第42話 北の森 赤狼討伐(前編)

 アダムが家に帰って、街道に狼の群れが出た話をすると、メルテルは施術院の病床の準備を始めた。幸い、アダムたちがザクト神殿から貴重な薬草を持ち帰って来たので、常備薬に不足は無かった。


 アダムとアンはお互いに居ない間の話をした。アンは朝からメルテルの手伝いをして、水魔法のヒールの指導を受けていた。魔法学の補講を受けたおかげでアンの魔法に対する親和性は著しく進歩していて、メルテルを驚かせた。簡単な手伝いなら見様見真似でもできる事が分かった。


 ベルタおばさんが驚いたことに、ククロウは初日の夜から活躍したようで、軒下にはまえたネズミの死体が積み重なって落ちていた。そしてもっと驚いたのは、家に入れたら窓枠に捉って立ち、口から毛の塊ペリットを吐き出した時だった。ベルタおばさんは初めて見たので、びっくりしたらしい。アンが見に来て、ペリット(未消化物)のことを教えたが、気味悪がって大変だった。


 翌日の昼過ぎになって、ドムトルがアダムを呼びに来た。


「アダム、ザクトから狼の討伐隊が派遣されて来て、俺たちの話を聞きたいってさ。親父か呼んでるんだ」


 ドムトルの話では討伐隊としてガンドルフが名乗りを上げて来たと言う。セト村と聞いて、この間の事もあって、気を使ってくれているのだろう。ガンドルフならアダムたちの事も良く分かっているので、話が早い。


「分かった。今行く」


 アダムはアンに神の目の見た話をして、ブルートとニンブルの手伝いに行くことをメルテルに伝えるように言った。神の目の事はまだメルテルに話が出来ていなかったので、アンから説明するように頼んだ。


「アダム、気を付けてね」


 アンも荒れ熊の時のことを考えると、討伐隊にアダムが付いて行く方が良いと分かっていた。

 アダムたちが村の役場にある守り手の詰め所に行くと、ガンドルフたちが待っていた。


「アダム、ドムトルも来たかい」

「ガンドルフさん、クロノスさんも、イシスさんもいるのか、勢ぞろいだな」

「あら、ドムトル、私もいるわよ」


 3人の後ろからガネーシアが出て来た。今日は応援メンバーに入って来たらしい。


 部屋にはブルート以外の守り手は出払っていなかった。狼の群れが見えなくなって、周辺に出没しては大変なので、村の各所を確認しに行ったのだった。後はガンドルフの仲間とニンブルがいるだけだった。


「丁度いいから、神の目で見たことを教えてくれないか。さっき俺たちが街道を見て来た時には、もう影も形も無かったからな。心配しているのは、逃げ込んで来た商人の話だと、群れのリーダーが異常に大きかったらしい」

「そうです。1頭の狼がすごく大きくて気になりました。毛皮の色が赤っぽい褐色でした」


 アダムが赤っぽいと言った途端に、ガンドルフたちが顔を見合わせた。


「赤狼かも知れんな」と口を噤んだ。


 荒れ熊と同じで、魔素狂いした狼を赤狼と言うらしい。赤狼が出て来ると、周辺の狼を従えて群れは狂暴になると教えてくれた。


「ザクトへ応援を頼んだ方が良いんじゃない」

「ガネーシアの言う通り、群れが増えていたら面倒だな」


 ブルーノがそう言った時に役場の出入り口が騒がしくなった。


「アダム、応援を連れてきたぞ」


 ビクトールがガストリュー子爵の衛士たちを連れて部屋に入って来た。話を聞いて飛び出そうとしたビクトールを心配して、フランソワが子爵に相談して衛士を付けてくれたと言う。 


「ビクトール坊ちゃん助かりました。これで色々対応できます」


 ガンドルフがビクトールについて来た衛士隊長と手配を相談し始めた。


「アダムもドムトルも、お前達はやっぱり、色々面倒事に好かれているよな」

「こら、ビクトール、勝手なことを言うな。俺たちは正義の味方だからな」


 アダムもドムトルもなんやかや言いながら、ビクトールがいるのが普通になっているので、調子が戻って来たような気がするから不思議だ。


 村役場の役員たちも、アダムたち子供が何をするのかと、不思議に思っていたが、ビクトールがザクトから衛士を連れて来てからは、みんな自然にアダムたちを受け入れているので、口も出せない。ましてガンドルフたち冒険者も同様なので唖然としていた。


 ガストリュー子爵の衛士たちは、一緒に剣術訓練もしているし、荒れ熊討伐では騎士のアントニオやアラン・ゾイターク伯爵に混じって活躍しているので、アダムたちを子供だからと軽んじる者はいなかった。


 ブルートの指示で村の各所に赤狼が出たと連絡が入れられ、狼たちの行方が判明するまでは外出を控えるように伝えられた。同時に北の森に接する近隣の村へも連絡を入れた。


 次に衛士隊長からザクト市の衛士長へ連絡を入れ、駅馬車の王国飛脚便でヨルムント側の次の街道駅ベルラックへ赤狼出没の報が送られた。


「これで、街道の不急の交通は止められたと思う。後はどうするかだな」


 ブルートがみんなを見渡した。


「やっぱり、彼奴らは街道の馬車を襲うのが普通だよな。襲っている所を見つけても、追えば逃げられる。追い詰める場所はあるかい、ニンブル」


 ガンドルフがニンブルに聞くが、ニンブルは難しいと首を振った。

 ガンドルフはアダムに神の目で情報がないか聞いた。


「いえ、街道には出て来ていないですが、、、、、」


 アダムは神の目とリンクして、北の森と接する街道の上空を飛ばし、周辺の地理を確認していた。アダムは思いついたことをみんなに図ってみる。


「追って捕まえるのが難しいなら、囮の荷馬車を走らせて、おびき寄せるのはどうですか」


 アダムはブルートに地図を出してもらい、詳しく説明する。アダムは街道と並行してオビ川が流れる辺りに、河原へ降りる脇道があることを示す。


「ベルラック側から囮の荷馬車を走らせて狼に襲わせ、逃げて脇道に入ります。河原に降りたところで入口を閉じ、周りを囲んでしまう。河原なので倒木や燃え易い枯れ葉を集めて火を点けて逃げ道を防ぎます。その上で、わざと開けたところに誘導して倒すのです」

「面白い。森の中だと火は使えないが、河原なら効果的だ」


 クロノスがまず賛成してくれた。


「囮役が厳しいな。誰がやる?」

「俺がやる。俺が適任だ」


 ガンドルフの言葉にクロノスが名乗りを上げる。

 そこから一気に計画が固まって行く。


「荷馬車が通り抜けたことを確認して、私が火を点けて後ろを塞ぐわ」


 魔術師のイシスが手を挙げた。


「よし、それなら、正面は俺ガンドルフ、アダムとドムトルは備え。両脇は衛士隊を二手に別けて押さえる。ニンブルは衛士隊長とそれぞれの隊と指揮してくれ。イシスが魔法支援。ガネーシアとクロノス、ビクトールは後方からクロスボウで攻撃。これでいいかな」


 ブルートも行きたがったが、囮が利かなかった場合の対応やセト村の守りの要として残ることになった。

 クロノスが囮の荷馬車を準備する。羊の生肉を用意して、逃げる途中ですこし撒くことにする。


 残った全員がガンドルフの指揮の元、騎乗してデミ川の河原に向かう。倒木の準備や枯れ草の準備、戦う足場の確認を行うためだ。準備が出来ればクロノスへ火矢で合図を送ることになった。


 デミ川の河原は、街道をベルラック側から走り、脇道を右に折れて降り切った所にあった。街道の並木を抜け、雑草が茂る脇道が続くので、周りの視界を遮って、誘き寄せるには最適の場所だった。坂道を下りきって河原に出たところで視界が開けるが、入口に火を点ければ口が閉まって戻れなくなる。


 乗って来た馬は河原の奥の水辺の林に隠し、もしもの時は水流を渡って逃がすことにした。

 衛士隊が周りの雑草を刈り、遠巻きに幾つか山にして積み上げ、火を点ける準備をする。

 ガンドルフは川を背に正面の足場を確認する。背後に簡易の柵を設けて弓班の場所を作った。


 アダムは神の目を飛ばし、街道と北の森との境を旋回させ、狼の気配を探っていた。

 鷹の目は人間の目よりも色を1種類多く見られる。人には見えない紫外線が見えるのだ。そしてピントを同時に2つ合わせる事が出来る。上空を高速で飛びながら敵を探り、同時に獲物を定めて追尾する。人間よりも判然と状況が理解できるのだ。


 狼たちは依然気配を見せなかった。ただ神の目は自分を見上げる熱い視線を感じている。狼たちが潜んで機会をうかがっているのを感じていた。


 その時、街道を1頭の騎馬がベルラック側からザクトへ向けて走って来るのが見えた。何かの連絡要員なのかも知れない。それを見て何頭かの狼が焦れて動くのが木立の間から見えた。群れでいるなら、相当腹を空かせているはずだ。馬を追いかけても逃げられるのが落ちだ。群れのリーダーは自制しているに違いなかった。


「やはり街道沿いに群れが隠れています」


 アダムの声にガンドルフが「よし」と言った。

 ガンドルフの合図で、ビクトールが合図の火矢を上げた。火矢は煙を上げながら空に向かって飛んで行き、上空でパンと爆ぜた。煙の球が広がるのが見えた。

 川沿いを迂回してベラック側の街道に隠れていたクロノスが荷馬車を発進させる。


 北の森の赤狼討伐戦が始まったのだった。

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