第165話 ギブスン商会 ジョー・ギブスン その1

 アダムたちはヨルムントへ向かう馬車の中で、これからの方針について話し合っていた。


「アメデーナ、知っているかも知れないが、俺たちは神聖ラウム帝国の首都ベルリーニに向かう途中なんだ。秋にはエンドラシル帝国の帝国学園に留学することになっているが、その前にプレゼ皇女が文化使節として神聖ラウム帝国に行くことになり、俺たちも現地で合流する手はずになっている。時間的には少し余裕もあるが、ソフィケットにこのままずっと付いてやる事は出来ない。アメデーナ達は傭兵として、ギブスン商会と契約出来れば、護衛任務を引き受ける事は出来るのかい」


 アダムに聞かれてアメデーナも考えていた事を話し出した。


「それについては、実は相談しなければならない事があるのよ。スニックが気が付いたのだけど、今回の襲撃犯は同じヘルヴァチアの傭兵ギルドに属する『闇のカラス』が関係しているようなの」


 アメデーナが『闇のカラス』だと判断した根拠と、ヘルヴァチアのギルド規約では傭兵契約に基づかないギルド員同士の干渉は禁じられていることを説明した。ギーベルは気が付かなかったようだが、今後アメデーナ達が同じヘルヴァチアの傭兵だと判明した時に備え、救出時点で何らかの傭兵契約を受けていた証拠を残して置く必要がある。


「そうか。俺たちは雇い主として不適格だから、ジョー・ギブスンと会った時に、その点も説明してお願いした方が良いね」

「アダム、そうなんだ。傭兵団『闇のカラス』はヘルヴァチアの傭兵団の中でも特殊で有名なんだ。扱いが難しい相手なんだよ。中身はどうあれ、ネデランディア公国と正式な傭兵契約を結んでいる可能性がある。そうなると、こちらも対抗するためには、雇用主にしっかりとした後ろ盾が無いと、神聖ラウム帝国に争いが持ち込まれた時に困った事になるかも知れないよ」

「それじゃ、ますますソフィケットはヨルムントから出さない方が良いな、アダム」

「でも、ドムトル、家臣や領地の事もあるから、ポンメルン家の再興を考えると、そうは言っておられないかも知れないわ」


 アメデーナの話にスニックが説明を加えると、今回の襲撃事件を正し、ソフィケットの養女問題を解決するのは中々困難な問題に思われて来て、アンは心配になって来たのだった。


 馬車がヨルムントの市内に入った所で、従者のガッツが衛士隊の詰所にギブスン商会の住所を聞いて来た。アダムたちは王都で警務隊の手伝いもしているので、警務総監のパリス・ヒュウ伯爵から鑑札を預かっている。こういう時は直ぐに信用して貰えるので話しが早くて便利だった。

 ギブスン商会はヨルムントの目抜き通りに在った。建物は3階建ての立派な造りで、玄関の間口も広く、正面から馬車で乘り入れても十分に広い車止めが用意されていた。

 ソフィケットを連れて訪うと、直ぐに話を聞いて奥から祖父のジョー・ギブスンが出て来た。アダムがサンフェル村で馬車が襲われた話をすると大変驚き、冒険者として偶々現場の近くに居合わせたことから、ソフィケットを救助した事を説明すると、とても感謝をされたのだった。


「これは、これは、ありがとうございました。今部屋を用意しますので、奥で詳しくお話を聞かせて下さい。実は向こうの執事が馬車で行くと言うので、心配していたのです」


 北海航路の船主として北洋材を扱っているジョー・ギブスンとしては、馬車より航海でネデランディアへ行った方が良いと考えたのだが、デルケン人の襲撃の恐れを強く主張され、馬車で行くことを許したのだった。その際のネデランディア公爵家より遣わされたギーベルという執事の強引さが気になっていたのだと言う。

 アダムたちは早速奥の応接に通され、話をすることになった。ジョー・ギブスンは戻って来た孫娘のソフィケットを手許から離さず、隣に座らせて話を聞いたのだった。


「ほう、そうなのですか。あのギーベルは相手方に雇われた傭兵が化けていたのですね。うーむ、これはどうしたものか」


 救出した時の状況を聞いて、ジョー・ギブスンは吐息を漏らしたのだった。


「事情を聞いてよろしければ、少しお話を聞いて良いですか? 救助を手伝ってくれた『銀の翼竜』のアメデーナからも少しお願いもあるのです」

「はい、七柱の聖女さまのお仲間でしたら、良い知恵をお貸し頂けるかも知れません。それで、そのアメデーナさんのお願いと言うのは何でしょうか。傭兵料と言うか、お礼でしたらご用意するつもりです」


 さすが商業都市ヨルムントの大手木材商と言うか、アダムたちの自己紹介を聞いただけで、七柱の聖女の仲間だと分かったようだ。経済人としても話が早く懐も深いのが分かってアダムは安心したのだった。

 アダムは傭兵団『闇のカラス』の話をして、対抗上アメデーナの側でも傭兵契約があったようにしたい事を説明すると、直ぐに理解して応諾してくれた。


「いえ、こちらとしてもお願いしたい所です。これからどう動くにしても、ソフィケットの安全が一番大切な事ですから。後程契約は用意させます」

「『銀の翼竜』傭兵団のアメデーナだ。我々は地域紛争対応が中心で要人警護はあまり受けないが、今回は単なる身代金目的の誘拐とは違って、大きな背景があるようなので、お手伝いできればと思っている」

「大丈夫ですよ。ヘルヴァチアの『銀の翼竜』と言えば、お国の傭兵ギルド長が団長をされていると聞いています。実は航路の安全確保のために傭兵ギルドを利用する事もありますから、そこら辺の事情も良く存じ上げておりますよ」


 ジョー・ギブスンの対応はさすがの余裕を感じさせるものだった。


「ですが、我々は商人でしかありません。貴族の領地問題や武力抗争には手を出せる訳でもありませんから、色々な伝手を利用して働き掛ける事位しかできないのです」


 アダムたちはその後、ソフィケットの母親がポンメルン伯爵家に嫁いだ経緯から、今回の養女となった事情について話を聞いたのだった。

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