第171話 竜骨の船『ドラゴナヴィス号』 その3

 グッドマン船長がまずアダム達を連れて行ったのは、上甲板にある砲列甲板と呼ばれる場所だった。


「おお、やべぇ。なんかごつくてすげぇな」


 ドムトルが歓声を上げるように、黒光りする大砲の砲身は長く、それを支える砲架もがっしりとした重厚さがあって、見るからに力強い感じがした。


「驚かれて言うのは何だが、ドラゴナヴィス号はデーン王国の扱いでは武装輸送艦で、軍艦では無いのですよ。これについてはマロリー大佐が専門なので、後から話を詳しく聞いてください」


 グッドマン船長の話では、ドラコナヴィス号は大砲を22門積んでいるが、デーン王国の正式な軍艦は42門艦以上を言うらしかった。デーン王国ではヒスパニアム王国と競争する形で軍艦が造られており、将来的には100門を越える戦列艦も計画されていると言う話だった。それだけ新大陸をめぐる利権争いが激しさを増しているのだ。


「砲門は艦首楼と艦尾楼にそれぞれ2門、上甲板の左右に9門づつあります。それ以外に左右の舷側と艦首・艦尾楼に4門の旋回砲(ぶどう砲)がありますが、デーン王国では大砲の数には入れないのです」


 それだけ大砲の大型化が進んでいるのだろう。舷側の9門は前部の4門が長砲で射程が490m、後部5門が短砲で射程360mに分かれていた。長砲は射程が長いがその分砲身の長さが3mで自重が2.5tもあった。それに対して短砲は長さが1.2mで自重が0.8tと軽く、スライド式の砲架に乗っているので左右と高さの調整が容易で扱い易い。実は実戦での戦果は短砲の方が分が良いと言う話だった。


「海に出れば傭兵団が毎日演習をするので、いずれ見飽きますよ。最初は砲撃音と硝煙の煙に驚きますが、直ぐに慣れます」


 傭兵団の幹部の方へ顔を向けるが、特にコメントするつもりが無いようで、マロリー大佐以下全員が知らぬ顔で立っていた。この辺りの情報は積極的に話すつもりが無いのかもしれなかった。


「ではもう少し進みます。これからご案内するのは錨を引き揚げたり、帆げたや大砲など重量物を引き揚げる時に使う巻き上げ機(キャピスタン)です。これは何人もの水夫が長柄について回すもので、独特な作業唄がありますから、これも初めて見る時は驚くと思います。ただ、その、、、唄の歌詞がちょっと問題なので、、、ご婦人方は遠慮された方が良いかもですな。コホン」


 グッドマン船長は話し出した後で、アンやソフィケットに気が付いたようで、最後の言葉を濁したのだった。これについてはマロリー大佐や傭兵団幹部も苦笑いをしているので、やや野卑な文句が並ぶらしいとアダムは考えた。


「何言っているんだよな、アメデーナは平気だよなー!」

「ドムトル、わざわざあたいの名前を出すなんて、喧嘩売ってるの?」

「はは、お嬢も顔を赤くするんだな。見ろよスニック」

「馬鹿、トニオもお黙りなさいってば!」


 グッドマン船長がスルーして先に進むので、反応したアメデーナが余計恥ずかしい思いをしたのだった。そんな空騒ぎなところもクーツ少尉には気に入らないらしく、目を逸らして冷たく無視を決め込んでいた。


「これからご案内するのは、下の下層甲板です。階段から降りる時には頭に気を付けて下さい。この階は少し天井が低くなっていますから。それと明り取りの窓とカンテラしかありませんから、足元が暗いので気を付けて下さい」


 暫く全員が階段を降り、船長に合わせて先に進むのに時間が掛かった。


「ここが乗組員の食堂です。かまどがあるのはこの奥の厨房です。熱い飲み物はここでしか取れませんから、冬場にはありがたい場所です。乗客と上級乗組員は艦尾楼の食堂兼会議室で取りますが、食事はこの厨房で作ってボーイが運ぶことになります。この階層は乗組員の居住空間と帆布や索具の修理などの作業空間になります。、、、あと弾薬庫がありますな」


 そう言ってグッドマン船長は傭兵団の幹部たちを見ながら穏やかに笑った。弾薬庫も傭兵団が管理しているらしい。しかし傭兵団の反応は無かった。これは技術移転は中々難しいのではないだろうか。アダムは本格的な戦いが始まる前に、ジョー・ギブスンは傭兵団ときちんと打ち合わせをした方が良いと感じたのだった。


「この下の階層が船倉になります。ご婦人方もいますから、実際に降りるのは止めておきましょう。この下には、帆布や索具、水や食料品を入れて置く倉庫や、船を安定させるための重り(バラスト)や、浸水して来た水がたまる垢水溜、それを排出するビルジポンプなどがあります。まあ皆さんが立ち入る事はないでしょう。では、階段を戻って、艦首楼と艦尾楼をご案内しましょう」


 アダムは上甲板まで上がって来て、陽が当たる場所に出るとホッとしたのだった。やはり下層の陽の当らない場所は単に暗いだけじゃなくて、閉鎖空間特有の圧迫感と大人数の水夫たちの生活臭が溜まっているような気がして息苦しい気がしたのだ。


「艦尾楼に入った直ぐのこの部屋が会議室兼食堂です。奥に操舵室、乗客用の船室と船長室があります。船長室に入ると分かりますが、普段は布を被せて隠してありますが2門の艦尾砲があります。、、、それで、船主であるジョー・ギブスンさんとご婦人方はこちらの客室を利用して頂きます。他の方々は乗組員の船室を開けますのでそちらにお泊りください」

「えっ、下は何か狭いし汚くて、苦しそうで嫌だな、、、ねぇ? 兄貴!」

「スニック、贅沢言わないのよ。七柱の聖女の仲間だって乗組員の船室なんだからね」

「でも、お嬢。お嬢は良いじゃないですか。、、、マロリー大佐はこの階でしょうね、、、?」


 スニックの話を聞いていて気に食わなかったのだろう。クーツ少尉が噛みついた。


「当たり前だろう、本当は戦闘司令が船長室を使うべきなんだぞ、、、まったく陸者はこれだから、、、」

「まーまー、クーツ。いや悪いね、みなさん。軍事顧問として、やはり船長の近くに居ないと、もしもの時に助言出来ないからね」


 クーツ少尉の言葉に上乗せするようにマロリー大佐が声を上げた。


「もっともな事だと思いますよ。我々としても軍艦を良く分かっている人が上に居てくれた方が安心です。特に今回の航海では敵の攻撃も予想されますから」


 アダムははっきりと言ったのだった。本当にそう思っていたからだ。これからの遠征は軍事専門家が主導権を取って貰わなければならないと本気で思っていたからだ。

 同時にアダムは神の目からひとつの警報を受けていたのだった。


「どうやら、他の軍艦が港にやって来たようです。『鉄の心臓』傭兵団の方々はこの来訪をご存じでしたか?」

「な、何? 君は何を言っているのかい」


 アダムは神の目にリンクして上空から見ていたが、ヨルムント港に北西から近づいて来る軍艦の船影が見えたのだった。ティグリス号やカプラ号と同じ3本マストの軍艦だった。

 これはアダムも驚いてつい口走ってしまったのだが、アラミド中尉が反応して顔を上げた。アンやドムトル、ビクトールは何時もの事なので驚きは無いが、他の人はアダムが何を言っているのか分からないだろう。


「艦影が見えます! 北北西の方角!」

「マストの見張り台から報告、艦影が見えます。北北西の方角」


 マストの上の見張り台の水夫から声が上がり、続いてそれを繰り返す報告が艦橋から上がった。グッドマン船長やマロリー大佐が聞き耳を立てる中、操艦デッキからイング航海長が急いで降りて来て、報告に来た。


「艦長、望遠鏡で見るとヒスパニアム王国の軍艦のようです」

「ヒスパニアム王国の軍艦? 何で来るんだ、北海なんかに」

「エクス少佐、分からんよ、今は。水や食料の補充に立ち寄るつもりなのか、他に思惑があるのかなんてね」

「あからさまに近づいて来たという事は、ヨルムント港へ入港するつもりなのだろう。港湾関係者へ申告があるだろうから、それを待つしかないだろうな」

「ですが司令、今回の我々の任務と関係があるのでしょうか?」

「それも分からんだろう。我々も操艦デッキに上がろう。アラミド中尉とクーツ少尉は急いで自分の艦に戻るんだ。情報があり次第連絡する。それとグッドマン船長とジョー・ギブスンさん、歓迎会は御破算ごわさんですな。もしくは暇な人たちでやって貰いましょう」

「そうですな。せっかくだから集まって来た市民や港湾関係者を呼んでねぎらいましょう。我々は状況が分かった所で今回の遠征の打合せを行いましょう。この軍艦の来訪に関係があるか分からないが、こっちはこっちで急いだ方が良さそうだ」


 マロリー大佐の話にジョー・ギブスンが答えた。当初はアダムがなぜ見張り台の水夫より早く気が付いたのかと疑問に思った者もいたようだが、慌ただしさにすっかり気持ちはそっちのけで、うやむやになってしまったのだった。

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