第164話 ポンメルンの娘 その2
アダムたちは村長の応接に案内されて、アンが聞いた少女の話の報告を受けていた。
「でも、これから彼女がどうすれば良いのかは、やはり祖父であるジョー・ギブスンと相談するしかないだろうね。貴族であるポンメルン家の再興も考えないといけないだろうし」
アダムが言うと、再びスニックが手を挙げた。今度も得意そうにみんなを見渡して話し出した。
「アダム、ポンメルン家についても少し知っているんだよ。僕って凄くない?」
「こら、スニック。もったいぶらないで話せよ。まどろっこしいのは、やっぱり太っているからか?」
「何を言っているのですか。ヘルヴァチアの傭兵ギルドにとって、諸外国の歴史と政治経済を勉強するのは必須ですよ。ねぇ、お嬢」
「分かったわよ、スニック。お前はやっぱり優秀な頭脳派の私の部下よ。それで? 早く言いなさいよ」
スニックが自分の扱いに不満を表明しながらも話し出した。
「ポンメルン家の起源は古く、神聖ラウム帝国の建国神話にまで遡る話ですよ。ポンメルン家は神の眷族である『水龍の末裔』と言われているんです。建国王ヨウムの5人の使徒の一人として建国に尽力し、伯爵に任じられたという話です。しかし、同じ使徒だったネデランディアが領地を拡げて行く中で、やがて落ちぶれてしまいました。ただ優秀な血統の子女は大切にされ、有力諸侯のご夫人に迎えらえて来たそうです。だから、彼女も養女となって育った後は有力諸侯との婚姻外交に使われるのではないでしょうか」
なるほどと聞いていたが、最後は婚姻外交に使われると聞いて、アンやアメデーナはそれで本当に幸せになれるのかと、疑問に思えて来て納得がいかない。
その時、使用人が部屋に入って来て、アダムの手配した馬車が迎えに来た事を告げた。
「さすが七柱の聖女の仲間だ。仕事が早いね」
スニックが感心して声を上げるが、アダムが戻って来てから30分も経っていない。余りにも早い馬車の到着にアメデーナは納得が行かずにアダムを睨みつけた。
「アダム、あたい少し聞きたい事があるのだけれど」
その様子にアダムはアメデーナの気持ちを察し、苦笑いをして話は馬車の中でするからと席を立ったのだった。
アダムは戸口まで見送りに出てくれた村長に対して、狼退治については任務途中で終わった事を冒険者ギルドに報告するので、改めて別の冒険者が送られて来るだろうと告げて置いた。この状況ではとても戻って来て狼退治をする訳には行かないと考えたからだ。村長のドーソンも納得して了解してくれた。
「アダム、連絡を受けて直ぐに来たのですが、大丈夫でしたか? 少し心配したんですよ」
馬車はアダムの従者であるガッツが御者をして運んで来た。
ガッツは5年前の闇の司祭の事件で、浮浪街の孤児院でアダムと知り合った。アダムの口利きでガストリュー子爵の身元保証を受ける事が出来、念願の冒険者に成る事が出来た。その時の恩に報いようと、15歳の成人を待ってアダムの従者になったのだった。弟分のシンも今は従者見習いとして、ビクトールの従者のロベールの指導を受けている。嫌々ながらもドムトルの従者に成る予定だ。今では2人はアダムの蜘蛛の世話も任せられていた。
馬車に乗せるために起すと、ソフィケットは素直にアンに付いて来た。アンとしっかり手を繋ぎながら、周りで陽気に声を上げるドムトルやトニオ・ロドニゲス、スニック・オーダー、ビクトールにも人見知りせずに答えていた。アダムやアメデーナに対しては、この中でもリーダーだと分かっているのか、少し慎重に受け答えしていた。
アダムたちはサンフェル村に乗って来た騎馬を村の広場に預けていたので、それを馬車の後ろに繋いで、帰りは全員で乗り込んだ。元々4頭立ての馬車は9人乗りと広いので、それぞれグループになって座れば問題なかった。さっきの話の続きを馬車の中でするつもりなのだ。
「それで、アダム。あたいは分からない事が幾つかあるのだけれど」
馬車が走り出すと早速アメデーナが聞いて来た。
アメデーナが聞いたのは、まず馬車の手配を何時したのかだ。ヨルムントから急いで飛ばして来たとしても、騎馬で30分、馬車なら1時間位は掛かるはずだ。アンが馬車の手配の話をした時にも聞いたが、アダムたちの後ろで見ていたが、そんな事が出来るとは思えない。
それからソフィケットの養父の話をギーベルから聞いたと言ったこともアメデーナには不思議だった。小屋の外から近づけないでいた時に、どうして部屋の中の会話が聞こえたのか。七柱の聖女の仲間には、何か遠くの声を聞く魔法でもあるのかと思ったのだ。
それと、もっとも不思議なのは、ソフィケットの救出の時に、ギーベルが風の盾で押さえられた事だ。部屋の中にはソフィケットを入れても3人しかおらず、今だによく分からない。小屋の外でアンに風の盾に入れられたが、あれはアンの特殊な魔法なのかという事だ。
しかもあの時、ソフィケットがアメデーナの背中に身を寄せ、『味方の使いがいるわ。助けが入るから注意して』と言ったが、どうしてソフィケットは助けが入る事が分かったのか、とても不思議だと言った。
「アダム、そろそろ種明かしするしかないぜ。こいつらなら良いんじゃないか。信用できると思うぞ」
「ドムトルの言う通りだよ、アダム。元々『銀の翼竜』の3人が
「えー、お前ら、俺たちがザクトから
ドムトルとビクトールの話にトニオが驚いて声を上げた。自分たちが知り合う切っ掛けを作ろうと近づいたつもりだったのに、逆に仕掛けられていたなんて考えもしていなかったからだ。
「だけど、ソフィケットがアメデーナに話し掛けるのを見た時は、実は俺も驚いたんだ。それに続いて俺に向かっても『蜘蛛さん、助けて』と声には出さずに口を動かして見せた。あれは当然蜘蛛のゲールを通じて俺が見ていることが分かっていたに違い無い。アンが魔素の気配を探った時も、アンの魔素の流れに気が付いたと言っていた。ソフィケットはどうして分かったのかい?」
アダムがソフィケットに聞くと、ソフィケットは少し思案した後、アンの手をしっかり掴みながら答えてくれた。
「今年の洗礼式で神具に触ったら、自分の魔素を吸われる感じがして、それから周りの魔素も少し感じ取れるようになったの」
彼女の話では、小屋の中で座っていたら、突然何やら暖かい魔素の感触がして、外に助けに来てくれた人がいる事に気が付いた事。暫くして、何やら天井の蜘蛛が少し光って見えて、さっきの感触の人だと確信した事を話してくれた。アダムが洗礼式の時の話を詳しく聞いて行くと、ソフィケットは恥ずかしそうに、自分が5柱の神のご加護を受けていることを告げて、みんなを驚かせたのだった。
「そうか、ソフィケットはユミル先生と同じで、5柱の神のご加護を受けているのか。だから魔素に対して親和性が強いんだね。ゲールを見て俺の使いだと気が付いたのもそのせいか」
「アダム、ソフィケットが狙われるはずだ。是非とも取り込みたい血筋だと考えたんだよ」
ビクトールの言う通りだとアダムも思った。ソフィケットの話にアダムたちが納得している一方で、アメデーナたちは蜘蛛のゲールがアダムの『使い』として手足の様に動くことに驚いた。しかも見聞きするだけではなく、魔法も発動するのだ。
それに、アダムが神の目を使って最初からアメデーナ達が
だから最後に、別の蜘蛛を従者のガッツには渡していて、緊急事態には文字盤を使って連絡を取り合うことも話して、今回の馬車も小屋の外で救出に動いた時には、ガッツに連絡を入れて手配をしていたと話すと、もうアメデーナ達は呆れかえって言葉も無いようだった。
「すると、アダム。もしかして、今も、、、?」
「ああ、ギーベル達を神の目に追わせている。北の海岸線で船に乗り込むのを確認した。相手はまだそこから動いていない。きっと村に戻って俺たちのことも探るだろう」
アダムはやはり早く村を出て正解だったと思った。このまま直ぐにソフィケットを祖父のジョー・ギブスンに引き渡した方が良いだろうと考えたのだった。
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