第208話 砂丘沖の砲煙 その5

「アダムがククロウを使って3つのキャンプを探ってくれた。良く聞いてくれ」


 エクス少佐の話に全員がアダムに注目した。


「やはりロングシップは砂州に上げられて、刈った草を掛けて隠されていました。オルランドに近い拠点が一番大きくて、桟橋に2隻、砂州に8隻、次の拠点が桟橋に2隻、砂州に5隻、最後の拠点が桟橋に2隻、砂州に6隻です」

「するとやはりこちらの読み通りだな。桟橋に6隻、陸地に19隻隠されていると言うことか。それでも1隻当たり25名の戦士が乗っていると考えると、625名は居る訳だな」


 アダムが書いた簡易の図面を見て、エクス少佐が大きく頷いた。


「うーん、でも、それだとやっぱり海上から砲撃するのは難しいね」

「何で? そこだと分かっていたら大丈夫じゃないのか?」


 アラミド中尉の話にドムトルが質問した。


「カプラ号やティグリス号ならやってやれない事は無いが、ドラゴナヴィス号だと喫水が深いから、確実に壊すために岸に近づくのは危険だよ。行けても水深が浅くて操船に難がある。ロングシップが出て来たら余裕が無いだろうね」

「アラミド中尉の言う通りだろう。やっぱり海に浮かんだ所を砲撃するしかないな」


 マロリー大佐もアラミド中尉の意見に同意した。

 海上は北西の風が吹いている。砂州に近づき過ぎても危険だし、右舷側で近づいて砲撃した後、離脱して左舷反転しても、転進中は艦尾砲門で狙うことになるが数が少ない。手漕ぎで西に逃げるロングシップを今度は逆風を追って左舷で砲撃するまでに時間がかかる。追いついて掃討するのは中々厳しいだろう。

 これが沖合ならば右舷反転しながらも長く右舷側で撃ちづづける事が出来る。圧倒的に砲撃数が違って来ると言うのだった。


「それなら、最初に通り過ぎて反転してから左舷側で砲撃を開始すると言うのは駄目なのか?」

「ドムトル、戦闘入りが順風ならその後の対応に余裕があるが、逆風で戦闘入りすると身動きできなくなる可能性がある。相手は手漕ぎなんだ。寄せられたらそれでお終いだ」

「うー、海戦って面倒だなぁ」

「はは、だからこちらの3本マストの帆船の優位性を考えた作戦じゃないといけないのさ」


 ドムトルの疑問にアラミド中尉が丁寧に説明してくれる。


「それで、敵を誘き出す作戦を考えたのですが」


 アダムは酒場で聞いた会話の話をして、デルケン人の方でもサン・アリアテ号がこちらを裏切って、デルケン人の味方に付く事が認識されている事を説明した。


「酒場の店主の話では、サン・アリアテ号のメインマストの帆は、エスパニアム王国の国旗が染め付けてあって、一目でデーン王国の軍艦と違う事が分かると言っていました。それを真似てティグリス号をサン・アリアテ号に偽装する事は出来ないでしょうか?」

「ああ、大丈夫さ。予備の帆布は十分あるし、部下に大工の息子がいるから、ペンキで描いて似せるぐらいなら十分可能だよ」


 アダムの質問にアラミド中尉が面白そうに笑って答えた。

 アダムはそれならと続けて作戦を説明したのだった。


「まずカプラ号が岸に近づき、砂州に陸揚げされたロングシップに砲撃を開始します。向こうが慌てているうちに、サン・アリアテ号に偽装したティグリス号が現れ、困っているデルケン人を助けてカプラ号に砲撃を開始します。これに慌てたカプラ号が沖合に逃げ出して、沖合で2艦の戦闘が続きます。

 そこにカプラ号を支援するべくドラゴナヴィス号が登場して、2対1の戦闘が始まり、偽サン・アリアテ号の砲撃を受けたドラゴナヴィス号が、帆げたを落として身動きが取れないように見せかけられれば、デルケン人のロングシップも釣られて出て来るのではないでしょうか?」

「なるほど、陸揚げしたロングシップがやられて怒ったデルケン人が、身動きできなくなったドラゴナヴィス号に向かって漕ぎ寄せて来る処を、最後は3艦で攻撃して沈めると言う作戦だね。面白いかも知れないよ。ねえ、マロリー大佐」


 黙って二人の話を聞いていたマロリー大佐も頷いてエクス少佐を見た。


「中々面白いね。あと3日もすれば集結するロングシップも50隻を越える位にはなるだろう。その段階で新造戦艦の船影がまだマルクスハーフェンから見えないようなら、逆風でもあるから、こちらで1戦してからでも態勢を整える余裕は十分あるだろう」

「ええ、作戦の細部を整える必要がありますが、ティグリス号の帆の準備や、着弾したように見せかける偽装も準備出来るでしょう」


 エクス少佐もマロリー大佐に応えて自信ありげに答えた。

 何よりアラミド中尉が面白いと乗って来た。


「大丈夫ですよ。クーツ少尉と示し合せて、迫真の戦闘シーンを演じて見せますよ。なあ、クーツ」

「うっ、あんまり自分は自信が、、、アダムのおかげで無茶をさせられるのも面白くない、、、、が、まあ先輩が乗り気のようなので仕方ないか、、、」


 クーツ少尉も最後はしぶしぶ承諾したのだった。

 作戦の細部をマロリー大佐とエクス少佐で詰める事にして、日にちも無いことから、早速、アラミド中尉が中心になって、偽装工作の準備を開始したのだった。


 ◇ ◇ ◇


 マルクスハーフェンに入ったサン・アリアテ号の船長室では、ギーベルを仲介人として、赤毛のゲーリックとミゲル・ドルコ船長の会談が行われていた。


「ほう、中々良い船だな。これで18門艦なのだな」

「ええ、そちらもドラゴナヴィス号と同じ22門艦と聞いているので、戦力的には同じくらいだと思いますよ」


 乗り込んで来て遠慮なく艦内を見渡す赤毛のゲーリックに、ミゲル・ドルコ船長はややむっとしながらも、余裕のある様子で答えた。


「はは、怒らないでくれ。本当は我がゴッズ・リース号の船長室で話をするつもりだったのだが、まだ大砲の偽装が終わって無いのだよ。でも今頃はわしの拠点にもう50隻のロングシップと1,250人の戦士が集まっておるだろう。出撃は急がなければならん。その為にも、エンドラシル海で有名な私掠船の船長であるお主とも一度は会って、忌憚の無い意見を聞いておきたかったからな。はは」


 この巨人族の末裔と言われる偉丈夫に褒められると、まあ気分は悪くないとミゲル・ドルコ船長も虚栄心をくすぐられるのだった。


「こちらの作戦はギーベルから聞かれたと思うが、そちらの新造戦艦も含めて、面白い局面になれば、十分やりようがあると思っていますよ」

「うん、うん。ギーベルから聞いているよ。ドラゴナヴィス号の足を止めさせられれば、我々には十分だ。勝利は間違いないぞ」


 しかし赤毛のゲーリックはミゲル・ドルコ船長を見ながら、事前の予想通り信義を守る相手では無い事を十分理解したのだった。こちらが優位の間は味方になっても、不利に転じた途端に手の平を返すように裏切るだろう。まあ、こっちもお互い様なのだがと考えていた。


「では、これから海上でドラゴナヴィス号と遭遇した時の作戦の細部を詰めて行こうぞ」


 二人の自惚れ者の船長と謀略自慢の傭兵の話し合いは、夜の遅くまで続いたのだった。

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