もう、気力がどんどん削がれてくるし。明穂が居ないと遠慮なく抉ってくる。

 これってもういじめだよね。どんだけ気に入らないんだか。


 昼の休憩時間にやっと解放されて明穂と合流。


「なんか疲れてるね」

「うん」

「およそ想像は付いてるけど、結果を出してからだから」


 明穂もわかってるみたいだ。でも、言い返すのは結果を得てからって決めてるんだろう。つまり有無を言わせない程に追い詰めてやる、そんな感じかも。

 それと。


「今それを口にしちゃうと、部員のテンション下がるでしょ。だから大貴には悪いけど終わるまで耐えて欲しい」


 そう言って、俺を抱き締めるとキスをしてくる。

 少し腕に力が籠ってるのは、もしかして明穂も怒ってるのかもしれない。わかってて口を出さず一緒に暴言に耐えてるんだと思うと、もう少し頑張れる気がした。


 午後の部が開始されて暫くすると、見慣れた顔が二名ほど部室に入って来た。

 明穂も傍に居て「適当に座って」って言ってるし、「大貴はあそこに居るから」とこっちを指し示してた。

 明穂の両親が軽く会釈してきて、こっちも会釈をして返すと、女子部員に案内されて席に着いてオーダーしてる。


「コーヒーと紅茶」


 女子部員がまたぶっきらぼうに言ってくる。

 で、紅茶は早々注文が無くてちょっと手間取ったら「なにしてんの? 客待たせてどうすんのさ。ほんと手際悪いんだから、頭も悪いんだろうね」と、これまた暴言浴びせられた。


「えっと、コーヒーと、紅茶」

「遅いんだよ。使えねー」


 俺が出したオーダー品をトレーに載せると、さっさと明穂の両親の下へ持って行った。

 今日一番のきつさだったけど、明穂の両親を見ると、お義父さんが女子部員と何か話してるみたいだ。なにを話してるのか知らないけど、なんか女子部員が項垂れてる。しかも頭下げてるし。なに言われてるんだろう。

 気にはなるけどオーダー入ってきて、それどころじゃなくなった。


 でだよ、さっきまで高圧的でいびり倒してきた女子部員の態度が、百八十度変わってた。なんで?


「コーラとサイダーをひとつずつお願いします」


 こっちは多少でも慣れたから、詰まること無く出せたと思うんだけど。

 文句を言われることも無く、お客さんのとこに持って行ってた。


 二時を過ぎた頃に明穂に案内されて母さんが来た。


「大貴、少し外していいよ」

「じゃあ、少しだけお願い」

「ゆっくりでいいよ。ちゃんと挨拶済ませてサクッと婚約するんだから」


 あの、それは今回無いと思います。

 で、部室で小説を読んでた明穂の両親の下へ案内する。


 明穂の両親と俺の母さんが挨拶をして、席に着くと俺も着席するよう言われた。


「いつも娘がお世話になってます」

「とんでもないです。こちらこそ息子が大変お世話になって」


 婚約の話は高校卒業まで待つ。俺に対してはやっぱり少し言及されてた。


「大貴君の人格を歪めてしまうから、絶対にあってはならないこと」


 と、釘を刺されて小さくなる母さんだった。

 また似たようなことがあれば、家裁に申し立てして親権を取り上げる、とまで言って慌てる母さんだ。何度も頭下げて二度としないと。


 その後、明穂の両親はまだ暫く部室に残るそうで、俺と母さんは校内を少し回る事に。


「やっぱ怒られちゃった」

「仕方ないと思う」

「二度としないから。ごめんなさい大貴」

「もう気にしてないから」

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