第36話 戦いの後始末

 荒れ熊討伐が終わったが、その後の後始末は大変だった。


「狩猟長、被害の大きさと対応状況を教えてくれ」


 ガストリュー子爵の質問に狩猟長が状況を説明した。


「現在、逃亡した賊に対して犬係で追跡を開始しました。魔法使いと後1人は街道から貧民街方面へ逃走した模様です。冒険者のレイと思しき賊は、狩猟場から北の山系に逃走しております。双方とも鋭意捜索中です。

 捕らえた賊の2名については領主館に移送した後で尋問します。

 負傷者は衛士と狩人を合わせて13名です。うち重傷者が5名いますが死者はいません。猟犬は死んだものが5頭、負傷したものが11頭です。現在救護班が治療に当たっていますが、狩猟会での事故しか考えていなかったので手が足りません。応援依頼に出していた者が戻ってくれば癒し手も連れて来ると思います」


 狩猟長は荒れ熊の乱入を確認すると直ぐに、狩猟会の会場とザクトへ応援依頼を出していたという話だった。


「分かった。素早い対応だ。ありがとう。分かっていると思うが、アカシカの狩りは中止だ。狩猟会の会場へ連絡して待機している客を帰す手配を頼む。負傷者はここで応急手当をするとしても、ザクト市街へ移送するための馬車の手配も必要だろう」


 ガストリュー子爵の命令を受けて、狩猟長が部下へ指示を出し始める。


「ベン、今日の晩餐会と舞踏会も中止だ。危険の度合いが分からぬと安心して遊んではいられぬ」


 執事長のベンが了解して連絡の為に動いた。

 ガストリュー子爵は今度はアラン・ゾイターク伯爵の方へ向き直って言った。


「伯爵、今回の襲撃はプレゼ皇女を狙ったものだと思いますか。急いで王都へ戻られた方がよろしいかも知れませんよ」

「どうだろう、アダムたちの話では、襲ってきた賊の1人はアダムたちに絡んできた冒険者と言うじゃないか。これはプレゼ皇女を狙ったものとは違う気がするが」


 アラン・ゾイターク伯爵はそう言いながら、プレゼ皇女の方を見る。


「アダムたちとの関係では、こんな大掛かりな襲撃はしないでしょう。正確な狙いは分からないが、プレゼ皇女がおられるのも分かった上で襲撃して来たと考えるべきでしょうな」とアントニオが口を挟んだ。


「あの、ネイアスは大丈夫ですの」とアステリアがアントニオに聞いた。

「大丈夫だ。向こうで治療を受けさせている。相手は投擲用の唐辛子の粉も準備してる。用意周到だ。これは何か背景が無ければここまでやるまい」

「アントニオの言う通りだ。プレゼ皇女を狙ったものとは思えないが、大掛かりな背景はあるだろうな。そうなると、やはり王都に戻った方が良いか」


 アラン・ゾイターク伯爵がアントニオの考えに賛同した。


「アダム、神の目に何か掛からないのかね」とガストリュー子爵がアダムに聞いた。

「レイを追いましたが、狩猟場を出たところで森の木々に隠れて分からなくなりました。それと、カラスが途中で何羽も邪魔して来るのが気になります。荒れ熊を誘導できたり、カラスを飛ばす能力があるとしたら、敵の能力は心配です」

「アダムの言う通りだ。普通の密猟者や犯罪者ではそんな事はできまい。そもそもあの魔素狂いの荒れ熊を捕まえて、こちらに持ってくるだけでも大変だ。ちょっと方法も分からない」


 アラン・ゾイターク伯爵の話にみんなが黙ってしまった。

 後から捜索隊の話で分かったが、北の山系の麓に荒れ熊を運んで来たと思われる荷馬車の轍わだちが残されていた。改めて敵の用意周到さが判明したのだった。

 応援が来て休憩ポイントは即席の救急場所になった。


 負傷者が並べて寝かせられ、癒し手による治療が始まった。重傷者は洗浄して傷を縫ったり、添え木を当てられて、ヒールを受けている。症状が安定したものから馬車でザクトの施術院へ移送される予定だ。


 その横では狩人たちによる猟犬の治療も始まっていた。裂けた腹を縫い、止血して、こちらも狩猟ギルドの犬舎へ移送する。


 荒れ熊の解体も始まっていた。これも5mを越える巨体なので大変だ。ガストリュー子爵は剥製か毛皮にして領主館に飾りたい意向だったが、毛皮は火魔法でボロボロになっていて敵わなかった。


 取り出された魔石を見て、みんながその大きさに驚きの声を上げた。商人が高値で引き取るだろうとのことだった。


 肝臓など薬に使える部位を除いて、内臓は猟犬に与えられた。猟犬には定期的に野生の肉を与えることで、獣への恐怖心を押さえる訓練がされる。今回の獲物である荒れ熊は猟犬にとっては強い恐怖を与える対象だった。その臭いも強烈な犬の記憶に繋がるからだ。


 プレゼ皇女はやはり安全を考慮して直ぐに王都へ帰還することになった。アラン・ゾイターク伯爵から言われて、プレゼ皇女は抵抗したが無駄だった。お忍びで来ているのに事件がらみで話題に上るわけにはいかないのだろう。


「アダムもアンも、王都で待っているぞ。ドムトルとビクトールも面白いから一緒に来い」


 プレゼ皇女は別れるに当たってそう言い残して行った。

 その後一段落したことで、アダムたちもアントニオやアステリア、ネイアスと共に領主館に戻った。


 領主館ではザクト神殿から巫女で癒し手のマリアが派遣されて来ていた。ネイアスの目を心配してガストリュー子爵が呼んでいたもので、早速治療を受けた。


「まあ、ネイアスったら、大丈夫なの」

「心配しなくても大丈夫だよ。ネイアスも大活躍だったんだ」


 出迎えた第一夫人のフランソワにガストリュー子爵が心配しないように言った。

 ネイアスは目を洗浄され、マリアの水魔法による毒の除去と血流の調整を受けてしばらく安静に睡眠をとるように寝かされた。フランソワが横に付いて、ネイアスに有無を言わせなかった。その様子を見て、アダムもアンもセト村のメルテルを想い出して、少し感傷的な気持ちになった。


 落ち着いたところで、アダムはアステリアに聞こうと思っていた話を聞いた。


「アステリア先生、荒れ熊やカラスを誘導するような魔法はあるのですか」


 アダムの質問にアステリアは少し考えるようにアダムを見てから言った。


「そうね、他人の意識を乗っ取って人を殺させたり、自殺させたりする魔法があるとすれば禁呪でしょうね。でも私は聞いた事が無いわ」

「それにしても、5つのエレメンタルで分類される魔法体系には馴染まないですね」とアンが言った。

「火でも水でも木や風や土魔法でもないなら何だよ。光かな」


 ビクトールが口を挟んだ。


「馬鹿、そんなのが光魔法な訳ないだろう。それなら闇魔法だぞきっと。そうか、、、、アダムの神の目も鷹の意識を乗っ取るんだから、闇魔法じゃね?  もともとお前だけ使えるのはインチキなんだよ」


 ドムトルがふざけてはしゃぎ回ったが、他の誰も笑わなかった。


「ドムトル、馬鹿なことを言わないで、オーディンは神の眷族だったのよ。光魔法に決まっているじゃない」とアンが食ってかかった。


 アダムたちは治療を終えたマリアと一緒に神殿へ帰った。


 後で聞いた話では、捕まった2人の賊は王都に本部がある暗殺ギルドのメンバーと言う事だった。彼らは仕事ごとに雇われる浮浪者の犯罪者で、背景も繋がりも分からないとの話だった。

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