第196話 皇帝からの親書

 ドラゴナヴィス号の会議室では、ガント・ドゥ・ネデランディアと協議を終えて戻って来たジョー・ギブスンが報告をしていた。


「まずガントからは今回のオクト岩礁の奪還について、皆に対して丁寧な謝意があった事を伝えておきたい。迅速で的確な作戦だったと強く称賛する言葉があった」


 ジョー・ギブスンの言葉にその場に居た全員が笑顔になって頷いていた。ひねくれ者のクーツ少尉でさえ嬉しそうな顔をしている。


「海事傭兵団『鉄の心臓』を派遣してくれたデーン王国王室に対しても感謝状を正式に送るそうだ。赤毛のゲーリックの反撃は必須だと思うので、今少し助力をお願いすると伝えて欲しい。出来ればギブスン商会を通じた形では無く、直接傭兵契約を結びたいので、本国の本部に連絡して意向を確認して欲しいと言う話だったよ」

「それはとてもありがたい。我が海事傭兵団の名前を上げるだけでなく、今回の取り組みに協力してくれたデーン王国の王室も満足する事でしょう。我々はその為にも、赤毛のゲーリックの反撃に勝たなければならないと、改めて決意を固めているところです」


 ジョー・ギブスンの話にマロリー大佐も満足そうに答えた。

 ジョー・ギブスンの話ではオルランド市民の熱狂は大変なもので、対侵攻以来の鬱憤を晴らすように、市街は歓喜して国旗を振り、酒を酌み交わして、他人同士でもお互いを抱き合って喜ぶ市民で溢れ返ったと言う。

 むしろガントの方は、戦いはこれからで新海軍の初戦の戦果に喜び過ぎてはいけないと諌めているそうだった。為政者としてはこの様な戦果に喜んでは居られないのだろう。赤毛のゲーリックの反攻は必須の状況なのだから。


「それで、皇帝からの親書を見せられたと言う話だったが、もう少し内容を教えて欲しい。それはデルケン人の長老会の情報ですかな?」

「ええ、皇帝マルクス・ウィルヘルム5世の所へデルケン人の長老会から講和提案が来ていると書いてあった。一昨年の大侵攻はデルケン人にとっても大きな負担を残して、多数のデルケン人は失敗したと後悔している。好戦派の赤毛のゲーリックはもう少しで占領出来たと言い、再戦を期して長老会に働き掛けているそうだ。その動きを危ぶんだ長老会のメンバーから皇帝宛てに密書が来て、赤毛のゲーリックが暴発しない内に講和したい。当事者のネデランディア公国へ言っても、大侵攻の傷跡が癒えていない所に聞く耳があるとは思えない。皇帝に冷静な判断で裁定して欲しいと言って来たと言う」

「ふん、蛮人が好き放題の言い分だな、、、」


 クーツ少尉が小声で独り言のような合いの手を入れて、マロリー大佐に睨まれていた。


「ええ、それだけでは無く、赤毛のゲーリックが大型の新造軍艦を造っている事を告げて、早く講和した方が良いと、半分脅しとも取れるような事も書いて来た。それで皇帝はガントの意向を確認するために親書を送ったと言う話だった」

「それで、ご当主は何と言われているのですか?」

「ガントはここで引いたらネデランディア公国の沽券が下がると言っている。それはデルケン人にだけじゃなく、神聖ラウム帝国の中での公国の地位に関わると考えているようだ」


 神聖ラウム帝国の皇帝も諸侯もネデランディアがデルケン人の防波堤として苦労している事に同情して協力してくれてはいるが、やはり他人事のようなのだった。それは神聖ラウム帝国が諸侯の自主性を重んじる連邦国家である事も原因であるようだ。だからガント・ドゥ・ネデランディアにとっては、諸侯のお情けに縋って勝っても駄目なのだ。ここは何としても意地を見せてから講和を結びたい。苦しい中でも譲れない一線があるようだとジョー・ギブスンは話したのだった。


「それで、赤毛のゲーリックの反攻は何時頃になりそうかとか、新造軍艦の情報であるとか、何か詳しい情報がありましたか?」

「いや、デルケン人の密書にもそれ以上詳しい情報は書いて無かったらしい。それと、アダム君宛てのプレゼ皇女からの手紙にも同じような情報が書いてあったと聞いているが、、、」


 ジョー・ギブスンの言葉にみんながアダムを見た。


「はい、プレゼ皇女の父上であるオルセーヌ王配の情報によると、赤毛のゲーリックは長老会議で孤立しており、暴発を恐れた長老会議が連絡して来て、ウトランドは国際的な孤立を望んではいない、赤毛のゲーリックの所業はウトランドの総意では無いと伝えて来たそうです。それと大型の新造戦艦を作っている様なので、気を付けて欲しいと言って来たそうです」

「何やら他人事のようだな。それだけデルケン人ではもう赤毛のケーリックは止められないと言うことか、、、」

「それについては、魔素蜘蛛のゲールの情報があります」


 マロリー大佐が感想を漏らすが、そこでアダムが手を挙げて話を続けた。


「ミゲル・ドルコ船長とギーベルの会話を魔素蜘蛛のゲールが聞き出しました」

「おお、あのサン・アリアテ号の船長室に忍ばせている蜘蛛かね」

「はい、ミゲル・ドルコ船長は今回海に投げ出されたデルケン人を救助しましたが、その身代金をギーベルを通じて赤毛のゲーリックに請求したようです」

「噂は本当だったのか。処分については任せて欲しいと言って来たので放置していたが、、、いやはや、さすが私掠船の船長と言う事か、、、」


 マロリー大佐を含め傭兵団のみんなは金の為に戦ってはいるが、信義が無ければ戦いは単なる暴力に成ってしまう。戦いが終わって勝っても負けても正統な捕虜としての扱いを望んでいるのだった。


「助けた捕虜の中に、赤毛のゲーリックの甥と言うのが混じっていたようで、身代金が安いとギーベルに不満を言っていました。それに対してギーベルは、反攻は近いと言い、赤毛のゲーリックは新造戦艦を受取に神聖ラウム帝国に来ていると話していました。


 アダムは、新造戦艦は神聖ラウム帝国でも有名な北海航路の造船所で極秘に造らせていた事。デーン王国やエスパニアム王国の3層艦とは行かないが、全長80m船幅18mと大型で、強固に補強した艦首楼と艦尾楼を備え、それにはエンドラシル帝国から仕入れた大砲が22門積んである事。3層艦は作れなかったが、区画を分けて気密性を高め、簡単には沈まない船体を造ったと自慢していた事。赤毛のケーリックはその大型戦艦を母船として、一族郎党を呼び集め、ロングシップ60隻、1,500人以上の人数で攻めて来ると話していた事を伝えた。


「おお、何と神聖ラウム帝国の造船所で造られたのかい。神聖ラウム帝国はエンドラシル帝国と並ぶ大国だが、国としてのまとまりは無いようだね」

「確かにアラミド中尉の言う通りだ。表面は同情の仮面を被っていても、裏では銭勘定に忙しい諸侯が多い。特にネデランディア公爵家は神聖ラウム帝国の建国神話にも出て来る名門だ。これまで順調過ぎる位に大きくなって来た。やっかむ貴族も多いだろうからね」


 アラミド中尉の言葉にジョー・ギブスンがその通りだと事情を説明したのだった。

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