第167話 ギブスン商会 ジョー・ギブスン その3

「それから暫くは幸せで平安な日々が続き、二人の間には念願の子供が生まれました。最初の子供はトマス、二人目がこのソフィケットです。二人は3歳違いで、生きていればトマスは今年で8歳になっていたでしょう。

 しかし、家族の幸せな日々は長くは続きませんでした。ウトランドのデルケン人が再び北部海岸線への侵攻を開始したからです。これにはデーン王国の北海への進出が影響しているのです」


 そこからジョー・ギブスンが話した事は、海洋覇権の大きな流れが変わって来たと言うことだった。これまでネデランディア以北の北海はデルケン人が、それより南方、エンドロール海に掛けてはデーン王国が海洋覇権を握っていた。当初はデルケン人の南下に苦しんで来たデーン王国にも転機が出て来たのだと言う。3本マストの外洋帆船が開発されたからだ。

 これまでは喫水が浅く、風が無くてもオールで漕ぐことで小回りが利くロングシップが、北海でのデルケン人の優勢を誇っていた。しかし、新しい帆船技術が開発され、向かい風でも力強く進むことができ、小回りも利く3本マストの外洋帆船が造られるようになった。これによって船自体の大きさが一回りも二回りも大きくなって、貨物や武器の積載量が段違いに大きくなった。

 デーン王国はこの船を使ってエンドロール海を西進し、新大陸を発見するに至った。また航行距離が伸びる事により、エンドロール海からヒスパニアム王国を回り込み、エンドラシル海へも続く航路が開発され、エンドラシル帝国の帝都オームまで海路がつながった。これにより海運国家としてのデーン王国の隆盛はもう誰にも止められなくなったのだと言う。

 北海での力関係にも大きな影響が出て来た。これまでウトランド人の侵攻に苦しめられていたデーン王国だったが、今や逆に北海でのウトランド人の権益を侵し始めた。そのため海洋進出を止められたウトランド人が、ネデランディア北部から大陸への南進を活発化させて来たのだ。


「一昨年の大規模な侵攻を受けて、ネデランディア公国は大きな痛手を受けました。その時の戦いでポンメルン家のマルクは戦死、ネデランディア公国の公爵家の長男ハーミッシュも戦死したのです。被害は市街地にも及びました。逃げ遅れた市民が大勢亡くなりましたが、その中に孫のトマスもいたのです。娘のマリーとソフィケットは何とか脱出できましたが、私の所に来た時には全く着の身着のままのありさまで、危ういところだったと言う話でした。残念ながら娘のマリーはその時の心労から立ち直れず、昨年には亡くなってしまいました。ソフィケットの洗礼式も見ることが出来ず無念だったと思います」


 それからジョー・ギブスンの話は現在のネデランディアの状況について話し出した。


「その後のネデランディアでは、長男のハーミッシュが無くなった事で、病に臥せっていた当主のガントが、これが最後と奮起したと聞いています。何とかウトランド人を海に押し返す事が出来ました。これまで跡継ぎの目が無かった、次男のオルケンと三男のザハトも良くそれを助けたそうです。ですが、、、、今回の事を考えると、二人は上手く行っていないのでしょう」


 なかなか現地に行かなければ本当の状況は分からないだろうとアダムは思った。


「ソフィケットの養女の話は誰から来たのですか?」

「はい、ガントの手紙を持った使者が来て、ポンメルン家の再興を約して引き取りたいと言って来たのです。ただ自分はもう先が無いので、次男のオルケンの養女としたいと申して来ました。長男が戦死しましたから、跡継ぎは順当に行けば次男ですから、不自然には感じませんでした。子供たちの結婚を約したポンメルンのダルクスはもういませんが、彼の思いは受け継いでやりたいと思ったのです」


 ギブスン商会は順調に事業を拡大しているようだ。ジョー・ギブスンは商売を長男のジョゼフ・ギブスンに任せ、自分はソフィケットの将来を考えて動いて行きたいと言った。 


「それでは、これからどうされるのでしょうか?」

「はい、今回の事は人任せにしたことが一番の問題だったと考えています。今度は自分もソフィケットに付いて行って、ガント・ドゥ・ネデランディアとも話し合い、行く末をきちんと見定めたいと考えています」


 ジョー・ギブスンはそう言うと、改めてアンとアダムを見てお願いしたい事があると言った。


「実は、亡くなったポンメルン家のマルクから頼まれて、新しい外洋帆船を造っていました。これはデーン王国の造船所で造った最新鋭の3本マストの外洋帆船です。この船はギブスン商会が所有する形で、ポンメルン家を通じてネデランディア公国の海軍に貸し出す予定でした。デーン王国と商売をしている親しい商会を通じて注文していたのですが、この度完成して明日にもヨルムントに到着する予定なのです。

 私はソフィケットをこの船に乗せてネデランディアへ送り届けたいと考えています。この船は今ネデランディアが一番欲しがっている船でしょう。私はこの船を一緒に持ち込む事で交渉も有利に運びたいと考えています。

 そこでお願いなのですが、七柱の聖女のお仲間は今秋にはエンドラシル帝国の帝都オームへ留学されると聞いていますが、その前にプレゼ皇女と共に神聖ラウム帝国の首都ベルリーニへ文化使節として訪問されると聞いています。もしよろしければこの船に乗って、ネデランディア公国経由でベルリーニへ行かれる事は出来ないでしょうか」


 ジョー・ギブスンが言うには、第一にソフィケットが一番安心するだろうと思う事。二つ目には七柱の聖女の仲間の話は、ネデランディア公国を含め、神聖ラウム帝国でも大変噂になっており、一緒に入国して頂ける事で、ソフィケットやポンメルン家にとっても非常に名誉で名を高めるだろう事。最後に、出来れば一緒に航海することで、この船の運用に助言を頂きたい事を理由に挙げたのだった。

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