ぶらんケット

ピーター・モリソン

 以前、ぶらんケットという商品が結構売れた。


 今でもオークションや転売サイトで探せば手に入れられる。


 つかい方は簡単で、椅子に腰掛け、ぶらんケットを膝にかける、ただそれだけ。


 少し待てば、布で覆われた両足がプールと呼ばれている仮想空間につながる。どういうことかというと、椅子に座りながら、目に見えないプールの水に足を浸すことが出来る。


 ただ、ぶらんと……。


 仮想空間と言ってもあなどれない。織り込まれた特殊な繊維が電極となって、神経に干渉する。心地よい水温と水圧、それらはふくらはぎを刺激して、足湯のようにむくみを解消するらしい。さらに足を動かせば、軽い有酸素運動になって、集中力が上がるという触れ込みだった。


 発売当初よりかなり安くなったけれど、高校生の僕にはそれなりの値段だった。持っていたポイントを還元したり、物を売ったりしてお金をつくり、何とか手に入れた。


 商品が届くと、部屋に籠もり、包装を剥がした。早速ぶらんケットを膝の上に載せる。焦る気持ちを抑えながら、生地の端にある小さなパネルを操作し、起動した。


 すると、すっと床の感触が消えた。


 僕は目を見張った。


 水だ。足が水に包まれた。冷たくも熱くもない、ちょうどいい温度……。力が抜け、開放感に包まれていく。水面に浮かぶアヒルのように、すいすいと足を動かす。


 これいい。


 気を良くした僕は、早速、受験勉強に取りかかった。


 つかい心地は文句なかった。自分の中で評価が上がるにつれ、ぶらんケットのことがもっと知りたくなった。勉強の合間に、ネットのユーザーレビューに目を通していると、ふと、ある記事に目が止まった。


 それは重大なバグの報告だった。詳しく読んでいくと、こうある。


 仮想空間の混線事例。簡単に言うと、隔離されているユーザー固有のプールが不具合によって結合されてしまうというもの。その際には様々な動作不良を起こすという。


 実際にバグを体験したユーザーのレポートを見ていく。


 まず水温が変動するみたいだ。その際に両足に麻痺が起こる。さらには足の感覚情報が混線して、他人の足の存在を感じてしまう。


 真偽はわからない。否定するコメントもある。軽く首を傾げたものの、まあ大丈夫だろうと、たかくくった。


 僕はプールの上を漂いながら、孤独な勉強を続けることにした。

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