第152話 闇の司祭との対決(二)

 闇の司祭はプレイルームに連れて来られると、手錠と魔法止めの足環を着けられたまま、独りで正面の椅子に座らされた。後方には看守役としてタニアが立った。少し離れた正面のテーブルには、パリス・ヒュウ伯爵を審問官とする列席者たちが既に着席して待ち構え、彼の一挙一動を見守っていた。


「本当に黒いガラス玉の義眼なんだな。あれで彼は見えているのかね」

「オルセーヌ公、光真教の中でも闇の御子を信奉する聖職者になるには、真実を見極めるために自分の眼を潰し、この世に充満する嘘と欺瞞を見ない様にして、神の真実しか見ないことを誓わなければならないとされています」

「ほう、アダム、それは厳しいね」

「はい。剣聖オーディンも継母の毒で失明しながら、周囲の魔素の流れを読むことで生活が出来たと言います。きっと原理は同じ様なものだと思われます」


 闇の司祭は、オルセーヌ公に説明するアダムの方を見て微笑んでいる。そのまま見ていると、好々爺然としているが、その笑みを止めると一気に様相が変わって酷薄な表情になる。アダムはマグダレナを見つめる闇の司祭を、ゲールの目を通じて正面から見た事があるが、その時感じた恐怖感を忘れる事は出来なかった。


「良し、闇の司祭の尋問を始める。審問官はわたくしパリス・ヒュウが勤める。列席者は疑問があればその都度手を挙げて質問して頂いて結構だ。では始めよう」


 パリス・ヒュウ伯爵が開始を宣言する。闇の司祭はそれを黙って面白そうに見ていた。


「闇の司祭よ、お前はマグダレナ嬢に話した身の上話では、グランド公爵家の庶子だと言ったそうだが、それは本当かね。正式な名前は何と言うのかね」

「ふぉふぉ、つい余分な話をしたが、本当の話だ。捨てられた時に名前は無くしている。別に誰かの名誉を庇っている訳では無いが、今は名も無い闇の司祭で結構だ」


 闇の司祭は少し首を傾げて答えた。表情は柔和な好々爺のままだ。


「君に指示をしていたのは誰かね。聞いたところによると、エンドラシル帝国第8公国の闇の主教が君に指示をしていたと聞いたが、やはり光真教からの指示があったのかね」

「わしが闇の御子の教えに触れたのは、子供の頃に光真教の神殿に捨てられたからだが、その意味で闇の主教は確かにわしの上司だと言える。人は皆自分の思惑があって動いており、彼もまたしかりだよ。わしは闇の御子の為になると思えば彼の指示に従うだろう」


 当初は下っ端の悪役と見られた闇の司祭が、堂々と胸を張って闇の主教のことを評している。

 第8公国の闇の主教と言えば、現在のエンドラシル帝国の皇帝クラウディオ13世の双子の弟で、時間差で生まれたことで皇太子にも成れず、光真教の聖職者として王室から出されたことを恨んでいると言う。闇の主教となった時も、宗教界で主導権を取って、兄に対抗するためだと言われている。

 アリー・ハサン伯爵の話として、剣闘士奴隷のリンから聞いた話では、アリー家と対抗して第8公国の皇太子選びにも口を出していると言う話だった。


「微妙な表現だな。それはつまり闇の主教は自分の思惑で動くことがあるので、自分が同意できる部分に置いて従っていると言うことかね」

「ふぉふぉ、何度も言っておるが、わしは闇の御子の教えを広めるために働いており、闇の主教は上司ではあるが主人ではないと言うことよ」

「では今回の騒動は、闇の主教の指示でやった訳では無く、首謀者はお前自身と言うことか」

「わしのやった事で闇の主教は喜ぶじゃろうが、あ奴を喜ばせるためにやった訳では無い。わしは七神を中心とするこの世界の仕組みを壊し、新しい世界を作るために働いておるのじゃ」


 闇の司祭は公然と胸を張った。全く悪びれていない態度に、話を聞いていた者は唖然となって言葉も出ないのだった。


「宗教者でありながら、この世界の平和を揺るがす事は許されない。お前の信奉する闇の御子は騒乱を起こして人を殺し、あまつさえうら若き女性を騙してゴブリンを産ませるなど、とても神とは思えないが、どうだ」

「あの者たちはいずれも身分が低く、貧しく、虐げられて来た。お前たち為政者が長年犠牲にして来た者たちであって、今更正義面をして何を言うか。彼女たちこそが、この不公平な世を自ら犠牲となって変えようと名乗り出た志願者だ。この世界の犠牲者だが、自ら望んで戦いに参加した戦士なのだ。可哀そうだとおとしめるのは止めるんじゃ」


 闇の司祭に罵倒され、パリス・ヒュウ伯爵は顔面を赤くして反論した。


「我々は日々王都の治安と秩序を守り、国民の安寧あんねいを守っているのだ」

「ふぉふぉ、お前が言う秩序とは何か。そもそも王室や貴族とは何か。何故この国を治める権利があるのか。城壁外の浮浪街では職も無く食事も摂れず、死んで行く子供たちがどれほどいるか知っておるのか。それをお布施と言って国教神殿は、あたかも善行を施すように言い立てるが、自分たちが搾取した金の一部を少し戻したぐらいで何を得意顔をするのか。世の中の権威を決める考え方の根本が間違っておるのさ」


 闇の司祭は七神のご加護によって規定されるこの世界の不当さを言い立てるのだった。


「人の価値は七神の因子を多く引継いでいるかどうかで決まるのではない。単に今の七神は自分たちが管理し易い態勢を維持させたいだけで、その中の人間が幸せかどうがを考えておらんのじゃ」

「闇の司祭よ、そうは言っても、闇の御子の世界に成ったとしても、全ての人間を満足させる事は難しいだろう。それならば白か黒かでは無くて、もっと話し合いで解決できるのではないか」


 闇の司祭の主張にアダムが答えた。どのような態勢であっても問題や困難は残る。アダムは別の世界を知っているが、人類の長い歴史の中でも全てを満足させる仕組みや態勢は無いのだ。より良く変えて行くしかない。


「ふぉふぉ、わしはお前と話がしたかったんじゃ、七神の使い、アダムよ」


 闇の司祭は立ち上がってテーブルの前に出ると、正面からアダムを見た。看守役として付いていたタニアがその背後に立って様子を見ている。状況によっては取り押さえる気配を見せたが、オルセーヌ公が手で制して押さえた。


 そこから、アダムと闇の司祭の会話が始まるのだった。

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