第146話 決戦(六)
衝突から1時間を越え、戦況は変化して来ていた。
「オーン。火の神プレゼよ、熱き火の壁を我が前に、燃えよ、燃えよ、熱き瀑布を。”Orn. Preze Deus igne comburet igni antrorsum murus conburite incendere calidum cataracta”」
アステリア・ガーメントとアダムは継続して火壁を囲みの中に撃って、ゴブリンの集団を分断して来た。火壁の威力は絶対だ。どのような物質であれ、その転換点に触れるとエネルギーに変換され、接点は高熱を発し燃焼する。群れのゴブリンを分断し、それを越えて移動は出来ない。
進化したゴブリンと言えども、補充も無く消耗戦を行っては劣勢は明らかだ。区画全体を取り囲む警務隊が逃げ道を無くし、力押しで磨り潰しに来る騎士団には補充があった。同数で潰し合ってもゴブリンに勝ち目は無かった。
「あれを解き放ってはならない。王都を戦場のように焼土と化すだろう、危険だ、あまりにもな」
警務総監であるパリス・ヒュウ伯爵は現場指揮所で全体の戦況を見ながら、負傷者の状況を確認して戦線の補充に努めて来た。50匹に近い進化したゴブリンの群れを半数にまで減らす事ができたが、騎士団側の負傷者も十数名を超えていた。救護所に運び込んだ時には既に死亡している者もいた。これから命を落とす者もいる事を考えると、王国側の被害も甚大と言えるだろう。
「頼む、道を開けてくれ。重傷者を運んでいるんだ!」
「どけ、どけ! 一刻も早く救護所に運び込みたい。みんな助けてくれ」
必死の叫び声を上げながら、ビクトールとドムトルはネイアス・ガストリューを抱えて救護所に急いでいた。ビクトールはネイアスを肩で支えながらも、剣を握ったまま離さない彼の切り離された手首を掴んで離さなかった。
戦闘時のアドレナリンで直ぐには気を失わなかったネイアスも、もうぐったりとなすがままで、最後は辺りに居る人間が総出で持ち上げ、病床に横たえた。
ビクトールの叫び声を聞いてアンも寄って来た。緊急事態に、国教神殿の癒し手がネイアスの傷を確かめるのを、アンも横に立って介助していた。
「アン、この切り落とされた手首を何とか頼む」
ビクトールは剣ごと掴んでいたネイアスの手首を外して、アンに差し出した。アンは血まみれの手首を受け取ると、洗面器の水で血と汚れを落とし、清浄魔法で傷口の殺菌をする。
癒し手もネイアスの武具を脱がせ、腕先の切り口を縛ったまま洗浄して、清浄魔法を掛けていた。
「傷口よ清浄化せよ。”Ulcus”」
アンは清浄化した手首を清潔な布に包み、癒し手に渡した。
「アン、命の輝きをお願いします。私がヒールを掛けて細胞の活性化を促すので、一緒に彼の魂に働き掛けて、あるべき肉体の姿を認識させるのを手伝ってください」
アンは左手に意識を集中して『命の宝珠』に魔力を込めた。
「命の輝き ”Luceat vitae”」
アンの『命の宝珠』が薄緑色の光に輝き、ネイアスの病床を中心に救護所の中に拡がって行く。
「オーン。水の女神メーテルよ、我が思いに答えよ、細胞よ、活性化せよ。”Orn. Methel, et ex aqua dea, hercle cogitationes, eu amet”」
すかさず癒し手が両手をかざしてヒールを掛けた。切り口を継ぐように並べられたネイアスの腕先と手首が、ほんのりと赤味を増し、細胞が活性化しているのが分かった。
「暫らくしたら縛り目を解くから、アンは魔法を続けて頂戴」
「はい、分りました」
アンは短く答えると、改めて『命の宝珠』に意識を集中し、ネイアスの魂に呼びかけた。ネイアスの魂は自身のあるべき肉体の姿を理解し、体中の魔素エネルギーを使って細胞を活性化させ、破壊された組織を修復しようとする。ありったけの魔素エネルギーを消費して、ネイアスの肉体は限界ギリギリまで消耗していた。ネイアスは鍛えられ強靭な肉体を持っているが、誰でもが同じように肉体の欠損を補完できる訳ではないのだ。
「傷口が繋がったわ。縛ったベルトを外します」
癒し手がネイアスの手首を持って傷口を確かめている。手首は繋がったが、アンには、ネイアスの肉体は萎んだようにエネルギーを消耗して弱々しく見えた。
「癒し手もアンも、ありがとう。もう駄目かと思った」
ビクトールは無我夢中で動いて来たが、ぐったりと横になっているネイアスの無事な姿を見て、やっと一心地を吐く事が出来た。騎士を目指して頑張って来たネイアスは、手首を断たれてはもう生きて行けなかっただろう。そんな姿を家族にも見せないで済んだことにビクトールはほっとしていた。
早く現場に戻らなければいけないが、ビクトールは一緒になって助けてくれたドムトルに感謝の言葉を告げようと向き直った。
「おい、ビクトール、俺にも感謝するようにネイアスに言うんだぞ。訓練ではいつも目の敵にして来るからな。もっと俺に優しくするように言うんだ」
「何言ってる。駄目に決まっているだろう。俺だって優しくされた事は無いんだからな」
ドムトルの顔が得意気に笑うのを見て、ビクトールは感謝の言葉を言うのを止めたのだった。
「アダムが待ってる。ドムトル、行くぞ」
「ああ、分ってる」
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