第188話 アラミド中尉の帰還報告 その1

 艦尾楼の会議室では夕刻の定例会議で、アラミド中尉が哨戒任務の帰還報告をしていた。デルケン人の略奪船を3隻撃破したとの報告に皆が色めき立った。


「デルケン人の略奪船と思しき船団を見つけたので追跡をした所、大胆にも我々の目の前で第三国の貿易船に攻撃を開始したので介入しました。相手は5隻のロングシップでしたが、ティグリス号が敵対旗を上げて接近しても、自信があったのだと思います。3隻が分かれてティグリス号の行く手を阻む形で向かって来ました」

「サン・アリアテ号はどうしたのかね?」

「我々の後からついて来て遭遇したので、最初は態度表明を躊躇していたようですが、ティグリス号が突っ込んで行くので、我々が砲撃を開始すると同調せざる得なかったのだと思います」


 マロリー大佐がミゲル・ドルコ船長の対応を聞くと、アラミド中尉はずるそうな笑いを漏らした。


「はは、それでもこちら側からメガホンで、『 どちらが先に沈めるか競争だぞ 』と煽ると本気を出し始めて、3隻目の撃沈はどちらの砲弾かは分からないですね」


 アラミド中尉の話では、デルケン人側も分れた3隻が不利だと分かると、貨物船を追いかけていた2隻も略奪を中断して仲間の応援に戻って来た。しかし攻撃に向かった3隻が早々と撃沈するのを見て、残った2隻は反撃を取り止め逃げ去ったと言った。


「彼らはまだ砲列を揃えた大砲の威力に気が付いていなかったのだと思います」

「あの、それはどういう意味なのですか?」


 ハーミッシュ・ジュニアが質問した。最近のデーン王国やエスパニアム王国の海軍の実情を知らないから仕方がない。アラミド中尉は失礼にならないように丁寧に説明した。今海上軍事の常識が変ろうとしているのだ。


「きっと大砲1門の砲撃を見れば、ただでさえ正確に飛ばない砲弾が、揺れる船上の戦いで敵を撃破出来るのかと疑問に思うでしょう。人力も使って寄せて来て、乗り込んでしまえばこっちの勝だと思う訳です。でも船は陸地の上と違って好きな方向に動ける訳ではありません。風向きの関係で船の方向を切り替えるだけでも時間が掛かります。相手に近づくのは思った以上に時間がかかるのです」


 アラミド中尉はそこで3本マストは操船する上で圧倒的な利点がある事を説明する。風が無い凪の時は元々遭遇もしないので戦闘も起こらないが、今回の様に風があって追いかけている時は3本マストの帆の力に人力が敵うはずが無い事。また操る帆が多いことで微妙な調整も可能で、こちらに十分に訓練した操帆技術があれば、海上での駆け引きに劣る事は無い事。そして一番大きな事は、大砲が1門では無い事だと説明する。

 数門の砲列と優秀な砲撃士官が居れば、初撃の着弾点を確認して調整し、砲列を指揮して敵船に損害を与える事は容易だと説明した。ロングシップは1層艦なので当たれば浸水するし、帆柱や帆、索具を破損させても船足は遅くなりついて来れない。

 相手も弓や投石で対抗して来るが、圧倒的に飛距離が違う。短砲で360m、長砲なら490mの距離から攻撃が開始できる。一撃必殺の砲弾が飛んで来る中で漕ぎ寄せるのは並大抵の勇気ではない。しかも今回は不本意ながらも参加したサン・アリアテ号の大砲を加えると、片舷斉射だけでも14門の大砲が同時に発砲する事になる。


「それだったら、何故デルケン人は学習しないのですか? もう随分デーン王国の軍船に北海航路の覇権争いで負けて来ていると言われましたが」

「それは有効な砲列を作るには、3層艦以上の造船技術がいるからです。デーン王国もヒスパニアム王国も軍事機密として厳しく管理しています。ドラゴナヴィス号は特別なのです。我々が軍事顧問として目を光らせている事もありますが、デーン王国としては早くデルケン人を一掃して、自国の背中を心配しないで、ヒスパニアム王国との新大陸覇権競争に邁進したいと考えているからです」


 そこまでアラミド中尉が言ったところで、マロリー大佐から待ったがかかった。それ以上デーン王国の思惑を言い過ぎる必要は無いと考えたのだろう。明るく明快な発言にアダムはますますアラミド中尉に好感を持った。


「アラミド中尉、この際、自国の思惑に言及する必要はあるまい。ハーミッシュ・ジュニア、デルケン人もエンドラシル帝国から大砲を仕入れて工夫していると思いますが、大砲の鋳造技術や造船技術は一朝一夕に進歩する訳では有りません。何より我々は新大陸発見から3本マストの大型外洋帆船を造る必要性があり、それによってより多くの大砲と弾薬を積むことが出来て、砲列を揃えて戦う利点を実戦で知って来た経緯があるからです」

「それにデルケン人と言っても部族間の思惑は色々で一枚岩では無いのだよ。長老会議で最低限のまとまりを保っているが、デーン王国やヒスパニアム王国のような中央集権国家としてのまとまりは無い。だから国として失敗を生かす仕組みが十分でないのだよ。今、赤毛のゲーリックのような好戦的な族長が長老会の主導権を取ろうと暗躍しているが、独立を保って平和裏に暮らしたいと考えている族長もいるんだ」


 マロリー大佐の話にジョー・ギブスンがデルケン人側の事情を付け加えた。ジョー・ギブスンは長老会議と交わした交易権でウトランドにも出入りできる。一昨年の大侵攻はデーン王国からの圧力に捌け口を求めた民族意識が爆発したもので、今は和平的に権益を確保できれば無理をしたくないと考えている族長もいるのだと言うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る