Epi6 おうちデートをする
土曜日は我が家で、日曜日は明穂の家にお邪魔することになった。
善は急げ、思い立ったが吉日、旨いものは宵に食え、らしい。
今まさに、自宅最寄り駅の改札前で待ち合わせをしている。
予定時間より十五分くらい早く来てしまった。少し余裕を持ってと思ったからだけど、早過ぎたんじゃないかと今は思う。家にいる時にそう思っていれば、こんなに早く来ることは無かっただろう。
電車が駅に停車する度に人がまばらに降りて来て、そして改札に吸い込まれて行く。
女子と待ち合わせ。
これも人生初だろう。明穂と知り合ってからの俺は、全てが初の経験ばかりになってる。生涯独身で誰とも恋愛せずに年取るんだろう、そう思ってたのが嘘のようだ。
キスまでしてる。思い返すと顔が熱いし、心臓が高鳴るし、ついでに下半身が充血するのは、どうにかならないのか。
なんてアホなことを考えていたら、弾ける笑顔の持ち主が俺に手を振っている。
近付いて来るその存在は先日ファーストキスをした相手だ。
「お待たせ。じゃあ、案内してくれる? えっと、なんで顔赤いの?」
これは、思い出したらこうなっただけで、と説明したら呆れるだろうか。
「そっか。思い出したんだ」
バレてる。
なんでこうも簡単にバレるんだろうか、そこが不思議でならない。
「目が泳いでるし、ちょっとだけ膨らんでるよ。一緒に並んで歩くのにそれは遠慮したいかも」
マジか!
観察力が凄いってことでもあるんだ。俺は明穂の変化とか全然気付けないのに。この前までは気持ちも全然理解できなかった。鈍すぎるのかもしれない。
急に顔が近付いたと思ったら、こっそり耳打ちしてくる。
「部屋でならそれでもいいけど、外では我慢しないと」
全く以って返す言葉もありません。
え、でも部屋でならいい? それは先の関係を望んでもいいってこと? でも、それを尋ねる勇気はない。
並んで歩き始めるとさりげなく、いや、強引に俺の腕を取って自分の腕を搦める明穂だ。
「こうしてるとね、実感できるんだよ。やっと付き合えたんだなって」
腕を組んで歩くなんて、少し歩き辛いと思う。でも、寄り添う形で並んでるのは、なんだか心地よくてずっとこうして居たくなる。でだよ、免疫の無さが物凄く恨めしい。マジで突っ張ってて歩き辛いんだってば。
「どうし……。まあ、しょうがないのかもね」
「ごめん。言うこと聞かないから」
「いいよ。あたしも信じてくれるなら、なんでもするって言ったんだし。期待しない方がおかしいでしょ」
「あ、いや、そうじゃなくて」
物分かりが良過ぎじゃないでしょうか。
軽い会話を交わしつつ家に到着し、玄関を開けて招き入れると、妹が出掛けるのと鉢合わせになったみたいだ。
「あ……。に、え? どう言うこと? な?」
物凄く驚いているのが俺にもわかる。目が点とはまさにこのことを言うのだろう。二の句も告げないようで呼吸も止まったんじゃないか。
「あ、明穂。紹介しておくけど、これ、俺の妹で
「妹さん、中学生かな? 大貴と付き合ってます。よろしく。あたしは三菅明穂です」
互いに名前で呼び合っていることにも驚いてるのだろう。つまりそういう関係性だと認識しただろうし。しかし、だらしなく口が開きっ放しはどうかと思う。涎が漏れ出すんじゃないのか?
「え、あ、う、うえー!」
素っ頓狂な声を出してひっくり返りそうだ。やっと認識できたのかもしれないけど。
でだ、妹が俺の腕を引っ張り外に連れ出して、何事なのかと追及が始まった。
「バカ兄! あの人なに? なんでうちに来たの」
バカ兄の認識は改めた方がいいと思う。明穂は学年五位以内の才女だし、それが俺の彼女という驚愕の事実もあるのだから。
「おうちデート? 家に来たいって言うから」
顔の造形も優れていて、体の造形は抱き合った時の感触から、しっかりした凹凸もあると予想できる。陽和とは全く違う異次元の存在だ。バカにして舐め切っていただけに、衝撃も相当なものだろう。
「揶揄われてるだけでしょ!」
「俺もそう思った。でも違った」
「あの変態小説、読んでないから騙されてるんでしょ!」
「それも読まれてる。その上で俺と付き合いたいって」
倒れそうだな。
お前の認識じゃ俺はミジンコ以下の取るに足らない存在だろう。そうだ、ここで止めを刺しておこう。
「キスもした」
「!」
仰け反る程に驚いてそのまま後頭部を地面に打ち付けそうだ。
「ねえ、なんの話してるの? 早く部屋連れてってくれると嬉しいんだけど」
陽和が今度は明穂に詰め寄って行った。
「あの、バカ兄のなにが良くて付き合ってるんですか? だって、変態だし、変態小説書いてるし、バカだし、臭いし、顔ダサいし」
明穂さん、俺を見ても仕方ないんだけど。家庭内での俺の立ち位置なんて、こんなものだし。
「家族なのに全然良さを理解できないんだ。だから大貴が卑屈になっちゃうんだね」
目を丸くする陽和と、おかしなことは無い、と毅然とした態度の明穂。
「で、でででも、バカ兄だよ? 全然釣り合い取れないし」
「これじゃ大貴が可哀想になるね。なんでこんなに理解が無いのかな? 頭悪いのか目が濁り切ってるのか、偏見と差別意識ばっかり肥大化したら、たぶんこうなるんだろうけど」
うっわー。すっごい辛らつな物言いするんだ。
意外だ。
「悪い所ばっかり見て、いい所を見ないとね、人なんて正しく評価できないんだよ。大貴に悪い部分なんて無いけど。変態小説? あれだって健全な男子だからこそでしょ。なにが悪いの?」
きっと明穂には俺が輝いて見えてるんだろう。両極端なものの見たかをしてるから、お互い相容れないよね。
「じゃ、妹さんはお出掛けみたいだから、部屋に案内してくれる?」
「あ、うん」
開いた口が塞がらないようで、呆然と立ち尽くす陽和が居る。
そんな失礼極まりない妹を放置して家に上がると、今度は母さんが卒倒したみたいだ。
「大貴の自己評価の低さの原因がよくわかった。これじゃ自分を肯定的に見られないよね」
母さんを前に堂々と言って退けたよ。
やっぱり母さんも呆然自失状態だ。そこまで驚くってことは、俺に対する評価は最低だったってことだよね。
「家族って本来は一番の理解者のはずなのに。ねえ、大貴」
「えっと、なに?」
「こんな家出てうちに来れば?」
「え?」
母さんも思わず「え?」と声に出てた。
「だって、理解しないで差別する家族なんて、もう家族って呼べないじゃん。だったら縁切ってうちに来た方が幸せになれるよ」
目を白黒させる母さんだけど、はたと気付いたのか、急になにやら言い出した。
「大貴。なにこの人?」
俺からの紹介と自己紹介を済ませると顎が外れそうだ。
「大貴に……。こんな綺麗な子が」
審美眼は濁って無いんだろう。明穂を正当に評価できるんだから。
学校の成績は五位以内、吹奏楽部でもトッププレイヤーで、今は文芸部だと伝えると、才色兼備の美女を連れて来たと大騒ぎだった。
俺の部屋に案内すると。
「見返すことができたと思うよ。今まで肩身の狭い思いしてたんだね。でも、あたしと付き合ってるって知って、大貴にも魅力があるってわかったんじゃないかな」
まぐれ当たりだとしか思ってないと思う。たまたまであって、一カ月もしない内に別れるとか。
「一カ月で別れちゃうの? あたしはずっと一緒がいいんだけど」
「あ、いや、俺が、じゃなくて妹とか母さんが」
「侮ってるならそれも見返してやればいいと思う」
「うん。そう、だね」
そんな自信はないけど、明穂に飽きられないように、俺自身も努力しないといけないんだろうな。
明穂にはベッドに座ってもらって、俺は床にと思ったら「隣に座ればいいじゃん」と強引に俺の手を取り隣に座らされた。
「部屋の中、綺麗に片付いてるね」
「あ、いや、来る前に掃除したから」
「押し入れ開けるとエッチな本がどさっとか? あ、でも今どきそんなの無いよね。ネットで見られるから」
全て見透かされてる気がする。
「でも、これからはそんなの頼る必要無いから」
心臓跳ね上がっちゃうんですが。ついでに体の一部が熱くなってくるし。
真横に居る明穂を見ると実に楽しそうな笑顔で、俺に微笑んでくれていた。
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