第70話 国教神殿の聖遺物(前編)

「良くいらっしゃいました。プレゼ皇女」


 アダムたちが国教神殿に行くと、ゲオルグ・フォレスター神官長と巫女長が迎えてくれた。マクシミリアン・オーロレアン神殿長からプレゼ皇女が行くからと強く言われたらしい。


「神官長、今日はよろしく頼む」


 プレゼ皇女を中心に年若い男女が大勢でやって来たので、神殿政務室の窓口をしていた巫女は驚いていた。王室の対応も窓口では普通しないので、巫女は大慌てで言い付けられていた通りに神官長の執務室に案内したのだった。


「アン、いらっしゃい」


 巫女長は50代半ばの少しふっくらした女性だった。会うまではザクト神殿の月巫女から想像していたので、アダムたちは少し拍子抜けしたが、エルフでは無いので年相応の小母さんに見えた。


「ありゃ、普通の小母さんだな」


 ドムトルが素直な感想を言ったのだが、巫女長はにっこりと笑ってくれた。


「ドムトル、頼むよ。黙っていろよ」


 ビクトールは何処にいても心配役だ。


 アダムとアンは、優しそうな女性で良かったと思った。物腰がメルテルに似ている気がして安心した。


「月巫女様にはお世話になりました」


 アンが首に掛けた黄色い魔石のネックレスを手で握ると、巫女長はその仕草を見てまた微笑んでくれた。


「アンもアダムもドムトルも、月巫女様からはお手紙で色々聞いていますよ。実力考査も良い成績だったことは、私から月巫女様とユミルには知らせておきました」

「月巫女様の焼き菓子は美味かったよな、アダム」

「まあ、私はお菓子は作れないので、今度は料理担当に頼んでおくわね、ドムトル」


 もうビクトールは言葉も無く、どうしようもないよと、アダムに目線を送って来る。アンやアダムは笑ってしまうが、ペリー・ヒュウやカーナ・グランテ、マリア・オルセーヌの貴族組は上品に知らんぷりを決め込んでいた。だが、プレゼ皇女は素直に自由奔放だ。


「おお、いいな。わしにも頼む、巫女長。焼き菓子は大好きだ」

「姫様、はしたないです」


 すかさずスミスがダメ出しをした。

 巫女長がそんなプレゼ皇女にもにこにこ笑ってくれたので、場は一気に和んだ感じになった。


「剣聖オーディンの聖遺物でしたね。別室に用意させています。行きましょう」


 ゲオルグ・フォレスター神官長が立って案内をした。

 神官長に巫女長が続き、その後ろにプレゼ皇女以下全員が続いた。神官長は神殿の中をくねくね長く歩いて行き、衛士が護衛している扉を開けて中に入った。


「どうぞ、皆さま奥までお入りください」


 神官長に続いて全員が入るが、中は狭い小部屋で、全員が入るといっぱいにになった。アダムはあれ、これはと思いつくことがあったが、他のメンバーは狭い部屋に詰め込まれて訳が分からず思案顔に黙っていた。


「巫女長、お願いします」


 神官長が言うと、横に立っていた巫女長が壁に刻まれた紋章に触れた。


「あっ、何かおかしいぞ」


 プレゼ皇女が声を上げたが、全員が身体が床に押し付けられたような感覚があって、驚きの声を上げたのだった。この感覚はアダムだけが知っているものだ。神官長と巫女長がみんなの反応を見ながら楽しそうに笑っていた。


「大丈夫です。それが普通の感覚ですから。どうぞこちらへ」


 神官長は入って来た扉へ向かって進むと、大きく扉を開けた。そこは地上から90mの高さにある通路だった。アダム以外は驚いて、足がすくんだように動けなかった。ここは本殿の最上階に近い通路なのだった。


 アダムが通路に出ると、この通路は南面しているのか、眼下にセクアナム川が流れ、視界の右端の方に王城が見えた。直ぐ近くに更に高い塔が見える気がするが、本当はそれなりの距離があるのだろう。この高さの目線を遮るものは2つの塔だけだった。


 アダムに続いて出てこれたのは、やはりアンとプレゼ皇女だった。通路の手すり部分をしっかりと掴んで立った。


「凄いぞ、アン。わしはここに初めて来たが、国教神殿にこんな場所があるなんて知らなかった。さっきのあの感覚は何だ、アダム。その方は分かったのだろう」

「ええ、あれは部屋ごと上方に移動したのです。それで身体が床に押し付けられる感じがしたのです。地上に降りる時は、今度は身体がふわっと浮くような感覚がするはずです」

「アダムの言う通りです。あれは巫女長の魔法で、部屋ごと上階に浮上させたのです」


 神官長が答え合わせをしてくれた。しかし、プレゼ皇女はアダムを改めてしっかりと見て言った。


「アダム、お前には色々聞かねばならぬことがありそうだな」


 自分が転生者だと言ったら、プレゼ皇女は信じるだろうかとアダムは思った。


「全てが小さく見えますね。アダムはいつもこのような視界を見ているのですね」


 アンはまた別の感想を抱いたようだ。アダムの神の目の視界は、更にこの高さを高速で移動する。しかし素直に感心しているアンにアダムは余分な話はしなかった。

 他のみんなが遅れてやって来て手すりに捕まりながら歓声を上げた。


「凄い、国教神殿にこんなところがあるなんて」

「私も父上について色々な場所に出入りしたが、こんな場所があるなんて考えもしなかったよ」


 マリア・オルセーヌの言葉にペリー・ヒュウが言葉を返した。


「すげえ、ビクトール。王城よりよっぽど高いぜ。王城、小っちぇー」

「こらこら、余計なことは言うなよ」

「神聖ラウム帝国のコロニアの神殿も国教神殿と同じように高いのですが、やはり同じ仕組みがあるのでしょうか」


 カーナ・グランテが巫女長に聞いた。


「どうでしょう。しかし、同じような仕組みはあるのでしょうね」


 巫女長は他国のことでもあり、慎重な回答をした。実際に知らないに違いない。


 アダムは国教神殿を見た時、100mある本殿も150mある4本の塔も、階段で上がるのは大変だろうと漠然と考えたが、こんな工夫があったのだ。


「ここまでは階段で来れない作りになっています。聖遺物の保管場所ですからね」

「神官長、するとあの4本の塔も同じですね」

「アダムの言う通りです。鐘つき堂までは階段で上がれますが、塔もそれ以上の上階は同じ魔法が付けられています」


 みんなの様子を見ながら、神官長は頃合いを見ていたようだった。


「それじゃ、聖遺物の部屋へ参りましょう」


 神官長はまた先頭に立ち通路を進むと、正面の扉を開けて中にみんなを案内した。


 部屋は会議室の様に真ん中に大テーブルがあって、周りに椅子が並べられていた。神官長の正面にプレゼ皇女が座り、その横にアダムたちが並んで座った。スミスが少し壁際に下がって立つ。


 神官長の背後の扉を開けて、巫女長が奥の部屋に荷物を取りに行った。しばらくして巫女長は大きな桐箱に入った聖遺物を持って出て来ると、テーブルの真ん中に置いた。神官長がそれを新調に開けた。アダムたちは聖遺物という物を始めてみたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る