第177話 出航準備 その2
エスパニアム王国の私掠船サン・アリアテ号の船長室では、ミゲル・ドルコ船長がギーベルを迎え入れ話し合いを行っていた。ギーベルは補給船の船長に金を掴ませ、同乗して乗り込んで来たのだ。
「あの船を見てどう思う?」
「ヘルヴァチアの傭兵団と言っても、やっぱり船の良し悪しは分からないかね。ふふ、良い船だよ。よくデーン王国が他国の為に最新鋭の船を造ったと思うよ」
アダムはゲールを通じてギーベルが来るのが分かっていたので、前もってゲールを船長室の窓から中に入れ、二人が入って来るのを棚の上から待ち構えさせていた。
サン・アリアテ号の船長室は海賊稼業の実入りが良いのだろう。エンドラシル帝国製の陶器皿やグラスがカトラリーと一緒に固定棚に並べられ、艦尾砲の上に掛けられた紅い
「舷側から見える砲門数は18門だが、艦首・艦尾楼にそれぞれ2門づつ、計4門は積んでいるだろう。22門艦ではデーン王国の基準では軍艦では無くて武装輸送艦だが、操船し易い良い船だと思うよ。あのまま新大陸へも旗艦として行ける大きさがある。ふふ、弾薬も相当積める。操船デッキに立って自分が動かしている姿を想像するとたまらねぇぜ、はは」
「どうだい、勝てそうかね?」
「ふふ、それはそっちの雇用主次第じゃないか? 護衛艦が2艦も付いているんだ、サン・アリアテ号だけでは勝負にならんよ」
どちらも自分の思惑で相手を利用しようとしているのだ。二人の話し合いは探り合いの内に進んで行くのだった。
「それよりそちらは何をするのかね? 海の上じゃすることも無いだろう」
「はは、言ってくれる。この儲け話を君に持って来たのは私なんだよ。ヘルヴァチアの傭兵団『闇のカラス』は謀略部隊として有名なんだ。我々はネデランディアの主戦派と和平派の溝を拡げて混乱させ、ネデランディアという果実を熟させるのが仕事なんだ。美味しくなった所で雇用主に渡すんだよ。刈り取りは赤毛のゲーリックが喜んでやってくれるさ。そっちの繫ぎもしっかりつけるから、手配通りやってくれたまえよ」
「おう、海の上の事は任せて貰おう。最初は相手に良い顔を見せておいて、ここぞと言う時に仕掛けるさ。見せかけのためには、デルケン人の船を1、2隻は襲わないといけないから、赤毛のゲーリックにはあくまで見せかけのためだと言って置いて貰わないとな。本番では助けに入ったように見せて、ふいに失敗して勝負を長引かせ、頃合いを見てドラコナヴィス号を窮地に追いやるから、最後はデルケン人にしっかりやって貰わないとな」
「さすが私掠船ならではの作戦だな。まずはしっかりと後を着けて行って、情報を流して貰わないと。赤毛のゲーリックも他の族長の船であれば1、2隻の被害なら見逃すだろう。それもそっちの情報次第さ。元々私掠船なんだ、さすがの赤毛のゲーリックも君を真っ白な味方だと思う訳は無いから、そこはそっちも何時も通りの話なのだろう?」
「ふふ、そうだな。その綱渡りのようなところが面白いのさ、この仕事は。俺様で無ければやって来る波を越えられはしないだろうがな」
アダムが話を聞いている限り、ギーベルが場面を設定して配役を行うプロデューサーで、二股膏薬のサン・アリアテ号が場面を乱してスリルを盛り上げ、最後に悪役で主役の赤毛のゲーリックが登場するというシナリオらしい。
「逆に赤毛のゲーリックがショボかったら、こちらは落ち目なウトランドのデルケン人を獲物にするだけの事だから、まー、どっちに転んでも元は取るけどな」
「何とも酷い話だね。ふふ、元々海賊に品性は期待できないか、、、」
「何を言ってやがる。こっちは一隻一隻攻め落とさないといけないが、そっちはネデランディアがデルケン人に落ちればがっぽり儲かるのだろう。その後も国際社会との窓口に成るとか言って、顧問にでも成るつもりだろうが、、、それで、何か俺が知っておかないといけない新たな情報があるのかい?」
二人はとぼけた顔で向かい合い情報交換を続けた。
「ああ、実はこの間、こちらの邪魔をされたのだが、あの七柱の聖女とその仲間が、相手側に付いたようなんだ。色々不思議な話が流れているから、少し注意が必要だ」
「ほう? もしかして彼奴か。デッキで鳥と戯れていた子供がいたぞ、、、あれか?」
ミゲル・ドルコ船長は先ほど見た情景が印象的だったので、タカと戯れる黒髪の少年を直ぐに思い出した様子だった。
「うーん、そうかもな。俺も顔は見ていない。声は聞いたがな。子供と思えないくらい落ち着いていた。それと、ドラゴナヴィス号には『水龍の末裔』の血を引く子供が載っている。出来れば彼女は無事に赤毛のゲーリックに引き渡したい。戦になれば気を付けていてくれ」
「ほう、それは良い話だ。、、、それは別料金だな。うちの出資者のエスパニアム王国の第一皇子は自分を航海王と呼んで新大陸の覇権を狙っている。それは欲しがるだろう。後から話し合いだな」
「まあ、こちらは与える機会を作れば顔が立つ。赤毛のゲーリックも本気で欲しければ金を払うだろう。情報によると、彼女の護衛にはヘルヴァチアの傭兵団『銀の翼竜』が付くそうだ。知って置いてくれ」
「ふん、陸亀なんか海の上では役に立たんさ。まー良いだろう、分かった」
話が終われば二人は友人でもなんでも無い。互いに弱みを見せないように、余裕の笑みを交わしながら打ち合わせを終えたのだっだ。よく考えれば船長室に飾られた自慢の陶器皿もグラスも、相手を供応するためには使われていない。口を湿らす水代わりの葡萄酒さえも出てはいなかった。ミゲル・ドルコ船長は実利本意で飾らない性格なのだ。
そしてギーベルもまた別れの挨拶に右手を出す事も無く、背中を見せると直ぐにそそくさと補給船に戻ってヨルムント港へ帰って行ったのだった。
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