Epi47 文化祭前夜から当日朝
リハーサルを繰り返して準備万端と明穂が判断したのは午後七時。
部長以下部員は明穂に逆らえず全員泣く泣く従ってた。顧問の教師も早く帰った方がいいし、自分も終わらせて帰りたいと言っていた。でもガン無視してたし。
解放された部員は口々に「腹減った」だの「きっつー」とか。
「大貴。おなか空いたでしょ」
「うん。遅くなったし」
「でね、今日は大貴の家にお泊りするからね」
えーっと。この場合は自分の家に帰って、しっかり英気を養うのがいいのでは?
「明日と明後日は本番だしちゃんと休んだ方がいいと思う」
「本番は明日、じゃなくて今夜だよ」
明穂さん。それは違う意味での本番ではないでしょうか?
「シャツとか下着とかどうするの?」
「シャツは大貴の。下着は……買う」
文化祭当日はどうせブラウスの上から衣装を着る。だから俺のシャツでも問題ないのだ、と力説してるし。
「二人きりなら下着要らないんだけどな」
「それもどうかと」
「服も要らないんだけどな」
全裸生活がお望みのようです。
家に帰ると項垂れ気味の母さんが居た。
「連絡……」
まあそうなんだろう。遅くなった上に一人追加だし。
急いで追加の夕食を用意する母さんだった。明穂もさすがに今日は手伝う気はない、のかと思ったら「お風呂掃除してきます」だってさ。
もう俺と一緒に入るのが待ちきれないんだろう。
家事を分担してくれる、ということで母さんもなにも言えず、夕食づくりに全力投球状態になってた。
風呂掃除を終えた明穂が俺の部屋に来て、着替えが欲しい、と言って先日着たジャージの上下を手渡した。
下着は帰る前に大型スーパーの下着売り場で購入済み。下着売り場から離れようとする俺を引き摺って、「これどうかな?」とか「これいいよね」とか、「大貴はどれなら脱がせたくなる?」とか、もう恥ずかしすぎて。
店員さんの視線が痛かった。
夕食を済ませると食休み。
まだ残暑も残る夜。暑いのかわざとなのか、ブラウスの前をはだけてよく見える状態だし。隠すとかそういった行動はないから、下半身が熱い。暑いのは決して残暑のせいだけじゃない。
「大貴。準備万端だね」
「えっと、明穂のその格好が」
「今さらだってば。遠慮なく剥いていいんだよ。それでベッドに押し倒していいんだよ」
剥かないし押し倒さないし、今日は早く風呂入って寝たいんだけど。でも、寝かせてくれないんだろうな。性獣はあれだけ活動してなおも元気だ。
食休みを終えたと判断すると、やっぱり風呂に引き摺り込まれる俺だった。
明穂は下着姿で風呂場に行くし、俺も剥かれてパンツ一丁になりかけて、母さんに見られると嫌だから、ズボンとシャツのままで抵抗して風呂場へ。
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「明穂は同姓だから気にしないだろうけど、母親が相手だとやっぱ嫌だってば」
明穂だってお義父さんには見せないって言ってたのに。と言ったら「男は性的な目で見るから駄目なんだよ」と。明穂のお義父さん、信用されてないのかな? なんか物分かりが良くて優しい感じなのに。
「じゃあ、母さんは性的な目で見ないの?」
「母親が息子を性的な目で見たら危ないって。口ではどう言っても母親は気まずさを感じるんだよ」
そういうものだろうか。
これはやっぱあれか、母親にとっては腹を痛めた子だと認識してて、父親はタネを仕込むだけだからそこに差があるのか。実感なさそうだし。
風呂場では全身蹂躙されて風呂上りにはベッドに直行。
疲労困憊で泥のように眠りに落ちる俺だった。
朝になるとやっぱり元気溌剌、テンションも高い状態の明穂が俺の隣に居る。
「お・は・よ」
目覚めると同時に抱き着いて来て、挙句、だからそこを掴んじゃ駄目だってば!
「大貴。元気じゃん」
「それは生理現象で俺の意思はないんだってば」
「搾れそうなのに」
朝から搾られたら一日抜け殻になります。
「今日は文化祭だね。やっと大貴が認められる日が来たんだよ」
それは実際その時にならないとわからないし。
明穂の目論見通りの結果に至らなかったら、どうなるかなんて考えたくもないし。
「大丈夫だってば。これで少しは自信も付くし、今の自分がわかるはずだから」
「でも、駄目だったら?」
「単純な得票数ならあの一年生には敵わない。それは当然。来客の多くが高校生なら仕方ないから。でも、少なくない大人なら間違いなく大貴を支持する」
明穂以外に評価されなかった小説が、大人の読者に評価されれば、それは俺にとっての大きな自信に繋がるからどんと構えていればいい、らしい。
朝食を済ませていよいよ登校。
「緊張してるの?」
「するよ」
「なんで? あ、でも適度な緊張はあった方がいいね」
適度な緊張感は体を機敏に動かせる。だらけてたり極度の緊張は体の動きも鈍いから、だとか。
文学喫茶が忙しくなればきちんと動ける状態の方がいいそうで。
「明穂は緊張しないの?」
「ほとんどしないよ。でも、だらけてもいない」
少しはあるんだ。いつも余裕のある感じで緊張なんて無いのかと思ってた。
これは度胸って奴か。男は度胸、女は愛嬌なんて、昔は言われてたけど、今は女も度胸の時代なんだろうな。そう考えると俺の場合は。
「大貴は愛嬌かなあ」
やっぱそうですよねー。
「自信を持てれば度胸も据わるんだけどなあ」
まあ、そうなんだろうな。俺と明穂じゃなんか男女逆転してるみたいな。
そんな考え方も古いのかもしれないけど。
いつもより少し早めの登校で校内も最後の準備とあって、なんだか忙しない感じがする。
「当日にバタバタするのは段取りが悪い証拠」
文芸部は明穂が納得いくまで居残りしてたし。
他の部は午後六時には帰ってたし。
「まあ、文芸部は居残りで準備したから」
「当日はね、簡単なチェックだけでいい。あれもこれもって慌ててやっても、やり残し感は出ちゃうから」
部室に行くとまだ部長と他一人しか居なかった。
部長が挨拶して「今日は三菅さんにお任せするから、適宜指示を出して欲しい」だって。
昨日までの手際の良さを見れば、全幅の信頼を置くのも当然だろう。
「じゃ、あたしは着替えちゃうから」
衣装を持って更衣室へ行く明穂だった。
「浅尾君は氷とか見ておいてくれるかな」
部長の指示で冷凍庫を覗き込み、氷の残量を見ておくんだけど、これで正直足りるのかどうかはわからない。自動製氷なんてないから、少なくなる前に作っておかないといけないし。それも明穂が指示出すのかな。
暫く待っていると次々部員が登校してきて、女子はそのまま衣装を持って更衣室へ。それと入れ替わりに明穂が部室に入ってきた。
「どう? 可愛いかな?」
ぱっと見た瞬間、やっぱり素材の良さは天下一品だと思う。
部長も男子部員も思わず目を奪われて、見惚れているようだった。
「三菅さん。最高ですよ」
「やっぱ可愛らしいなあ」
「衣装もすごく似合ってていいよね」
でも俺を見る明穂はちょっと機嫌悪そうだ。あ、そうだった。俺だけなんにも感想言ってない。
「明穂。すごく似合ってる」
「遅いよ大貴」
「いや、あの、でも、つい見惚れてたって言うか」
「ほかの男子より一分間の沈黙はマイナスだよ」
怒ってる? と思ったら「大貴の態度でわかるから」と言われた。
ただ、「今回は察したけど次にこんな機会がある時は、すかさずひと言あると嬉しいな」とも耳元で囁かれた。あの、耳元は勘弁して欲しいんです。ぞくぞくするから。
因みに明穂の場合は胸元が目立つ。髪はアップにして後ろ髪を大きなリボンで留めてある。所謂和装だからかくびれはあんまり見えないんだね。
その下に俺のシャツを着込んでる明穂だ。
「明穂」
「なに?」
「なんか、やっぱすごくいい」
「そう?」
思わず照れちゃうほどの愛らしさが、そこかしこに現れる明穂はやっぱり、校内でトップレベルなんだなって実感した。
他の女子なんて全員霞むほどに輝いてるし。
そんな女性が自分の彼女だなんて、奇跡もいいとこだけど、きっと俺はこの幸運に感謝しないといけないんだろうな。
「大貴」
「あ、え?」
「惚れ直した?」
「あ、う、うん」
なんか嬉しそうだ。
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