第197話 反撃に備えて その1

 アダムから聞いた新造戦艦の情報について、色々な意見が出された。


「北海航路の有名な造船所と言えば、自由都市マルクスハーフェンあたりだろう。あそこを管理している男爵はお飾りで、商人組合が実権を握っていると聞いている」


 ジョー・ギブスンの推測にマロリー大佐も同感の様子だった。


「あなたの言う通りでしょう。バルトール海で主流のコグ船を大型戦艦にしたものでしょう。3本マストの帆船が出来た今も、まだまだ大型輸送船の主流になっている」


 二人は頭の中に明確なイメージを描いて頷き合った。


「王立学園の授業で、エンドラシル帝国の海軍では同じように人力で漕ぐガレー船が中心だと学んだのですが、また違うのですか?」


 アダムが基本的な質問をすると、マロリー大佐は詳しく説明してくれた。


「ああ、アダム、全然違うよ。風がある時は帆を利用して、風の無い時は櫂で漕ぐと聞くと、ロングシップを大きくした船の様に聞こえるが、発展して来た背景が全然違うんだよ。エンドラシル海は3つの大陸に囲まれた内海で、北海とは違って風の方向が一定せず、凪も多い。だから軍船としてはここぞと言う時に人力で漕ぐガレー船が発展して来たんだ。だがガレー船は喫水が浅くて外洋には向かない事、大量の熟練した漕ぎ手の確保が必要で兵站に余力が無く、長距離の航海に向かない事、何より大砲を積むのに向かないんだ。積載量が小さくて、スペースも無いからね」


 マロリー大佐はデーン王国もガレー船団を持っていたが、今は3本マストの外洋帆船にとって代わられていると説明した。

 今回の新造戦艦の元に成っている輸送船は、旧型の1本マストに加えて、船首にバウスプリットと呼ばれる斜めに突き出した棒を付け、マストトップと結んで帆を張り増しする改良が加えられている。それでも3本マストの外洋帆船には敵わないと言った。3本のマストをしっかりと固定して、全帆に風を受けて推進力を十分に生かすためには、3層艦以上の建造技術が必要なのだと断言した。


 ジョー・ギブスンからもデルケン人とロングシップの関係から説明してくれた。


「それとデルケン人の民族性がある。北方に住む彼らの風土は厳しく貧しい。彼らは日常は農耕民として生活し、ロングシップは一族の財産として、平時は物資輸送や交易に使われている。それが一朝戦いとなると部族長の呼び掛けに応じて、武具を担いで戦場に出て来るんだ。その生活様式とロングシップが合っているんだよ。一族は平等で有志的なんだ。それに比べてガレー船は一方的に漕ぎ手の損耗が激しい。ガレー船の漕ぎ手は身分が低い奴隷が中心で、どちらかと言うとエンドラシル帝国のような被征服民奴隷を大量に抱える王権国家で発達した軍船なんだ。デルケン人の社会には馴染まないんだよ」


 デルケン人とも交易しているジョー・ギブスンの説明は、軍人とは違う視点でアダムを納得させた。


「自由都市マルクスハーフェンとはどんな都市なのですか?」

「オルランドよりも更に北東にある港湾都市なんだ。やはり北海航路の貿易港としてオルランドと並ぶ都市だ。商人組合が中心に成って高い税金を払って、帝国から幅広い自治権を獲得している。神聖ラウム帝国はお目付け役として男爵を市長として送り込んでいるが、賄賂で目を瞑らされていると言う噂だよ」


 アンの質問にジョー・ギブスンが説明してくれた。


「それでも、今や時代遅れだし、図体が大きい分動きも遅い。機動力に優れたロングシップに勝てない船を持って来て、彼は何を考えているのでしょうか?」

「アラミド中尉の言いたい事は分かる。3層艦の機密はデーン王国もエスパニアム王国も渡しはすまい。だからデーン王国の戦艦に対抗して大砲を積む為の苦肉の策だろう。アダムの話しの通りだとすれば、船倉を幾つもの区画に分けて気密性を高めるのは、3層艦が造れない中で、1層であっても1発の砲弾では沈まない船を造ろうとしたと考えるのが妥当だろうね」


 デーン王国やエスパニアム王国では3層艦の設計図や建造手法は国家機密として厳しく管理されている。例え図面があったとしても簡単に真似出来る技術では無い。

 一方で軍艦はますます大型化して来ており、デーン王国では大砲を100門以上搭載する戦列艦が企画されていると言う。雌雄を決するような大海戦においては、海の上の砲台の重要性が認識され始めているのだ。


「だがエンドラシル帝国から陸戦用の大砲を仕入れても、艦砲としては完成していないだろう。陸戦で使う大砲と違い、波で揺れる船上で操作する事を考えて、デーン王国の大砲には砲撃の反動を逃がすためのスライドする砲架ほうかの仕組みや、角度や方向を素早く調整する仕組みがある。火薬の安全性と装填し易さを追求した運用ノウハウがある。いくら頑丈であっても距離を詰められさえしなければ狙い撃ちの的だ」


 マロリー大佐は十分戦いようがあると自信をもって言うのだった。


「むしろ、ロングシップ60隻と戦士1,500人が厄介だ。集結する前か、沿岸を移動して航行中の時に奇襲を掛けて数を減らす必要があるな。その上で最終決戦はオクト岩礁で決するのが良い。、、、早速、作戦を立てる必要がある、、、」


 マロリー大佐は思い付いた作戦を思案するように少し考えていたが、アラミド中尉の方へ向いて質問した。


「アラミド中尉、高台の砲台は完成したかね」

「はい、全方位をカバーする事は難しいと思いますが、港口がある北西と北東の方角を中心に港から外周に近寄って来るロングシップは一網打尽に壊滅させられます。

 それと、砲台の土台についてはアダムが手伝ってくれて、土魔法で直接岩盤に穴を開けて楔を打ち、その上で岩盤を再度固定化する事で、十分な強度と安定性を造り出す事ができました。これで射撃の精度は随分違うと思います」


 全員の目がアダムに向き、さすが七柱の聖女の仲間だと声が零れた。


「ただ敵兵が1,500人も居ると、船を失っても泳ぎ着く敵をどうするのか考えて置く必要があります」


 アラミド中尉はこちら側に同じだけの兵力があれば良いが、数の暴力は簡単には対抗できないのではないかと危機感をあらわにした。


「そうだな、初戦の奇襲で半数に減らせたとしても、まだ800人位はいるだろう。そこは何か手を考えないといけないだろうね」

「マロリー大佐、ガント・ドゥ・ネデランディアに頼んで、もっと応援を頼めないのかな?」

「ドムトル、それはその通りだ。だが、こちらの思惑通りオクト岩礁に誘導できるとは限らないと考えると、万全を期す程の人数は回してもらえないだろう。オルランドは本当に海抜が低い低地で、海からは何処からでも攻められる地形だからね。相手の狙いが絞り切れないのが苦しい所だろうな」


 思惑が外れて奇襲もならず、60隻、1,500名を越えるデルケン人が一度に攻め寄せて来る事を考えると、広い海岸線を守るのは容易では無い。一昨年の大侵攻の時は5,000人を超えるデルケン人が攻め込んで来たが、今回も少ない数では無いのだ。


「だがオクト岩礁を拠点に我々の艦隊が居れば、容易に赤毛のゲーリックはオルランドを攻められないだろう。オクト岩礁は敵の襲撃を見張るのに最適の場所だ。こちらの機動力があれば十分戦える」


 マロリー大佐はみんなを見回し、自信を持って言うのだった。

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