第147話 決戦(七)

 戦いは終盤に入っていた。

 この日、ガイだった者に率いられて進化したゴブリンは、オーロレアン王国に大きな驚きと共にその脅威を刻みつけたのだった。


 ゴブリンと言えば、青白いぶよぶよした皮膚をして、森蔭から突然現れて村人を驚かし、集団で無ければ人間には害を成せない弱い魔物だと思われていた。だが、ゴブリンの王であるガイだった者によって、相互に影響を受けて進化したゴブリンは、全く別の魔物に成っていた。


 青白くぶよぶよしていた皮膚は、なめされた硬質のゴムのような質感になり、表情も引き締まって鋭くなった。唇が薄くなり、かぎ鼻で耳がエルフのように尖って来た。何より1匹1匹が強烈な戦闘意欲を持ち、人間との戦いに飛び込んで来るのだ。


 戦闘は2時間を越え、残るゴブリンはガイだった者を中心とする11匹の集団に減らす事が出来たが、騎士団側の負傷者も20名を超え、死者も10名を越えると思われた。


「もう少しだ、しっかりしろ。囲みを狭めすぎるな、同士討ちをするぞ」

「アントニオの言う通りだ。槍持ちは囲みの前に出て距離を取れ。最後は俺とアントニオの組で終わらせる」


 アラン・ゾイターク伯爵は部下に指示をすると、なお戦闘意欲が旺盛なガイだった者を中心とするゴブリン集団に向き直った。


「最後は足元を一気に崩す、みんな、いいか」


 アダムたちも囲みの前に出て、アラン・ゾイターク伯爵の戦闘を背後から観察し、魔法支援をするタイミングを図っていた。


 ゴブリン親衛隊は2匹づつが組と成り、ガイだった者の前後左右の足元を固め、騎士団に近寄らせない。姿勢を低くして守りに徹し、ガイだった者の自由な動きを確保していた。その中でガイだった者は長身を生かし、伸びあがるようにして強烈な斬撃を振り下ろして来る。


 アダムはガイだった者が突出して、前掛かりに斬撃を放った瞬間を狙っていた。彼を中心に足元を崩して動きを止め、臣下のゴブリンを削って行く作戦だ。


「今だ。足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」

「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」


 アダムを中心にアステリア・ガーメントも加えた仲間が一斉に足元崩しの魔法を放った。

 アラン・ゾイターク伯爵がガイだった者の斬撃を受けて止め、足元を崩されたガイだった者は動きを止める。助けに入ろうとするゴブリン親衛隊の盾持ちが、前に出るタイミングが遅れて及び腰になった所を、アントニオが蹴り飛ばした。すかさず部下の騎士団員が大剣で突き殺す。


「うぉー、おー!」


 ガイだった者が怒りの雄叫びを上げる。赤黒い皮膚の斑紋が浮かび上がり、周囲を威圧するような闘気が膨れ上がった。そのままの勢いで振り向き様にアントニオに襲い掛かった。アントニオは必死に受け止めるが、超人的な剣圧に圧し潰されそうになる。


「アントニオ、我慢するんだ」


 アラン・ゾイターク伯爵は、怒りの反撃に無防備な横腹を晒すガイを攻めるのでは無く、やはりまだ上手く動けていない別のゴブリンを倒しにかかった。その動きに周りの騎士たちも同調する。興奮して隙を見せるガイを攻撃するのでは無く、あくまでも周りのゴブリンを刈り取って行く。事前の計画通りの冷静な動きだった。


「うぉー、おー!」


 ガイだった者の雄叫びも空しく、臣下のゴブリンが少しづつ倒されて行った。取り囲んでいた騎士団の囲みが徐々に狭まり、ガイだった者の前にはもう2匹のゴブリン親衛隊を残すのみとなったのだった。


「うぉー、おー!」


 そこからの戦いは、あたかもスローモーションかの様にガイだった者の目には見えた。臣下であるゴブリンが討取られて行くにつれて、身体は自分の想い通りに動かなくなった。超人的な斬撃の伸びも鋭さも萎んで行き、ただもう普通の強打に過ぎなくなった。


 最後には気合を入れても、体中の斑紋は反応しなくなり、アントニオやアラン・ゾイターク伯爵の斬撃に身体中が傷つき血まみれになって、ガイだった者は地面に倒れたのだった。


「本当に殺ったのか?」

「動かないぞ。や、やった! ついに倒したぞ!」


 取り囲んでいた騎士団から歓声が起こった。だが、アラン・ゾイターク伯爵もアントニオもへとへとで言葉がでなかった。激闘だった。やっと死んでくれたと言う感じだった。


 アダムが見ていると、出血と共にガイだった者は生命力を失い、みるみる身体が萎んで行くように見えた。


「臣下から吸い上げた魔素エネルギーを放出して、身体が萎んで行くようだ」

「アダム、こいつ死んだのか?」


 ◇ ◇ ◇


 地面に力なく倒れ込んだガイだった者は、身体から力が失われて行くにつれて、自分が実態を失って意識が浮遊して行くような不思議な感覚に囚われていた。


( 俺は死んだのか? これは臨死体験って奴か? )


( ふふ、君はやっぱり面白いね。また会おうねって約束しただろう? )


 耳元で囁くような闇の御子の声がしたのだった。


( 何を言っている? 俺は倒されて死んだはずだ。)


( 何を言っているのさ、君が普通の人間ならもうとっくに死んでいるよ。普通の人間がどうしてあれだけ傷を受けて生きていられるのさ。君は随分前にもう死んでいたんだよ。)


 ガイだった者は訳が分からず口籠った。


( 何だと? )


( 君は切られても切られても、臣下のゴブリンの魔素エネルギーによって再生し、生き返って来たんじゃないか。君は死んだ後も臣下の祈り(愛)とも言える魔素エネルギーによって生き永らえて来た。もはや人間時代の肉体は1欠片も残ってはいない。もう君は純粋な闇の魔素エネルギーの塊なんだ。)


( 何が言いたい? )


( つまり、君はもう人間ではないと言うことさ。どちらかと言えば僕に近い。闇の霊獣とでも言った感じかな。 )


( だから? )


( だから、そんな簡単に死んでお終いは無いよ。確か、、、次はアイサ大陸の蛮族の皇子に転生するんだっけ? ねぇ、いいだろう? )


( 、、、また赤ん坊から? )


( 次に目を開けたら、新しい両親が君を待っているよ。ちょっと怖い毛むけじゃらな蛮族だけどね。はは、びびっちゃうよ、きっと。ええ? )


 子供の声が高らかに笑った。純真な悪意がそこにはあった。寂しい孤独があった。


 神を名乗って自分を覗き込んで来た時の闇の御子を思い出した。可哀そうに思った自分は、此奴を助けるのも一興かも知れないと思ったのだ。何でも出来そうで出来ないと辛いだろうな。自分がそう思った事を思い出した。


( はは、そうだったな。面白いな、お前。 )


 ◇ ◇ ◇


(後書き)

お読み頂きありがとうございます。

ガイは当初レイの相棒として、端役で終わる予定でしたが、シンやガッツの登場で昇格しました。この章でガイは死亡してしまいますが、新たな蛮族の王として転生し、将来のアダムの敵として再び相まみえる予定です。(あくまで予定ですが)

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