第170話 竜骨の船『ドラコナヴィス号』 その2

 ヨルムント港は河口を利用する形で出来た港で、ここを中継地点として、昔は底の浅い船を利用して河川で内陸へも物を運んでいたので、河岸に沿って長い船着き場が造ってあった。そこから何本かの桟橋が港内に伸びていた。外洋船はその中でも一番大きな海側の桟橋に停められる。

 アダムたちはヨルムントの商業地区から馬車で向かったが、近づくにつれ車窓から見えるドラゴナヴィス号の姿に驚嘆したのだった。

 ドラゴナヴィス号は船首楼と艦尾楼があるせいで、艦自体の高さが2階建ての建物よりも高く、マスト高も48mと高いせいで、随分遠くからでも良く見えた。


「おおーすげえ、他の船と比べて見ると全然違う。他の船がカモメならありゃ孔雀か白鳥って感じだな」


 ドムトルの言う通り、停泊して全帆は畳まれていたが、3本のマストに繋がるロープや索具が大きく広がって、見上げるばかりだった。帆を拡げて風を受ける姿を想像すると力強い優雅さがある。特に船首から斜めに突き出たポールからマストのトップに向かって斜めに張られたセールが機能的に見せていた。他の小さな船には無い物だ。


「いや、あの突き出た嘴みたいのを見ると、僕はメカジキみたいだと思いますよ」

「スニック、それは何?、魚なの?」

「ええ、お嬢。エンドラシル海の漁師が一本釣りするそうです。角みたいな長い嘴を持っていて釣り上げる時に暴れられると大変だそうですよ」

「まー、どうでも良い知識をありがとう。トニオ、ニヤニヤ笑わないで」


 馬車が通りから周り込み、いよいよ桟橋の方に近づいて行くと、港内の様子が広がって見えて来た。


「見ろよ、他にも3本マストの船が停まっているよ。ほら、別の桟橋に」

「本当ね。あれが傭兵団が連れて来た護衛艦かしら」

「面白ぇ。でもドラゴナヴィス号を小っちゃくした感じでもないぞ。形が少し違うもんな」


 目ざとく見つけたビクトールの話にアンとドムトルが反応した。ドラゴナヴィス号と比べると随分小さく感じるが、他に並ぶ貨物船よりは少し大きい。船長は25m位に見えた。ドラコナヴィス号の3本マストでは真ん中が一番高いが、こっちの2隻は一番前のマストが高いようだ。索具の付き方から、もしかするとつける帆の形も違うのかもしれない。帆桁が少し斜めに見えた。


「そうです。あれが護衛艦として付いて来たティグリス号とカプラ号です。同じ3本マストの船なのですが、より少ない風でも操船し易い工夫がされています。どちらかと言うとエンドラシル海で主流の三角帆を3本マストにした船です。ドラゴナヴィス号と比べると外洋での速度では負けますが、逆に小回りが利くので、旗艦と組み合わせて戦うわけです」


 ジョー・ギブスンの話では、船体を大きくするとそれに見合った操船のために、帆に受ける風面を大きくしなければならず、小回りが利くからとそのままの形で大きくは出来ないのだと言う。


「出迎えの乗組員がいますね」


 桟橋の手前で馬車を降り、ジョー・ギブスンを先頭に歩いて行くと、乗船口から降りたところで彼らを待ち受けている一団が見えた。上級乗務員と傭兵団の幹部のようだ。


 ジョー・ギブスンが前に進み、船主として名乗り出ると、がっしりとした大きな男が進み出て来て挨拶をした。


「始めまして、船長のグッドマンです。私の方からは上級船員を紹介します」


 グッドマン船長は日焼けが沁み込んだような褐色の肌で、目じりには深い皺があった。彼は力強い握手をジョー・ギブスンと交わすと、横に控えていた部下を紹介した。

 イング航海長は小太りな初老の男性で、商人のような穏やかな笑みを浮かべている。とても船乗りには見えなかったが、彼が話した経歴によると、長く交易船に乗り込み、北海だけではなく広くエンドロール海からエンドラシル海まで航海して来たらしい。一度難破して漂流した経験もあると言う話だった。

 ベン水夫長は壮年の見るからに日に焼けた水夫と言った感じの男だった。話すのは苦手なのか、言葉少なでやや訛りがあって話が聞き難かった。アダムは水夫の辮髪を初めて見たが、地球時代の知識としては知っていたので驚きはしなかったが、ドムトルは見るからに驚いた風をして見せてアダムを心配させた。アンもビクトールも驚いたようだが、失礼にならないように自制していたようだった。

 その点、アメデーナたち『銀の翼竜』傭兵団は、海事任務の経験もあるのか、当たり前の様に平然としていて不安が無かった。


 次に名乗り出て来たのは、傭兵団のリーダーのマロリー大佐だった。


「デーン王国の海事傭兵団『鉄の心臓』のコマンダー(司令)マロリー大佐です。ジョー・ギブスン氏宛の政府からの親書を預かっています。今回の我々の派遣に関わる内容が書かれていると聞いています。後程届けさせます」

「分かりました。船長から艦内の案内を受けた後で、これからの遠征について打ち合わせをしたいと思います。そちらの方々が傭兵団の幹部ですか?」

「ええ、今回の遠征に派遣されて来た傭兵団の幹部を紹介しましょう」


 マロリー大佐は40代半ばの姿勢の良い落ち着いた男だった。元々軍人だったが、退役してから傭兵団を創った元上官に誘われて傭兵団に入ったらしい。軍人として築き上げて来た経歴に自信があるのだろう、細かいところにも目が行き届く監督と言った感じだ。

 エクス少佐は部隊長としてマロリー大佐を補佐して、ドラゴナヴィス号に乗り込んでいる部隊を指揮する。30代半ばの色白のブロンドで大人の魅力を感じさせる。トニオ・ロドリゲスを大人にして落ち着かせた感じだった。

 アラミド中尉は第一護衛艦ティグリス号の艦長だった。生き生きとした好奇心旺盛な目をしている。小さいながらも艦長として自由と責任を負っていると言う自信が感じれて、アダムは話をするときっと気が合うに違いないと感じた。

 もう一人の艦長はクーツ少尉と言った。こちらは対照的に人見知りなのか、内省的な感じで言葉空くなだった。きっと内弁慶で乗組員に向ける顔とは違うのだろうとアダムは思った。


「それでは今回の遠征に同行するこちらのメンバーを紹介しましょう」


 ジョー・ギブスンは自分とソフィケットを紹介した後、アンやアダムたち七柱の聖女の仲間と、アメデーナたち『銀の翼竜』傭兵団の紹介をした。グットマン船長やマロリー大佐たちは、到着して直ぐにギブスン商会の人間から話は聞いていたのだろう。表情には驚きは無く、むしろ七柱の聖女の仲間と言われて子供たちがついて来た事に興味深々と言った様子だった。

 ただ、『銀の翼竜』傭兵団がソフィケットの護衛として同乗すると聞いたところで、クーツ少尉が横に立っているアラミド中尉に対して囁くのが見えた。


(『陸亀が海の上で何をするのですかね?』)


 声には聴こえなかったが、見えるように口を動かしているのが分かってアダムは驚いた。傭兵団同士のライバル意識がそうさせるのか、海軍特有の感情なのか、周りの人間にそれが分かっても平気だと言う若さなのか、アダムの考えている事が分かったのだろう、マロリー大佐はあからさまな嫌な目でクーツ少尉を睨んだのだった。


「それでは、艦内をご案内しましょう。どうぞこちらへ、足元は注意してくださいね」


 グッドマン船長が手を振って声を掛けると、先頭になって歩き始めたのだった。

 アダムがみんなに続いて乗船口へ上がって行く時、後ろの方でクーツ少尉を小声で叱責するマロリー大佐の声が聞こえたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る