第151話 闇の司祭との対決(一)

 深夜から始まった突入から約20時間が過ぎ、やっと現場が落ち着いたのは夜も遅くなってからだった。幽霊屋敷と呼ばれたリンデンブルグ元辺境伯の屋敷では、建物内のゴブリン捜索も終了し、現場検証が始まっていた。屋敷内で死んだゴブリンの死体は既に運び出されており、「闇の苗床」の母胎にされた女性たちの遺体はプレイルームに安置され、監察医の検視を待って荼毘だびに付される事になっていた。


 プレイルームではいましも剣闘士奴隷のタニアがソーニャとの別れを惜しみ、最後の言葉を掛けていた。その場には、リンたち剣闘士奴隷に加えて、アダム達も立ち会っていた。


「お前の勇気を忘れないよ、ソーニャ。お前はそれでも呟くのだろう。”闇の御子は何処におわしても見ておられる”、と。おお、光真教は今でもエンドラシル帝国の国教の一つなのだ」


 ソーニャの遺体に縋りつき、タニアは従妹の頬を愛おし気に撫でていた。涙を流し微笑みかけるように言葉を掛けているタニアを見て、アダムはその悲嘆の表情が恍惚として輝いているようにも見えたのだった。


「おお、可哀そうなタニア、我々剣闘士奴隷は姉妹のようなものだ。お前の気持ちに寄り添って見守っているからね」

「いいえ、リン、あなた方にはとても分からないと思いますわ」


 タニアはきつく心を閉ざしたような厳しい眼差しを見せて、皆を心配させたのだった。


 パリス・ヒュウ伯爵はプレイルームに前線基地を移した後、夜も遅くなったことから現場の見張りを厳重にしながらも、主要な関係者に休養を取らせた。事態究明にはまだ時間が必要だが、捜査開始は翌朝からとした。


 闇の司祭の思惑が不明な事が関係者に不安を残していた。これからまだ何が起こるか分からないと言った懸念を感じさせるのだ。闇の司祭が檻の中で安らかな寝息を立てる一方で、パリス・ヒュウ伯爵を含め、アダムたちは眠れない夜を過ごしたのだった。

 

 翌朝、アダム達もリンデンブルグ元辺境伯の屋敷での捜査会議に出席していた。闇の司祭の尋問を予定していたので、もしもに備えて、パリス・ヒュウ伯爵から要請があったのだ。王立学園には伯爵から連絡を入れ休講扱いにしてもらった。


 会議にはアラン・ゾイターク伯爵、クロード・ガストリュー子爵に加え、お忍びでオルセーヌ公も参加していた。プレゼ皇女も参加したがったが、オルセーヌ公が許さなかった。代わりに従者のスミスが参加して後でプレゼ皇女に報告することになっている。


 ひとり特別に呼ばれたのが、王立学園アカデミーのワルテル教授だった。彼は神学の権威として闇の司祭を尋問する際の参考人として招致されていた。彼がアダムから相談を受けて、事件の経緯を熟知している事もその理由の一つだった。


「今回の討伐で、ゴブリンの王となったガイを含めて大人のゴブリンが66匹、子供のゴブリンが18匹、合計で84匹のゴブリンを討伐した。別に捕虜として闇の司祭1名を捕獲している。こちらの被害は死者13名、重傷者9名、軽傷者18名と甚大だった」

「パリス・ヒュウ伯爵、あの監察官のお陰で警務隊が3名取り残されたのも大きかったと思います」

「そうだな。あれは余分だった。グランド宰相に忖度そんたくしたあの痴れ者もそうだが、もっと早くからグランド宰相が協力的だったらと思うと、本当に残念でならない」


 パリス・ヒュウ伯爵の総括にオットーが付け加えた。

 監察官のリッチー・ウルブライトの邪魔が入って最初の突入に手間取り、ゴブリンの突撃に3人の警務隊員を邸内に取り残してしまった。最初にもっと毅然とした態度で彼に臨めば、被害を出さずに済んだのではないか。その事を彼は自分の責任として悔やんでいたのだ。

 なにより、グランド宰相が協力的でないことから、初期段階で情報入手に手間取り、突入の判断の遅れに繋がった。それが被害を大きくした一番の要因だと思われた。


「それと、今回被害が大きかった理由の一つが、ゴブリンの進化だろう。ガイだった者が王となったことで相互進化したとアダムが言っていたが、臣下のゴブリンは野良で冒険者が狩るゴブリンとは全く別の次元の強さだったと思う。またガイだった者の強さも異常だった。アダムが言っていた通り、臣下の魔素エネルギーを吸い上げ、自身の再生機能を高めているのか、不思議な斑紋が上気したように輝くと、剣の斬撃も跳ね返す強度と受けた傷の著しい再生機能が見られた。今後このような魔物と戦う機会が増えるようだと、何か対策を考えなければならないと思う」


 アラン・ゾイターク伯爵が報告すると、会議の出席者に沈黙が広がった。


「あの闇の司祭が使うと言う、黒魔法の体系の研究も必要かも知れないな。彼奴がゴブリンを従えていたのは従魔法と言うらしいが、わが国の魔法学者にも研究して貰って対策を講じる必要がある。もしかすると、こちらも学習する必要があるかも知れない。王立アカデミーのワルテル教授はどうお考えですか」

「ケイルアンの洞窟で見つかった『闇の苗床』の魔法陣のことで、アダムから相談を受けて、エンドラシル帝国に詳しい学者仲間にも相談しましたが、光真教や黒魔法について我が国に詳しい研究者はいません。アリー・ハサン伯爵を通じて、学術交流を進めて行くことだと思います」


 オルセーヌ公の質問に、参考人として出席しているワルテル教授が答えるが、早急な研究の進展は望めないとの話だった。


「ガイだった者はむしろ被験者のようなものだから、やっぱり術を掛けた闇の司祭から聞き出すしか無いのかも知れないな」

「オルセーヌ公、闇の司祭は『闇の御子』の考えを広めるためにも積極的に話をしたいと言っていおるそうですぞ」

「ああ、聞いているよ。確かに興味はある」

「いやいや、全くふざけた話だ。闇の神さまと言えども、神が人間界に関与するものなのかな。アダムが使う剣聖オーディンの魔法を考えると、神代時代の秘術があるというのは分かるが、直接神が関与するものですかね」


 『闇の御子』をどうとらえるかは人に寄ってまちまちだ。アダムは転生者であると覚醒した時に、直接七神からアンを守って世界を救えと言われたので、神の存在を非常に身近に感じているが、神の眷族が生きていた時代が神話となってしまった現在、悪神と言えども神が人間界に関与して来るとは普通の人は思えないだろう。これだけ神のご加護によって縛られた社会と言えどもだ。それとも『闇の御子』はアダムにも直接話し掛けてくるのだろうか。アダムも闇の司祭の尋問には興味があった。


「今後のエンドラシル帝国との関係も色々問題があるな」

「皇帝戦を前にして、エンドラシル帝国も今は一枚岩では無いでしょう。色々な勢力があって、これからも我が国に近づいて来るでしょう。どの勢力が皇帝戦を制するか分からない内に、一方の味方をすることは危険かも知れませんな」

「ああ、ガストリュー子爵の言う通り、確かに8つの公国があって、どの国の皇太子が勝を納めるのか知るのは難しいだろうね。こちらも人を派遣して良く調査した方がいいだろう。大使であるアリー・ハサン伯爵やマグダレナ嬢の母上であるアガタだけをエンドラシル帝国の代表だと考えるのも危険かも知れないね」

「ええ、今回はアリー・ハサン伯爵とリンたち剣闘士奴隷の協力があって助かりましたが、エンドラシル帝国の内部抗争が影響していると言えます。マグダレナ嬢の行動もそうだが、どうもエンドラシル帝国は大国としての驕りがある様にも思えます」

「はは、本当だ。神聖ラウム帝国との対抗軸として良好な関係を維持したいとは考えているが、手放しで信頼できる訳ではないよね」


 クロード・ガストリュー子爵の意見にオルセーヌ公も同意見だった。オーロレアン王国の方でも、王権派と分権派で思惑が違い、親神聖ラウム帝国派と親エンドラシル帝国派に分かれているのが現状だ。


「だが、『闇の御子』なる者が本当にいて、今回の騒動の糸を引いているとすると、エンドラシル帝国だけの問題でも無いかも知れない。きっと神聖ラウム帝国へも何か策を弄しているだろうし、神聖ラウム帝国とも「闇の御子」の情報を共有しないといけないかも知れないね」

「オルセーヌ公、私もそう思います。従来はエンドラシル帝国への対抗軸で諸外国との外交を考えていれば良かったが、より複雑になって来たと言う感じですな」


 アラン・ゾイターク伯爵がオルセーヌ公の話に追加した。文明が進むと世界は広がり、政治的にも経済的にも関係が絡み合って来る。今や自国の事だけを考えていては国政は計れないのだった。


「やはり、『闇の御子』なる者を知るしかないな。闇の司祭の尋問を開始しようか」


 オルセーヌ公が話を締め括って、闇の司祭の尋問が始まるのだった。

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