第209話 砂丘沖の砲煙 その6

 アダムたちが打ち合わせをした翌日から雨となり、ペンキで描いた偽装用の帆が乾くのかとアラミド中尉を心配させた。だが、作戦当日は快晴となりみんなを安心させた。

 最初に動くカプラ号が配置に付き合図の旗を上げた。

 アダムは神の目で上空から俯瞰していたが、初夏の北海は早朝の太陽の白い光に輝いていた。薄雲はあるが舞台としては上々だ。遠くからも船影がしっかりと見通せるだろう。カプラ号が急激に岸に近づき砲撃を開始すると、拠点に隠れていたデルケン人は驚くに違いなかった。


「作戦開始の合図を送れ」


 マロリー大佐の指示に、艦橋で待機していた通信兵が合図の旗を上げた。すかさずカプラ号から受信応答の合図が上がった。通信兵が声を上げる。


「カプラ号、受信応答しました」

「良し、我々も少し距離を取って続く。グッドマン船長、よろしく頼む」


 カプラ号が砲撃するのは、オルランド側に近い一番大きな拠点だった。拠点の北西から偏西風を追い風に砂浜に近づいて行く。短砲の射程は360mはあるので無理をする必要はないが、カプラ号の艦橋ではクーツ少尉が、水深を計測して読み上げる水兵の声を聞きながら、慎重に操船していることだろう。

 この時、急ぎ過ぎると船足を止める間もなく浅瀬に入って操船余地が無くなってしまう。しかし逆に時間を掛け過ぎると、相手に対応する時間を与えてしまう。上空から見ているアダムにとって冷静に見て居られないようなハラハラする時間だった。

 ドラゴナヴィス号は沖合からカプラ号の砲撃を確認できる位の距離でとどまった。後で偽サン・アリアテ号が出て来たところで動く予定だ。


「桟橋の夜番が警鐘を鳴らして、野営地に駆け込みました」


 アダムが神の目で見て報告をする。氏族単位で命令系統があるのだろう。何人もの物見の兵が出されて動くのが見えた。砂浜に向かってそろそろと近づくカプラ号と沖合で見守るドラゴナヴィス号が見えているはずだが、意外とデルケン人も平静に見える。何をするのかまだ判断できないのだろう。


「ここからどう出ますかね」

「隠したロングシップがばれているとは、まだ考えていないだろう。様子を見ると思うが、砲撃を開始してからだな。アダム、他の拠点の動きにも注意してくれ。そっちからも見えているだろう」


 エクス少佐もマロリー大佐も全く平静で拍子抜けするくらい他人事のように話している。


「他の拠点でも動きがあります。見えているようです」

「そうだろうな。今日は見通しも良い。彼らの練度れんどを見てみよう。こういう事態を想定しているかどうか」

「さすがにアダムのククロウが隠したロングシップを確認しているとは考えていないでしょう。何をしに来たかと、今は少し高を括っているところでしょうな」


 そろそろと近づいて行くカプラ号の甲板では大砲の装填も終了し、船の向きを調整すれば直ぐにでも砲撃が開始できる。砂浜から見ているデルケン人には実際に砲撃された経験がある人間が少ないのだろう。あまりに無防備に見えてアダムは驚いてしまう。

 砲撃開始は突然だった。すいとカプラ号が船の向きを調整して右舷を砂浜に向けたと思うと、直ぐに砲撃を開始したのだった。

 初弾の着弾点を確認しているのか、見ていると少し間を置いて2弾目が発射されたが、その後は続け様に砲撃を開始した。

 アダムがククロウを使って慎重に桟橋からの距離を測って調べていたので、ほぼ狙い通りの所に着弾し始めた。かたまって並べられたロングシップは破壊され飛散した欠片で更に傷つけられるだろう。


「アダム、神の目で見てカプラ号に指示してやれ」

「はい、ほぼ狙い通りです。エクス少佐」

「通信兵、カプラ号へ連絡。目標そのまま」


 通信兵が信号旗を上げると、カプラ号から受信応答があった。

 作戦を決めた夜から3日が過ぎ、一番大きな拠点には砂浜に27隻のロングシップが隠されていた。カプラ号の斉射が続けば確実に殲滅できるだろう。


「相手の動きが鈍いな。本当だったらそろそろティグリス号(偽サン・アリアテ号)を登場させるんだが、このまま潰せそうだ」


 この拠点のロングシップが一番多い。このまま殲滅出来るのなら、芝居をする必要もなく予定通り半数のロングシップを沈められそうだ。しかしティグリス号のアラミド中尉は指示が無くてやきもきしている事だろう。


「敵に動きがあります。桟橋のロングシップがカプラ号に向かって行きます」


 アダムの声に続いて、トップマストの見張り台からも報告の声が上がった。


「メインマストの見張り台から報告、他の拠点からも桟橋のロングシップが出てきました。4隻です」


 桟橋に繋がれたロングシップは次に狙われると分かっているのだ。乗員を揃えた船からカプラ号に向かって漕ぎ出して来たのだった。

 すかさずマロリー大佐から司令が飛んだ。


「カプラ号に連絡、撤退せよ」

「信号旗上げます。、、、カプラ号受信応答」


 ここから動きが活発となって、展開が急となって来た。砲撃の狙いが隠されたロングシップだと分かって、砲弾をものともせずキャンプから走り出して来る戦士たちがいた。慌てて被害状況を確認しているが、もう無事に海に浮かべられる船はないだろう。

 カプラ号は沖に向けて向きを変え、脱出に掛かった。艦尾を砂浜に向け船足を付けるべく帆に取り付く乗組員の姿があった。同時に艦尾砲の2門が砲撃を開始した。カプラ号を追って桟橋から進み出たロングシップを狙っているのだ。

 他の2つの拠点でもカプラ号の砲撃の狙いが分かって、隠していたロングシップに向かってデルケン人が殺到していた。被せていた草を払い、覆っている帆布をはがして海へ運び出すのが見えた。他の拠点にはそれぞれ10隻、計20隻のロングシップが隠されていた。


「ドラゴナヴィス号を発進させろ。ティグリス号(偽サン・アリアテ号)へも連絡、発進せよ」


 マロリー大佐の指示にドラゴナヴィス号も帆を張り増し船足を付けた。砂浜に近づくのではなく、沖合を海岸線と平行に進んで行く。そのまま他の2つの拠点のロングシップを砲撃する姿勢を見せた。

 同時に東の沖合から偽サン・アリアテ号(ティグリス号)が姿を現した。サン・アリアテ号はティグリス号とカプラ号と同じ三角帆(ラテンセール)の3本マストの帆船だった。一目で分かる違いはサン・アリアテ号のメインマストの帆にはエスパニアム王国の国旗が大きく染め付けてある事だった。

 

「あれ、何か違わないか? 少しやぼったいぞ」


 ドムトルが叫び声を上げたが、確かに偽物と分って見ているアダムには国旗の輪郭が少し歪んで見える気がした。


「いや、知らなければ分からないよ。確実に見た目がデーン王国の軍船とは違うからね」


 ビクトールが冷静に答えを返した。

 ここからがアラミド中尉の腕の見せ所だ。偽サン・アリアテ号は東の海上から海岸線へ間切って進んで来ると、カプラ号とドラゴナヴィス号の間に割って入る様に進出して来た。マストには敵対旗が上がり、左舷砲列でカプラ号へ砲撃を開始した。カプラ号は飽くまで沖合まで逃げる様子を見せた。ドラゴナヴィス号からはまだ距離がある。

 轟音が轟き砲口から赤い炎が上がった。黒々とした砲煙が海上に流れて行く。砲撃を受けたカプラ号の周囲には何本も水柱が立った。

 思わずデルケン人から歓声が上がるのが聞こえた。砂浜にはロングシップを破壊され、武器を手に呆然と立っていたデルケン人も、偽サン・アリアテ号の登場に拳を振り上げ大声で声援を送っている。彼らは船を失い偽サン・アリアテ号に声援を送る事ぐらいしか出来ないのだった。

 カプラ号からも左舷斉射で応戦した。一斉に大砲が火を噴き、こちらも黒々とした砲煙で船上が見えなくなる。偽サン・アリアテ号の周囲にも何本も水柱が立つのが見えた。


「おお、すげえ! あれを見ろよ。本当に撃っているみたいだぞ」


 ドラゴナヴィス号でそれを見ていたドムトルも歓声を上げたのだった。

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