第67話 王城での報告会(後編)

 アダムは仲間を見回した後、改めてオルセーヌ公とプレゼ皇女、アラン・ゾイターク伯爵を見て話し出した。


「我々が王都に着いた翌日に、ガストリュー子爵の第2夫人であるソフィーの実家のジャック・ブルゼ准男爵からお食事のお招きを受けました。今王都で流行っているショーを見ながら食事をすると言うものです。そのショーはエンドラシル帝国第8公国の民族舞踊で、女剣士奴隷による剣舞が話題になっていました」

「おお、それそれ、父上、本当に今話題になっているのです。私も従者のスミスから聞きました」


 目を輝かせてプレゼ皇女が剣舞の話題に食いついて来た。アダムはプレゼ皇女の大らかで真直ぐな性格には好感を持っているので、つい微笑んでしまう。


「はい、何人もの女剣士が剣を持って踊り、高速で回転しながら打ち合い、舞台の上を剣戟しながら交差して行くさまは、手に汗を握ると言うか、凄い迫力で見事でした。


 その観劇の合間の食事中に、アリー・ハサン伯爵からご挨拶がありました。ジャック・ブルゼ准男爵とは交易の関係から以前からお知り合いだったとの話でした。


 ただその時に、舞台の主役に挨拶をさせるからと話があり、中心で踊っていた女剣士奴隷のリンが挨拶に来ました。その時にリンがアンに向かって跪き、恭順の意を表し、『アン様を守って、お前は死ねと命じられました。私は影でございます。これからあなた様を見守ることをお許しください』と言ったのです。


 ジャック・ブルゼ准男爵はすかさず、『アンは王国の保護下にあり迷惑だ』と怒られて、相手も素直に引いたので、それでその場は終わりました」


「それはまた、困ったことだな。アリー・ハサン伯爵も迷惑な話を」


 ガストリュー子爵が感想を漏らすが、それはこの場にいる全員の想いと同じだったろう。


「そして、ここからが実は問題なのです」


 アダムが言うと、オルセーヌ公を含めみんながアダムの話に集中していた。


「私とドムトルは、王都に来てから翌日には王国騎士団の独身寮に入っています。それで、アンとの連絡と情報共有のために、寝る前にククロウとリンクすることにしています。ククロウと言うのは、先程話題になったメンフクロウの名前です。


 それでリンクして、屋敷の外を確認したところ、その女剣士奴隷のリンが屋敷の外でアンを見守っているのを発見しました。フクロウは暗闇の中を音を立てずに飛び回ることができます。目だけでは無くて耳も良いので、見逃すことはありません。そのままリンが帰るのに合わせて追跡し、エンドラシル帝国の大使館に侵入しました」

「おお、さすがに鳥が侵入しても怪しむことはないか。それにしても使い方次第で恐ろしい武器になるな、アダムの魔法は。それでその者はどうした?」


 オルセーヌ公がアラン・ゾイターク伯爵を目を見合わせて、思案するように言った。


「はい、中庭からアリー・ハサン伯爵の居間に行き、外から報告をしました。リンがアンの様子に変わりが無いと言ってから、何かご心配なことがあるのですかと聞いたのです。それに対して伯爵は、ケイルアンのゴブリンが出た洞窟で魔法陣がみつかったが、それは”闇の苗床”ではないか、光真教の急進派が心配だと言ったのです」

「それはつまり、七柱の聖女と言えば、エンドラシル帝国との聖戦の英雄だ。それを狙っている急進派が心配でリンという女剣士奴隷を付けたと言うことか」

「はい、伯爵は帝国が全ての国を征服できる訳がない、世界秩序を守らなければ文明が滅ぶと言われました」

「アリー・ハサン伯爵と言うのは、中々な人物のようだな」

「ええ、我々騎士団の中にも実際に見た者がいて、あの女剣士奴隷の剣舞は本物だと言う者がいます。アリー・ハサン伯爵は交易だけで無く、文化交流にも熱心なやり手だと聞いています」


 オルセーヌ公の話にアラン・ゾイターク伯爵も聞いた話を伝えた。


「実は、ククロウの話はそれで終わりませんでした」


 アダムの話に誰もが言葉を無くしてしまう。アダムは他のみんなにもまだ詳しくは話していなかったからだ。


「ククロウがリンとアリー・ハサン伯爵の話を盗み聞きしている者に気が付きました。それで、その者の後をつけると、エンドラシル帝国大使館の光真教の神殿に入って行きました。ククロウが神殿のドーム天井の格子から入って覗くと、盗み聞きしていた男が司祭に話すのを聞くことができました。司祭が男にアンを捕まえられなかった様だなと言うと、逆に男が司祭に、アリー・ハサン伯爵が動いているが大丈夫かと聞きました。それに対して司祭は、闇の主教の指示待ちだが、闇の苗床の準備は出来ている、王都の下水道は餌が沢山いるので都合が良いと返したのです。その上で2人は、”闇の御子はいずこにおわしても見ておられる”と唱え合いました」

「なに、闇の苗床?、それはアリー・ハサン伯爵が言っていたこの魔法陣の事ではないか」


 プレゼ皇女はもう黙っていられないと言うような義憤を感じているのだろう。


「アリー・ハサン伯爵が闇の苗床の話をした時に、孤児との関りをほのめかしていました。もしかすると、光真教の孤児院で育てられた女性が闇の苗床に使われているのかも知れません」

「これは由々しき話だな、アダム。もしこれが王都の下水道に仕掛けられたら、大変な事になるぞ」

「それと、最後にひとつだけ、まだ話があります」

「まだ、何かあるのか。アダムそれは何だ」

「はい、そのアリー・ハサン伯爵とリンの話を盗み聞きしていた男の顔が神殿の光の中で見えたのですが、その顔がピエロの顔でした」

「ピエロって、あのピエロか、アダム」


 今度はドムトルが叫び声を上げた。アダムは頷いて答えた。


「そうだ、あのピエロだった。オルセーヌ公、ガストリュー子爵、実はザクト神殿で補講をする前に、セト村で補講を受けました。その時、セト村の牛追い祭りで不審なピエロに会いましたが、そのピエロだったのです。あの時ピエロは、アンに向かって、『主に代わって挨拶に来た』といったのです。その場は同行していた冒険者が庇ってくれて、その後は何も無かったので忘れていましたが、あのピエロが襲撃の首謀者かも知れません。これで全て繋がったように思います」

「アダム、この話は他に知っている者はいるのか」

「はい、セト村でピエロと会った時に、ザクト神殿のユミル先生がおられて、それ以後相談しています。それと、王都に出てから、魔法陣の事でユミル先生の先生であるワルテル教授にも相談しています。お二人は私の魔法の先生で、私の魔法についても知っておられます。闇の苗床の魔法については魔法学のお仲間でも調べて頂くことになっています。その上で、ワルテル教授から神殿へ光真教の狂信者が策動している恐れがあることはお話されると聞いています」

「そうか、学園と神殿については、今後もその先生を窓口にしよう」


 オルセーヌ公はそう言うと、改めてみんなを見回して言った。


「これは大変な問題だ。要点を整理しよう。


 つまり、エンドラシル帝国には内部で思惑が違う勢力が動いている。

 ①ピエロが率いる暗殺者部隊で、何かの目的の為にアンを害するか、誘拐しようとするもの。

 ②闇の主教が率いる光真教の急進派で、闇の苗床を使ってわが国を混乱に陥れようとするもの。

 ③アリー・ハサン伯爵のように、平和裏に帝国の繁栄を望むもの。

 そして、1番目と2番目の勢力は同じ主(闇の御子?)に仕えていて協力関係にある。ピエロも光真教の実行部隊かも知れないな」


「光真教とはどのような宗教なのでしょうか」


 それまで黙っていたアンが聞いた。オルセーヌ公がアラン・ゾイターク伯爵を見た。お前が話せという意味だろう。


「光真教でみんなが誤解しているのは、2神教と言われているので、光と闇の2つの神しかいないと考えてしまうことだ」

「違うのですか?」


 ビクトールやドムトルが驚いた声を出した。


「ああ、実は光真教で神と呼ばれる存在は色々いて、その中でも、全てを作り出した創造神とそれを革新して行こうとする破壊神の主要な2柱の神を信仰する宗教なんだよ。そして破壊神も創造神(光明の父)から生まれたので(闇の)御子と呼ばれるんだ。どちらの神に重きを置くかで細かく分派している。中にはこの2神以外の神を信仰している本当の少数派もいる。だから、先程のアダムの話の闇の御子と言うのは、破壊神のことだと思うのだが、光真教と一括りで相手を特定はできないんだよ」

「それはつまり、光真教の信者だからと言って、今回の事件に関わっているとは限らないと言うことですか」

「そうだ。全ての信者が王国を害そうとしている訳ではないと思う。ましてや、エンドラシル帝国では七神正教と光真教が信じられている。光真教=エンドラシル帝国ではない。あくまで一部の勢力だと思うが、根は深かそうだな。


 今、エンドラシル帝国は大変な時期に来ている。各公国で皇太子が選抜されるところだ。あと数年の内にその選抜された皇太子たちによる皇太子戦が始まるだろう。今回の動きはその帝国内部の動きと連動しているに違いない。首謀者はエンドラシル帝国内部でも陰謀を進めていると思う」


「問題は、これからどうするかだな」


 オルセーヌ公の話にガストリュー子爵もアラン・ゾイターク伯爵も同意する。


「アントニオも荒れ熊討伐にはいたので、グランド公爵にはアダムの鷹とリンクする魔法は伝わっている。それでも現場にまで知らせる必要はない。まずこれは、今後のこちらのアドバンテージになるので、出来るだけ秘しておこう。その上でガストリュー子爵が現地で調べた話として、2つの勢力が王国で悪事を起こそうとしているとして手配する」

「下水道の事はどう説明するのだ」

「闇の苗床はその性質上、狙われるとしたら、空き家や下水道でしょう。空き家の捜索は無駄になるかもだが、どっちみち不審者を探すなら空き家も捜索する必要があるでしょうから、①の勢力の為に空き家を、②の勢力の為に下水道を捜索させましょう。これなら下水道を捜索しても不自然ではないでしょう」

「分かった。これからの指揮は警務総監のパリス・ヒュウ伯爵に執ってもらわねばならない。話はガストリュー子爵と背景を知るアラン・ゾイターク伯爵に任せる。アダムの能力についてはパリス・ヒュウ伯爵どまりにすること。その上で、パリス・ヒュウ伯爵からグランド公爵にも話を通しておく。それでいいかな?」

「分かりました」


 オルセーヌ公の指示にガストリュー子爵が返事をする。アラン・ゾイターク伯爵も同意した。


「それで、アダム。そのフクロウの偵察は続けられそうか?」

「前回侵入した時も、最後はフクロウの気配を司祭とピエロは漠然と感じたようでした。あまり近づかないで、周辺の話を拾うのは出来ると思います」

「そうか、無理は止めよう。周辺の動きを見ているだけで留めた方がいいな。何か分ったら教えてくれ」

「それと、提案があります」

「何かな」

「はい、もしアリー・ハサン伯爵が信用できると判断できれば、リンを通じて秘密裏に協力すると言うのもひとつの手だと思います」


 これにはさすがのオルセーヌ公も直ぐには返事ができなかった。今は協力することが出来ても、いつ利害が違って来るか分からない。簡単には判断できないことだろう。だがアダムには一時だけでも協力できれば、こちらに出来ないこともやれると考えていた。エンドラシル帝国大使館内の不穏分子は、治外法権からもエンドラシル帝国側で始末して貰わねばならない。


「考えていることは分かるが、私が知っていることになると困る事態も考えられる。しかし、アダムの一存に任せることも出来ぬ」

「オルセーヌ公、私に任して頂けませんか。私がアダムと相談してその場は判断し、改めてご報告します。もしもの時は私が指示したことにしますから」


 ガストリュー子爵が責任を負うと申し出た。


「分かった。ただもう少し待て。事態が進展して、ある程度証拠も掴んだ上の判断としよう」

「分かりました」


 アダムとガストリュー子爵が答えた。確かにもう少し何が出来るか、分かって来てからでも良いとアダムも納得した。


「次に打合せする時にはパリス・ヒュウ伯爵も入ってもらおう」

「分かりました」


 全員が寮かいして、報告会は終了したのだった。

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