第69話 怪盗と竜のたまご

「昨日は大変だったんだ」


 ペリー・ヒュウが言うとみんなが注目した。


「おい、そこ。遊んでいるなよ。良く見ているんだ」


 剣術師範のロイドが注意をして来る。今は剣術実技で他の生徒の試合を見学していた。


「夜中に、親父の所に部下が来て、バタバタしたんだ。また怪盗が出たらしくてさ」

「怪盗って、あの変装名人で捕まらないって奴?」


 ドムトルが言っているのは、今話題になっている王都で出没している泥棒のことだった。犯人は何を狙っているのか、有名な貴族や商人の屋敷に忍び込んで宝を物色しているらしい。行きがけの駄賃としてその場の現金を盗んで行くが、本命は何かを探しているようなのだ。


「親父が言うには我々が知らない魔法じゃないかと言うんだ」

「変装が?」

「そう、見たことがある人間に化けられるとか。そうでないとここまでは出来ないって、部下の衛士が言うんだ」

「アダム、わしらが捕まえるのを手伝ってやろうぞ」


 プレゼ皇女がアダムに目で言って来る。ククロウで何かできないかと言っているのだろう。だが、ククロウを知らないペリー・ヒュウには通じない。


「いやいや、子供の出る幕は無いって叱られるよ」

「まあ、そう言うな。出没する時間や場所は分かっておるのか」

「残念ながら、まだ表れる場所に規則や傾向は無いようです。ただ、たまたま現場に居合わせた侍女がカーテン越しに、『Huevo de dragón』と呟くのを聞いたとか」

「竜のたまご、、、」


 プレゼ皇女が囁くのを聞いて、ペリー・ヒュウが驚きの声を上げた。


「プレゼ皇女、良くお分かりですね。ヒスパニアム語がお出来になるのですか」

「教養として、小さい頃から家庭教師に習っておる」

「さすが王家の娘」

「ドムトル、それは馬鹿にしておるのか」


 ドムトルはすかさず視線を上にして、知らんぷりを決め込んだ。


「ペリー、それは宝石の名前か何かか?」

「いや、アダム、それも分かっていない。だがそのような物だと思われるな」

「宝石だったら、竜の涙とかの方が良くないか」


 ビクトールも思ったことを言ってしまう。


「おい、こら、そこ。ドムトル、ちゃんと見ているか」

「先生、俺は集中していたのですが、近くで雑音を立てる者がいまして、何と言うか」


 どうやら言い訳したのが良くなかったようで、アダムにもロイド師範の目に険が立つのが分かった。


「いや、退屈しているならお前に模範演技をして貰おう。ペリー・ヒュウが相手をしろ。みんな、5人抜き同士の模範演技だ、集中して見るんだぞ」


 そこでアダムたちの雑談は中断した。


 模範演技はペリー・ヒュウの優勢に終わった。模擬刀のロングソード同士の戦いでは、手足の長いペリー・ヒュウに軍配が上がる。ドムトルは盾を使って接近戦に持ち込まないと不利だ。


「先生、俺に盾を使わせてくれよ」

「自分の好きな武具を使っていたら、訓練にならんだろう。苦手な武器も使いこなせるようにならないと、貴族では生き残れないぞ」


 ロイド師範が言うのは、貴族の間では今でも決闘で物事を決する風習が残っているので、どんな武器でも対応できるようにならないと、意地が通せない時があると言っているのだ。


「大丈夫です。俺は受けることはあっても、仕掛けることはしませんから」


 決闘は受けた方が武器を選ぶ権利を持っている。ドムトルは自分では仕掛けないから大丈夫だと答えた。しかしロイドに鼻で笑われてしまう。どんな時でも自信をもって望めるようにするのが、男(騎士)なのだとロイドは生徒たちに教えた。


「いいか、剣術が上手くなるに越したことは無いが、剣術の実技は強くなるためだけにやっている訳ではない。自分に自信をもって、覚悟を決めるためだ。喧嘩したら強い方が勝つのは分かっている。上には上がいるし、才能の違いもある。だが自分の始末が付けられる男を作ることが俺の講義の狙いなんだ。自分の実力も技量も知ってその場に臨める人間を作るのが狙いだ。努力を惜しまないように」


 アダムはロイドを見直した。この世界は強い者が勝つ厳しい世界なのだ。だからそこで生きる者の強い想いが重要なのだと、彼は生徒に教えようとしている。


 ロイドは騎士団から派遣されて来ている剣術師範だった。身長は175cmはあると思うが、長身の剣士が多い騎士団ではむしろ中位ぐらいだろう。体格は恵まれている訳ではないが、騎士団の中でも技量は上位にあるのだ。家柄も平民出身だと聞いている。やはり才能だけでは無い強い想いがあるのだろうと思われた。ドムトルも最後は殊勝な顔で話を聞いていた。


 アダムたちが再び怪盗の話をしたのは、昼休みの時だった。


「怪盗がヒスパニアム語の言葉を漏らしたと言うのは、そ奴はヒスパニアム人なのか」

「うーん、どうでしょう。探しているものがヒスパニアムの物でも、ヒスパニアム人とは限らないでしょう」


 プレゼ皇女の質問にペリー・ヒュウが答える。


「ヒスパニアムで竜のたまごと言えば、剣聖オーディンの龍殺しの伝説に出て来るんじゃない」


 アンが昼休みからこの話に参加して、経緯を聞いていた。


「アン、その竜殺しの伝説って何だ」

「お忘れですか。この間のワルテル教授の授業に出て来たじゃありませんか」

「ヒスパニアム王国との国境がある山岳地帯は、剣聖オーディンの竜伝説が残っていると言っておったな。あれか」

「私もユミル先生から少し聞いただけなので、詳しくは知りませんが、悪魔に捕らえられた姫を助けるために、退治をした竜の腹から出て来た卵で、悪魔の額を割って殺したという伝承です」

「ええ、それのこと?」


 言い出したペリー・ヒュウが驚いている。誰もそんなことを考えた者が居なかったと言う。


「国教神殿に聖遺物があると言っていたから、それを狙っているのかな」

「ビクトール、だけど、国教神殿の聖遺物が竜のたまごとは限らないんじゃないか?」


 アダムは直ぐにそれが竜のたまごとは限らないと思った。でも何か関係するなら、怪盗を捕まえるヒントになるかも知れない。


「国教神殿に行って確認したらいいわ。私はまだ行ってないので、連れて行って欲しいのだけど。アダムお願い」


 カーナ・グランテがアダムに視線を向けて来る。2人きりで行こうと言われている訳ではないが、強い視線を向けられるとアダムは困ってしまう。カーナ・グランテは目が悪いせいか、顔を近づけて真直ぐに見て来るので苦手だった。


「ワルテル教授も言っていたけど、聖遺物を見学するなら、マクシミリアン・オーロレアン神殿長に許可を頂かないといけないんじゃないかな。それならプレゼ皇女から話をして貰った方が良い」

「よし、良いぞ。明日は学園も休みだから、わしから叔父上にお願いしてみてもいいぞ。スミス、伝言を頼む」

「分かりました。直ぐにでもお伺いして、お願いをしておきます。ご返事は学校が終わる前に皆様にお伝えします」


 プレゼ皇女の後ろに控えていた従者のスミスが答えた。


「それじゃ、明日は時間が決まったら神殿で待ち合わせしようぞ」


 アダムたちは国教神殿の入口で待ち合わせをすることになったのだった。

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