第30話 密猟者との戦闘

 アダムたちが水車小屋を見張り出してから20分が過ぎようとしていた。カルロが戻ってくる様子はまだない。順調に行ってもまだ20分から30分くらいはかかるだろう。


「ねぇ、ジョゼフ、このままずっと待ってるのか」


 ドムトルが焦れて来たようだ。確かに待っているだけだと、時間が経つのが遅く感じてしまう。アダムもそれは同じだったが、相手は4人もいるのだ。


「相手は大人が4人はいるんだぞ。カルロが応援を連れて戻って来なければ、俺たちだけで捕まえるのは無理に決まってる」


「アダムの言う通りだよ。ぼくたちだけじゃ無理だよ」

「でもよ、ビクトール。本当に応援は来るのかよ」

「ドムトル、無理を言わないで」とアンも抗議した。


 神の目を近くの立木に停まらせて、定期的に飛ばしているが、応援が来る様子はまだ見えなかった。


「それより、もしもの時の手順を説明しておく」とジョセフがみんなの顔を見回した。

「密猟者が出てきたら、俺が相手をする。ビクトール坊ちゃんんはカルロのクロスボウをいつでも撃てるように準備しておいてください。姿は見せないようにお願いします。ドムトルはリールをしっかり握って離さないこと。向こうの猟犬が来たら、ビックママを当てる。アンはウィニーを持っていてくれ。アダムは俺の備えだ。お前が一番剣が使える。もし相手が3人以上で来たら即全員で逃げる。犬は2匹とも放して相手に当てる。殿は俺だ。他のみんなは番小屋を目指して走ること。いいな」


 ジョゼフの話にみんなが頷く。

 水車小屋からは70mくらい離れているが、ここを出るとお互いが視認できる。ビクトールのクロスボウで当てるにはやや遠いが、密猟者の弓では十分狙える距離だ。

 アダムは対抗策として投石帯を準備した。冒険者のクロノスに教えて貰って自作していた。


 布を捩ねじって作った紐の一端をリング状にして手首に通して持ち、二つ折りにして端を握り、真ん中に挟んだ石を振り回して飛ばす。適当なところで手を緩めると片方の紐が外れて石が飛び出す仕組みだ。クロノスから石の代わりに使う陶器で出来た紡錘形ぼうすいけいの弾も貰っていた。


 アダムが試しに振って見せるとジョゼフが聞いて来た。


「アダム、それは誰に教えてもらったんだ」

「冒険者のクロノスさんから教えてもらったんだ」


 クロノスの話では、弓より飛距離があり、一撃で相手を昏倒させる。弓よりも狙いの精度は劣るが、相手に与える脅威は大きいと聞いていた。大昔のアンドラシル帝国との聖戦では、この投石帯の弾は敵の鎧を貫いて肉を穿ったと聞いた。アダムは自主練をする時にも練習していて、ある程度自信があった。


「アダム、無理をしないでね」

「俺も一緒に作っておけばよかったぜ」


 アダムはこのまま何も無く時間が過ぎ、カルロが応援を連れて戻ってくれることを祈った。

 それから15分くらい過ぎた頃に、水車小屋に動きがあった。


 小屋の扉が開いて、1匹の猟犬が飛び出して来た。飼い主が出て来るのを待っているのか、こちらに少し近づいた所に止まって戸口を見ている。

 だが、それだけでは終わらなかった。猟犬は頭をこちらに向けて、気になるように唸った後、歩いて近づいて来た。


「ドムトル、ビックママを引いて、ゆっくり土手を戻れ。密猟者が出て来ても、お前一人が偶然通り過ぎて行くように見せろ。相手が追いかけて来たら、やり過ごして後ろから俺が当たる」


 ジョゼフが素早くドムトルに指示をする。


「誰も出て来なかったらどうする」

「その時は、時間を置いてまた戻って来い」


 ドムトルはニヤリと笑うと、よしと言って、土手に上がった。度胸の良いところを見せたいのだろう。ビックママもドムトルに引かれると、抵抗せずに河原を戻って行く。


 すると、それを見た猟犬が鳴き声を上げて、ドムトルを追おうと走って来る。ビックママがそれに気が付いて、振り向いて鳴き声を上げた。

 水車小屋の戸口が開いて、男が一人出て来た。


「おーい、止めろ、どうした」と声を出したが、ドムトルに気が付いたようだ。


 男は戸口に戻って、水車小屋の中に声を掛けると、ドムトルの方へ走り出した。猟犬が男を待って一緒に走って来る。水車小屋からはそれ以上誰も出て来なかった。通りすがりの子供と見て、話を聞こうとしているのだろう。


「アダム、やり過ごしてから俺が当たる。ビクトールとアダムは小屋から人が出て来たら、クロスボウと投擲で牽制して時間を稼いでくれ。その時はアンもウィニーを放して牽制させろ」


 ジョゼフはすぐに飛び出せるように、土手の茂みに隠れた。

 アダムたちは土手の立ち木に隠れて姿が見えないようにする。アダムにはここから急に時間がゆっくりと過ぎて行くように感じた。


 男が少し離れた土手の道を急いで通り過ぎて行った。猟犬は少し気にする様子も見せたが、走って行く飼い主を追うので止まることは無かった。


 土手をしばらく進んだところで、男はドムトルを止めて話しかけた。猟犬がビックママの周りをうろついて臭いを嗅ごうとする。

 ドムトルはビックママを挟んで男と向かい合った。何か適当なことを話しているようだ。


 ジョゼフが急いで土手に上がって後ろから男に近づくと、いきなり手槍で男の肩口を殴りつけた。男が叫び声を上げて跪いた。そこをまたジョゼフが後ろから叩き付けて昏倒させた。


 猟犬がけたたましく鳴き出して、ジョゼフとドムトルの周りを飛び回った。

 ジョゼフはすかさず男の側によると、武装解除して紐で後ろ手に縛った。


「こら、静かにしろ、この馬鹿犬」


 ドムトルが猟犬を押さえようとするが、飼い主を倒された猟犬は、すでに敵認識をしていて襲い掛かって来た。それにビックママが応戦する。


「ドムトル、ビックママを放して、こいつを運ぶのを手伝え」


 ジョゼフがドムトルを呼んだ。2人で男を持ち上げて、アダムたちの方へ運んで来ようとする。

 猟犬とビックママの戦いが大きくなる。猟犬が大声で鳴き出した。


「水車小屋から来るぞ!」とビクトールが警告を上げる。


 外の様子を見に出て来た男がジョゼフたちを見て警告の声を上げた。水車小屋から更に2人の男と猟犬が出て来た。1人の男が河原の土手を指さして何か喋っている。その声に答えて男たちがこちらへ走ってこようと動いた。


 その時、ビクトールがクロスボウを男達の1人に向かって撃った。先頭を行く男に命中したかと思ったが、その横を走っていた猟犬に突き刺さった。


「弓で狙われいるぞ、注意しろ。敵が他にもいる」


 走り出していた3人が立ち止り、姿勢を低くして、隠れ場所を探して動いた。1人は水車小屋の中へ走り込んだ。弓を取りに行ったのかも知れなかった。他の2人は、矢の飛んで来た木立の方を見て、手近な障害物を探して動く。


 後ろの方でジョゼフとドムトルが男を抱えて走って来る音がした。ビックママと猟犬の戦いは、辺りを転々と移動しながら続いている。


「アン、ウィニーも放してビックママの応援に行かせろ」


 ジョゼフが走り込んで来てアンに指示をした。アンがウィニーを放すと、ウィニーはビックママの方へ走って行った。


「どうだい、俺の演技は?」


 ドムトルがみんなへ話しかける。


「馬鹿、まだ相手は3人もいる。向こうが優勢だ。ビクトール、クロスボウでしっかり狙え」


 ジョゼフが立木から水車小屋を覗いてみた。

 水車小屋の中から弓を持った男が出て来た。こちらに向かって矢を射って来る。羽音をさせて矢が飛んで来た。


「注意しろ、下手に頭を出すなよ。なかなか上手いぞ」


 弓の応援を受けて、他の男たちがこちらへ向かって来る。すかさずビクトールが前を行く男に向かってクロスボウを撃った。男たちは姿勢を落として怒りの声を上げた。

 アダムが神の目を飛ばす。”Oculi Dei” 神の目を急上昇させて辺りを俯瞰する。西門方向を見て、応援が来ないのか確認した。


「西から、馬が来る。応援じゃないか? もう少しだ」

「やったぜ!」


 アダムの報告にドムトルが喜びの声を上げた。

 相手の男達も追手の気配を感じたのだろう。弓を持った男が立ち上がって、畑沿いの道を見た。男たちに動揺が走り、浮足立ったの分かった。


 アダムは立ち上がると、立木から走り出して投石帯を振った。弾が放物線を描いて飛んだ。紡錘形の弾はラグビーボールのように回転しながら飛んで行って、1人の肩口にぶち当たった。男が肩を押さえてうずくまった。


「やった」とアンが歓声を上げた。


 残り2人になった敵は、もう後ろを見ずに逃げ出した。道の向こうに追手が見えたので、2人の男たちは2手に別れて小麦畑の中へ飛び込んでいく。


「追うぞ」


 ジョゼフが叫び声を上げて走り出した。みんながその後に続く。

 アダムは神の目を先行して飛ばす。”Oculi Dei” 逃げて行く男達の1人で、獣人と思しき男の逃げ足が飛び抜けて速い。もう1人は西門から来た追手が追いつきそうだった。


「こっちは無理かな」とビクトールが弱音を吐いた。


 神の目が上空から迫って行く。しかし、とてもじゃないが大きくて、神の目に敵う相手ではない。アダムは狙いを変えた。獣人の眼深に被った帽子を狙う。滑空して背後に迫った。

 寸前で獣人が飛び上がるように振り返った。右手を上げて神の目を払おうと手を振った拍子に帽子がめくれ上がった。


「ガイだ、あいつはガイだぞ」


 ドムトルが叫び声を上げる。その後男は振り向くことは無かった。もう何も気にしないで逃げることに徹して走って行く。西の沢の土手を登り河原を越えた。神の目はついていくが、しばらくして森の木々の中に消えて行った。

 立ち止ったジョゼフがアダムに近づいて来た。


「もう少し、神の目で追いかける?」

「いや、ドムトルの話じゃ冒険者らしい。もう手配できる。十分だよ」


 アダムたちが水車小屋に戻ると、カルロたちも捕まえた男を連れてやって来ていた。


「アダム、活躍したらしいじゃないか」

「クロノスさん」


 声を掛けてくる人を見てアダムが驚いて声を上げた。ガンドルフの冒険者仲間のクロノスだった。クロノスは追跡の専門家として追手に加わっていたらしかった。

 置き去りにした狩りの獲物や荷物を取って、アダムたちは番小屋に戻った。暫くして、捕まえた密猟者を衛士と一緒にザクトへ護送したカルロも戻って来た。


「西門の衛士から連絡が行って、領主と冒険者ギルドから捜索隊が出るらしい。ガイの冒険者仲間も1人捕まったが、自分は知らないと言っているらしいよ」


「レイも捕まったのか」とドムトルが聞いた。

「いや、レイはまだ見つかっていないようだ」

「あのレイが捕まらないと、少し心配ね」とアンがアダムを見た。

「でも後は時間の問題だろう。逃げ切れるわけがないよ」


 アダムはそう言ったが、自分でも疑わしい気がした。相手はベテランの冒険者だ。何としても生き抜くだろう。


「何にしても、初めての狩りとしては上出来だ、お前たち」


 ジョゼフがみんなを褒めてくれた。


「狩りの獲物を忘れるなよ。神殿の料理長も喜んでくれるさ」


 カルロが血抜きした獲物を馬車に乗せて神殿まで送ってくれた。

 こうしてアダムたちの初めての鷹狩りは終わった。

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