第153話 闇の司祭との対決(三)

「ふぉふぉ、お前を一度見てみたかったんじゃ、アダムよ」


 闇の司祭はアダムを見て話し掛けた。


「ガイだった者はゴブリンの王に転生した時、闇の御子に会ったと言っておったよ。奴が言うには、闇の御子はお前に似ておったそうじゃ」

「闇の司祭、お前にはどう見えたんだ。闇の御子はどんな姿をしている?」

「ふぉふぉ、残念ながら、わしはまだ見た事が無いんじゃよ。はは、声は聞いた気がするんじゃが、こんなに尽くしておると言うのに、まったく神は気まぐれな者じゃよ」


 闇の司祭の声が小さくなり、独白の様に続いた。


「ガイはわしが転生させた。だから普通の人間ではない。しかも臣下の魔素エネルギーで新陳代謝を繰り返し、死ぬ時にはもう人間の肉体は一欠けらも残っておらんかったじゃろう。だから神は普通の人間には見えんのかも知れん。それに、わしの目は元々見ての通り潰されておる。だから普通の人の様に見える訳でもない。ただ、そのお陰でわしは魂や魂の器である魂魄の違いが分かるんじゃ。ではお前の魂、お前の魂魄はどうじゃ。わしはお前がどの様に見えるのか知りたかった。闇の御子に似ておると言うお前がよ。確かにお前は他の人間とは違う。お前は何者じゃ、アダム、七神の使いよ」

「面白いのう、闇の司祭よ、お前はアダムを見てどう思う?」


 突然別の方向から話し掛けられて、闇の司祭は話した人間に向き直った。


「ふおふお、珍しいのう。原生種のドワーフかえ。お前たちもエルフと同じで、長命な者はエンドラシル帝国の聖戦の時代から生きておると言われておる。そうか、お前のような者まで七柱の聖女には味方しておるのか。闇の御子も驚かれるだろう」

「はは、それはどうかな。わしは王立アカデミーのワルテルと言う」

「おお、そうか、アダム、知っておるか。オーロレアン王国にはこんな昔話がある」


 闇の司祭はニヤリと含み笑いを浮かべ話を続けた。


「昔々森の奥に迷い込んだ村人がおったそうじゃ。村人は森の中を彷徨い死にそうになった。その時村人を助けた者が現れたそうな。その者はまた困った事があれば来れば良いと言って、食料と水を渡して返してくれたんじゃ。村人はそれを息子に伝えた。息子の代になって村が飢饉に襲われた時に、息子は聞いていた父の話を信じて森に入り、助けを求めたんじゃ。すると、その者はまた現れ、息子を助けて穀物とその種を与えた。世代が代わり、村人の孫の孫の代になって洪水が起こった時、困った村人の子孫はまた森に入りかの者に助けを求めた。その者はまた子孫を助け、洪水から発生する疫病の薬を与え、灌漑の技術を教えたんじゃ。村人は子孫代々その者に助けられ、その者を神だと思って崇めたそうじゃ。でも、それはお節介で長生きな原生種のドワーフだったと言うお話さ」

「はは、闇の司祭、お前は面白い奴だ。今度は、わしが一つ話をしてやろう。


 ワルテル教授は闇の司祭のふざけた態度に動じず、新しい話を始めた。


「お前の言う通り、人が生きていく上で、恐れ敬う存在としての神とは何かという話だ。

 ある者が箱庭を作り、その池で魚を育てておった。その者はその魚を何世代も掛かって美しい金魚を作ったのだ。その金魚にとってはその者は神と言えるかね。魚を作ったのはその者ではないが、紛れもなく金魚を作ったのはその者だ。毎日水を変え、酸素を補給し、餌を与え、日の光に当てて、その魚は進化を遂げた。お前の言う神とは上位の管理者のようなものだ。本当の神ではないよ、間違ってはいけない」

「ふぉふぉ、何を言うか。七神正教で言う全ての元、創造神デイテは、あり続ける、存在するというイデアだと言う。そこは光真教で言う光明の父の事だ。我が教えでは、次の様に教えるのじゃ。

 この世界の始まりは、混沌の母(母胎)から創造の神である光明の父が創られたのだ。しかし何でもそうだが、初めから完全な物が作られる訳がない。そうであれば地上は同じ顔の人間で溢れかえっていただろう。しかし何にでも個性があるように違う美点があって素晴らしい。そのためには、作っては壊すことが必要だ。光明の父はそのために闇の御子をお創りになったのだ。この世界に不滅のものはない。光明の父は生きる意志であり、産み続けるイデアだが、絶えず色々な概念を取り込み変化し続けている。それが創造の偉大さなのだ。そこに闇の御子が破壊神たるいわれがある。闇の御子が創造的な破壊を担保することで、この世界は多様性を許され、色々な者が存在し続けることが許されているのだ、とな」


 だがワルテル教授はその反論に疑問で返したのだった。


「はは、だから言っているのだ。七神正教も光真教も、世界を正しい方向へと導く教えだ。だからこそエンドラシル帝国に於いては、2つの宗教が国教として定められているのだ。お前の信じる自称闇の御子は本当の闇の御子なのか。神の振りをした魔神ではないのか?」

「ふぉふぉ、面白いのう。本当の闇の御子かどうか、わしが自分で見て確かめる他はやはり無いようじゃ」


 闇の司祭は物狂おしそうに顔を上げ、天を見つめた。


「わしも闇の御子が見てみたい。ガイだった者が言うように、闇の御子はお前に似ておるのじゃろうか、アダムよ。こうなれば、やって見るしかあるまい。わしも転生するまでじゃ」

「闇の司祭、動くな。じっとしているんだ」


 激情に立ち上がった闇の司祭を、後方に立っていたタニアが止めに入ったのだった。

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