第187話 ガントの容体

 アダムたちがオルランドに到着してから3日目の昼過ぎに、サン・アリアテ号とティグリス号がそろってオルランド港に入って来た。


「おい、みんな。ティグリス号が戻って来たぜ。先にカプラ号が戻って来て、ティグリス号はオクト岩礁の連絡船を封鎖するはずじゃなかったのか?」

「サン・アリアテ号の関係で離れられなかったんじゃないか。哨戒任務しょうかいにんむの戦果を聞くのが楽しみだな」

「俺がお願いしたことで、カプラ号と役割を入れ替えたのかもしれないよ」


 ドムトルの話にビクトールとアダムがそれぞれ考えを言ったが、直ぐにアラミド中尉の報告があるだろう。オルランド港はヨルムント港より大きな港で、外洋船用の桟橋も4本あって係船するのも容易だった。しかもデルケン人の大侵攻以来、北海航路の貿易船もオルランドを避けて航行する者が増え、オルランド港への船舶の出入りは減少していた。


「エクス少佐はネデランディア研修生を受け入れて訓練を開始したらしいな」

「ああ、元海軍の生き残りを含めて50名位という話だ。その内、士官経験者が10名ばかりいるらしい。その辺りはハーミッシュからも今日の夕方の会議で報告があるだろう」


 ガント・ドゥ・ネデランディアとジョー・ギブスンの話し合いで、新生海軍の初戦の攻撃目標はオクト岩礁と決まった。だがそれを知っているのはネデランディア側ではガントとハーミッシュだけだ。マロリー大佐が情報統制の重要性を主張してガントも同意したからだ。

 オクト岩礁が奪還できればオルランド市民にとって本当の意味で目に見える大きな戦果になるだろう。それだけに初戦の結果は今後の情勢に大きな影響を与える。失敗するリスク要因は出来るだけ排除しなければならない。今の段階で公国側で出来る事は黙って人を出す事だけだった。

 今ドラゴナヴィス号は初戦の出航準備に余念が無かった。もしもに備えて食料も水もしっかりと積み込んでいた。最初の目標はオルランドの直ぐ近くだが、初戦に失敗すれば誇れる戦果が出るまで帰還出来ないかも知れないからだ。

 アダムたちはその間もドラゴナヴィス号に寝泊まりしていた。アメデーナがソフィケットの安全を考えると船に残った方が良いと進言したからだ。ジョー・ギブスンもザハトを信用出来ないと、ネデランディア家の館に留まることを良しとしなかった。

 ガント・ドゥ・ネデランディアには初戦の準備でジョー・ギブスン自身が船を離れられないと言ってあった。代わりに毎日ハーミッシュ・ジュニアが打ち合わせに参加して、ガントはその報告を寝る前に執務室のベッドで聞くことにしていた。

 アダムはまだザハトがギーベルと屋敷で会っていた事をジョー・ギブスンやソフィケットに報告していない。今の段階で教えてしまうと、相手にあからさまに敵意を見せてしまい、返ってこちらの意図をギーベルに知られてしまうと考えたからだ。


「今日の会議の前にみんなに相談があるの」

「ガントの容体の事かい? 随分悪いの?」

「そうじゃないのよ、ビクトール。本当は主治医の言う通り随分良くなっていて、それを自分で隠しているようなのよ」


 アンはあれからガントの容体を数日間見守っているが、アンの話では脊椎の損傷は残っているが、それ以外の部位は特に問題が無くなっていると言う。

 この世界は全ての物に魔素が含まれていて、生物ならば血液の様に身体の中を循環してしていると言う。癒し手はそのパターンを認識して正常な部位と病や異常に侵されている部位を識別する。国教神殿の一番の癒し手はそれをMRI画像(磁気断層撮影)の様に全身を立体的に認識できる。

 アンはそこまでの技量は無いが、逆に全属性のご加護のおかげで、判然と意識せずに治療部位が認識できるのだった。


「やっぱり、アダムだけじゃなくてアンも特別なのね。そんな力があるなんて」

「お嬢、違うぜ。七柱の聖女はアンの方で、アダムがおかしいのさ」

「ふん、どっちも俺の仲間だからな」

「はい、はい、ドムトルがそこで自分を売り込む意味が分からないけど、アン、それはどうしてなの?」


 アメデーナはネデランディアはガントでもっているのだから、皆に健康だと知らせた方が安心だし良いのじゃないと言った。


「ガントが倒れてしまって、みんなが危機感で一丸となったからじゃないかと思うわ」


 アンはそのお蔭で次男のオルケンと三男のザハトが役割分担して国が運営出来ている。今のバランスを崩さないで、二人が本当に手を結べるようになるまで、ガントは無理をしているのではないかと言うのだった。


「それだけ死んだハーミッシュが優秀だったのかも知れないわ」

「ガントは今いる駒でやり繰りする他ないからな」

「でもアダム、ハーミッシュ・ジュニアを跡継ぎにすれば良いじゃないか」

「ドムトル、ハーミッシュ・ジュニアはまだまだ若いし経験が無い。素質や能力だけでは人はついて来ないよ。俺たちだって同じだろう」

「それならもっと早くハーミッシュを跡継ぎと定めて、神聖ラウム帝国へ届け出をしていれば良かったのかも知れないな。今更言っても遅いが、それだけ事態の展開が急だったんじゃないか?」


 最後にビクトールが言った通りなのだろう。ガントも戦いの前線に立てる体では無い。自分が倒れた事で息子たちが集まって来て助けてくれている。それぞれの欠点や野心を含めて人間なのだ。何とかバランスを取りながら公国を安定させ、性格の違う二人の息子を和解させて手を取り合う関係に出来ればと苦心しているのかも知れなかった。


「ザハトの話もしなければと考えていたから、今日の会議の後で、ジョー・ギブスンにだけ話して置こう」

「俺もアダムの考えに賛成だ。俺たちはオクト岩礁の奪還が出来れば直ぐにオルランドを立ち去る事になる。後の事はジョー・ギブスンとガント・ドゥ・ネデランディアに任せる他ないよ。ガントへ話した方が良いかどうかはジョー・ギブスンに任せようよ」


 今日の会議でアラミド中尉の報告があれば、オクト岩礁へ出発する準備は整う。ジョー・ギブスンもソフィケットを残して行くつもりは無いので、出航してしまえばザハトに接触する事も無い。そうなれば話しても問題無いとアダムは考えていた。


「うーん、俺はでもザハトをこのままにして置くと良くないと思うぞ。あんな奴をいつまでもソフィケットの側に置いていたら、いつまた悪さをするか分からないぜ」

「確かにドムトルが言うのはもっともだが、彼がガントや公国を思う気持ちはまだ良く分からない。オルケンほど単純じゃないかも知れないよ。だから今はまだ俺たちの態度を決める時期では無いと思う。オクト岩礁の奪還を済ませた後で、改めて情勢を見てからにしても遅くは無いと思うぞ」

「分かった。でも俺は彼奴を信じられない。次にオルランドに戻って来たら、ギーベルと一緒に決着をつけようぜ」


 いずれ立ち去る自分たちは、後の責任を持つガント・ドゥ・ネデランディアとジョー・ギブスンに任せる他ない。その為にも初戦の目標であるオクト岩礁の奪還を果たし、オルランド市民の不安を取り除く事で、公国を取り巻く情勢を安定させたいと、アダムは考えるのだった。

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