第168話 ギブスン商会 ジョー・ギブスン その4
ジョー・ギブスンから、出来れば一緒に航海することで、この船の運用に助言を頂きたいと言われてアダムは驚いた。
「あの、我々は別に船に詳しい訳でもありませんし、助言できるとは思えませんが」
「はは、そうですね。しかし先程言った様に、向かい風にも強い大型帆船が出来た事で、デーン王国は制海覇権を握りました。それには新たな武器の開発や戦略があっての事なのです。私は世界を救うと言われる七柱の聖女とその仲間にこそ、今これを間近に見て頂き、今後に生かして欲しいのです。あなた方ならこれに新たな視点で工夫を加える事が出来るのではないでしょうか」
ジョー・ギブスンが言うには、これまでの海戦は所詮風任せで、最後は接近戦の力勝負が決め手だった。軍船は嵐を恐れて外洋を行くのではなく、沿岸沿いに船団を組んで進んで行く。決戦と成れば人力で漕ぐロングシップのような船が群がって来るのだ。
遠隔兵器としては弓や投擲槍、カタパルトで火矢や火炎弾を飛ばす位で飛距離は短く、風が弱まると接近戦に持ち込まれて数の暴力に負けてしまう。
攻撃魔法においても同様で、人間一人の魔法では急に大嵐を起こせる訳でもなく、戦略的に変革をもたらす様な大魔法使いも現れて来なかった。
ところが3本マストの外洋帆船が出来たおかげで、風を間切って進む事が出来るようになり、風上を保って戦う事で、敵と距離を取りながら戦う事が出来る様になった。しかも外洋を単独行して沖合から突然現れ、沿岸沿いにゆっくり進む敵の船団に痛撃が与える事も出来る。
また、ここに来てエンドラシル帝国で大砲が発明された事も特筆すべき事だと言う。デーン王国はこれをいち早く軍船に取り入れ改良して来た。これはまだ砲弾を正確に飛ばして敵を狙い撃ちするところまでは行かないが、当たれば威力は絶大で、一発で船底に穴を開けて船を沈めてしまう。これを遠間から撃ち続けられると、風下から風に逆らって必死で漕いでくる敵船は全く戦意を折られると言う。そして接近戦用に開発されたぶどう砲は、より小型で装薬に鉄くぎや小石を混ぜ、それでも近寄って来る敵に向かって近距離でぶっぱなすと言う。デーン王国の軍船はこれを左右の舷側に備え付け、無理やり接近戦に持ち込もうとする敵を薙ぎ払うのだと言う。
「これから戦の流れが大きく変わる時なのだと思います。現にウトランド人は外洋から追い払われ、沿岸沿いに侵攻するしか無くなったのです。先程言った大砲もこれから改良されて行くでしょう。エンドラシル帝国では、小型化して歩兵が持ち歩ける新しい武器が出来ないか研究されています。そうなれば騎兵中心の陸戦も大きく様変わりするでしょう。
繰り返しになりますが、私はこれを是非皆さん方に近くで見て体験して欲しいのです。皆さま方はいずれ王国の行く末にも大きな影響を与える方々です。私はあなた方を支援することで、理不尽な暴力から世界を救う事が出来れば、亡くなったマリーのためにもなると信じているのです」
ジョー・ギブスンは、戦災を生き残ったソフィケットが五柱の神のご加護を受けていると分かった時、これは何かの神の啓示では無いかと感じたのだと言う。そしてこのタイミングで、アダムたちがソフィケットを救ってくれた。これこそ本当に偶然では無く、きっと神の手によるものだと実感した。
これまで自分は単なる商人で、国同士の争いや戦乱に振り回され、大切な家族や部下を亡くしては悲嘆に暮れるばかりだった。今も自分は単なる商人で世界を変える力を持っている訳では無い。しかし、ソフィケットやアダム達を助ける事で世界を変えるお手伝いが出来る。これこそが自分に与えられた天命で、今がその機会なのだと感じていると言うのだった。
「きっとあなた方なら、何かを感じて生かして頂けるはずです。是非ご一緒に来てください」
ジョー・ギブスンは傍らに座るソフィケットを抱きしめながら、強い言葉でアダム達を誘うのだった。
「それで、その船は明日にでもヨルムント港に来るのですか」
アンが聞くとジョー・ギブスンがそうだと頷いた。
「はい、デーン王国と親しい友人の商会を通じて購入しました。その商会はヘラー商会と言って、デーン王国の首都ヨークとヨルムントを定期便で繫ぎ、穀物を中心に商売をしています。同じヨルムントの商人組合の理事で、今回の事は北海航路の安全のためにも良い事だと喜んで協力してくれました」
「えっ、ヘラー商会だって?」
ヘラー商会の名前が出て、ドムトルが素っ頓狂な声を上げた。
「はは、あなた方とヘラー商会の関係も聞かされておりますよ。何でも皆さん方がザクトに出られる時に彼の甥が馬車でご一緒したとか。その後、王都へ上京する時もご一緒した話を聞いています。その時のゴブリン退治や盗賊討伐の話は、その甥っ子から直接何回も聞きましたからね。実はそれもあって、皆さん方の事は直ぐに分かったのです」
アダムたちはプレゼ皇女と神聖ラウム帝国の首都ベルリーニで待ち合わせをしているが、それまでの自由時間をどう過ごそうかとヨルムントへ遊びに来たのだ。単に幼馴染のジョシューと会うためだったが、『銀の翼竜』のアメデーナたちと知り合い、ソフィケットを救う事が出来たのは意味のある事だったとアダムは考えていた。
そして頭の中では、そろそろ何か起こるはずだと考えていたのだった。ジョー・ギブスンが言う通り、これは何かの始まりなのかも知れない。アダムはアン、ドムトル、ビクトールを見回し、みんなが期待している事も分って直ぐに決断する事が出来た。
「分かりました、ネデランディアまでご一緒しましょう。実は、プレゼ皇女との待ち合わせまでは特に決まった予定も無いので、ヨルムントで友人と会った後は、陸路でベルリーニに行く事しか決めていませんでした。今回の旅行は社会勉強の一環なので、陸路でベルリーニに行くにしても、途中でネデランディア公国の首都オルランドにも寄って見るつもりだったので、実は船に乗せて頂けるのは渡りに船かも知れません。喜んでご一緒させて下さい」
「それに、せっかくソフィケットを救う事が出来たのですもの、出来ればもう少しこの子の行く末を見守って上げたいわ」
アダムがみんなを代表して答えるとアンもソフィケットを見ながら付け加えた。
ソフィケットもアンたちが一緒にネデランディアまで行って来れると聞いて嬉しかったのだろう。口には出さないが、大きな瞳がくりくりと動いて輝いていた。
「そそ、トニオやスニックとも親しくなったから、もう少し色々一緒に遊んで見たいもんな」
「あら、ドムトル。あたいの事も忘れないでよ。『銀の翼竜』のリーダーはあたいなんだからね」
ドムトルがスニックに目で合図をしながら言うと、アメデーナが自分を無視するなと声を上げたのだった。
「それでは、皆様のお泊り頂く部屋の準備をさせましょう。まずは部屋でごゆっくりして頂き、詳しい話は夕食の時に致しましょう」
ジョー・ギブスンは召使を呼ぶと、アダムたちを客間に案内させたのだった。
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