第178話 ヨルムント港出航 その1

 北海航路は一年を通して偏西風の影響を受けるので、ヨルムント港を出るとドラコナヴィス号は北方へ切り上がりながら東へ進み、洋上に出てからは順風を受けて東進することになる。行きは早いが帰りは逆に正面から風を受けやすいので時間がとても掛かる事になる。

 出航当日、出迎えてくれたイング航海長の話に、アダムたちは頭の中に地図を思い描きながら、これからの日程を考えていた。イング航海長の話では行きは3日から4日なのに、戻りは1週間から10日は掛かると言う話だった。


「嘘だろう、帰りは2倍以上時間が掛かるのか?」

「ドムトル、ワルテル教授の授業で習ったじゃないか。ネデランディア公国のオルランドはヨルムントの北東の方向にあるからな。ジョシューの話でも海峡を挟んで北方にあるデーン王国へ行く時も、帰りは早いが行く時には時間が掛かるって。試験の為に覚えた知識も、実際に使わないと身に付かないぞ」

「ふん、分ってるさ。考えれば分かる。ビクトール、でも俺は直感で生きる騎士になると決めたんだよ。それより早く出航しようぜ!」

「ば、馬鹿な。じゃ、直感で分れよ」


 4月下旬のヨルムント港は快晴で波も荒れてはいない。早朝にも関わらず大勢の市民や港湾関係者が見守る中で、ドラコナヴィス号は少ない帆でゆっくりと桟橋を離れ湾内に進み出た。そして港を出て洋上に出たところで一斉に帆を拡げ、その優雅な全貌を見せたのだった。

 その後ろを2艦の護衛艦がついて行く。並んでいるとそのスケール感が違うので、ドラゴナヴィス号の大きさが際立って見えた。2艦の護衛艦が三角帆(ラテンセール)なのも影響しているのかも知れない。北海の白鳥と言って良い姿にみんなが見惚れる中で、ドラゴナヴィス号は全帆に風を受けて洋上を力強い速度で進んで行くのだった。


「ありゃ、アダムもドムトルも顔が青く無いか?」


 アダムたちも最初はその情景に感動して、初めての航海を満喫していたが、次第にうねるような波の揺れに気分が悪くなって来た。アンやビクトールはそれでも何とか平気だったが、アダムとドムトルは船酔いが酷くなって来た。

 アダムは見る物全てが大きく揺れるのを見ていると、目の焦点の置き場が無くて頭が急に重くなって来た。それまで明るく見えていた快晴の情景が、何やら薄暗く感じて来る。身体に嫌な汗を掻き吐き気が止まらない。姿勢を落としても横になっても、身体全体が揺れているのを意識し出すと、他の事が考えられ無くなった。これはやばいと二人は船室に引っ込んでベッドに横になったのだった。


「こんな天気が良いのに、これでは先が思いやられますな」


 朝食の席にも出て来れない二人の様子を聞いてジョー・ギブスンが笑った。


「ふん、アダムもドムトルも情けないわね。、、、あら、トニオ、あなたも顔が青くない?」

「な、何でも無いぜ、、、」

「お嬢、こういうのは運動神経が良い程、軽い揺れでも感じ取れるので大変なのですよ。後はこれに慣れるかどうか、順応性の問題ですね。ねぇ、トニオの兄貴」

「、、、こんな時にもペラペラと余計な知識をありがとよ。お前は陸の豚じゃなくて、何でも食らう海のフカなのかもな、、、豚から出世したな」

「はは、トニオさんもそんな憎まれ口を叩けるようなら、まだ平気ですな」


 ジョー・ギブスンは笑いながら隣に座るソフィケットを見るが、こちらは流石さすが『水龍の末裔』の血を引く者、全く平気な顔で周りの話を楽しそうに聞いているのだった。

 

「それでアン様、洋上に出たらアダムさんから話があると言う事でしたね」

「ええ、洋上に出ればこちらの関係者には少し私たちの事も知って貰って、情報交換や打ち合わせを行った方が良いと思うのです」

「ほう、何か新しい情報があるのですか?」

「はい、情報とそれを知った手段についてもお話して置いた方が今後の為になると思うので」


 これだけ聞けばアダムが何かを掴んだのが分かったのだろう、アメデーナも大きく頷いている。


「分かりました。ヨルムント港から洋上に出て陸地が見えなく成った所で、一旦停まって護衛艦の艦長も呼んで打ち合わせをする予定です。その時が良いでしょう」

「分かりました。それは何時頃になりますか? ふふ、アダムの様子も確認しますから」

「あと1時間ぐらいでしょう。その時にお呼びしますから、他の皆さんも揺れに慣れるように頑張ってください」


 程なく1時間が過ぎ、関係者全員が艦尾楼の会議室に集まった。

 アダムとドムトルも何とか我慢して会議に出席した。それでも時折吐き気がぶり返して来る。クーツ少尉が下を向いてあざ笑っているのが感じられて、これは意地でも会議を終わらせねばとアダムは気を引き締めた。これで船酔いに慣れればクーツ少尉に感謝しなければならないだろう。


「それでは洋上に出たのでこれからの動きを確認しておきましょう。グッドマン船長、オルランドまでは何日くらいかね」

「それはオクト岩礁の偵察次第でしょう。素通りするだけなら、4日もあれば到着します」

「ここは私から話しましょう。デーン王国のヨーク港から直行して来たので護衛艦との連携訓練も出来て居ない。その時間も取りたいと思う。それにヨルムント港を出てから、我々に続いて出航したサン・アリアテ号が後ろに付いて来ているので、彼らをやり過ごしたい。何やら彼らの動きは気になるのでね」


 マロリー大佐の話では、一番後を行く護衛艦ティグリス号の見える範囲にサン・アリアテ号が付いて来ていると言う。オクト岩礁を偵察することを考えると、ここで洋上訓練をしてでも彼らをやり過ごし、時間をおいてオクト岩礁に行きたいと言った。


「そうなると、先に私たちがお話をした方が良さそうですね」


 青い顔をしたアダムが声を掛けると全員が何の話かと顔を向けた。


「七柱の聖女の仲間から話があるそうです。何やら新しい情報があるそうです。この機会にお話しして貰うようにお願いしています」


 ジョー・ギブスンが言葉を添えるが、クーツ少尉は鼻からアダムたちの力を信じていないのでフッと薄笑いを見せて横を向いた。マロリー大佐がその様子に目で注意をした。


「情報があれば教えて欲しい。ソフィケット嬢を救出した話はジョー・ギブスンさんから聞いたが、君たちがどうやって老練な相手を出し抜いたのかは分からなかった。これから一緒にやって行くんだ。お互いをよく知って置いた方が良い。それにヘルヴァチアの傭兵団についてもその実力は理解している。私も戦場で戦った事があるからね」


 船上においても馬鹿にされたくないと気持ちを張っているアメデーナは当然の話といった顔だ。


「それではジョー・ギブスンさんの話と少し被るでしょうが、ソフィケットを救出した時の話からお話しましょう」


 アダムはそこで順を追ってヘルヴァチアの傭兵団『闇のカラス』のギーベルがソフィケットを攫った話から話出したのだった。

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