第31話 貧民街の密談

 そこは場所も知れない部屋の一室だった。


 月も無い暗い夜、窓際の椅子にマントの男が座り、足元には大きな黒い獣が寝そべっている。部屋の中央には絨毯に車座になった男たちがいた。何人かがエンドラシル帝国東部で流行している水パイプを吹かしている。大半が獣人だった。全員が仮面を着けていた。


「今度の狩猟会には王都の貴人が参加するらしいぞ」


 その男は水パイプを口から放して、周りの男達を見渡して言った。男は王都からの連絡だと伝えた。まとめ役らしい。


「狙いは誰なんです。俺たちは誰を狙えばいいのです、お頭」


 部屋の隅っこで膝を抱えて、手の爪を噛んでいる男が言った。窓際のマントの男を見ていた。


「キャンキャン騒ぐなよ。俺たちは言われた奴を殺せば良いんだ」


 横に寝そべっていた男が、男を見上げながら答える。無意識に手元のレイピアを弄っていた。


「色々教えてもらわないと、上手く動けねぇ。それより」と隅っこの男が返した。

「お前、強い事言っても、あの子供に負けたらしいじゃないか。ええ?」と笑った。

「言っとけ、遊びだからな」とレイピアの男も返した。

「俺たちの使命は混乱を起こすことだ。闇の御子の選抜が始まる。眼を向けさせないことだ。それよりも、ガイの話じゃ、あいつ鷹使いらしいぞ。顔を見られたのはあいつのせいだと言っていた」


 水パイプのまとめ役の男が言った。


「ガイは今どうしている」


 窓際のマントの男が聞いた。


「あいつは出ていったよ。奴らが王都へ行く途中を狙って仕返しをするってさ」


 レイピアを弄りながら寝そべった男が答える。


「鳥小屋を焼いてしまえ」


 窓際に座った男が言った。顔が笑っているように見えるのは、ピエロの化粧をしているからだった。


「姫の側近か。お頭、ガキでもやっぱり何かあるのかな?」

「心配性だな、お前は。その時になったらやればいいんだよ」


 水パイプの男が、まあまあ、と2人に言って、


「狩猟会で放つ奴の準備は出来てる。中々いない上物だ。並みの大きさじゃない。面白いことになるよ」と続けた。


 後はその場にいた者が思い思いにに気になる事を上げる。


「アントニオは邪魔だ」

「貴人に付いて来る警護は大丈夫か? 俺はそっちが心配だ」

「大物が来るかもな」と頭が答えた。

「そうなのか? 頭」

「アステリア・ガーメントはどうする?」

「魔法使いには魔法使いだな」


 水パイプの男が言う。あてがあると言った。


「狩猟場にカラスを飛ばしておけ」


 窓際に座った頭が最後に言った。

 部屋に残っているのは、ピエロの頭と水パイプの男だけだった。

 足元の黒い獣が窓枠に飛び乗って、大きなあくびをした。


「エンドラシル帝国の東部と西部で闇の御子が立つそうです。頭はどちらが生き残ると思いますか」

「主の選んだ方に従うさ。でもその前に、それぞれ力を見せてくれねばな。皇太子の選抜戦に出られなければ、力を見せることもできぬ。帝国には8つの公国がある。その上で皇太子に選ばれる必要がある」

「闇の御子は8人中2人ですか。まず6人を削るか従えるか、その上で頂点に立つ? なかなかですな」

「なかなか大変だ。削り過ぎると帝国は力を失う。そうなれば主の悲願はかなわぬ」

「姫の役割は?」

「闇の御子は器だ。主が降りるには姫が必要になる」

「難しい役割ですね」

「闇の御子の方は司祭たちに任せるさ。俺たちは注意を引き目を逸らす。そしてその時に備え、姫を孤立させて心を挫くじく」


 ククロウは森の番小屋の軒に停まっていた。定期的に外に出されて、小屋の周りの野ネズミを駆除するためだ。身動きもせずに止まっていた。


 番小屋に近づいて来る二つの黒い影があった。気配を消して近づいてくる。

 ククロウが警戒の声を上げた。それは人には聴こえ難い音域の声だったが、猟犬や鳥小屋の鷹には十分な警告だった。ウィニーが大声で鳴いた。


「カルロ、起きろ。鳥小屋を見に行け」


 ジョゼフの反応は早かった。密猟者と戦ったばかりで、仕返しに警戒していた。


「チッ、しょうがねぇな。火をつけろ」

「付いて来て良かったでしょ。オーン、火の神プレゼよ、熱き火の玉をかの敵に与えたまえ。


Orn.Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.


 怪しい男の声に答えたのは女だった。女の手の平から火玉が飛び出す。闇夜にオレンジ色の光球が番小屋に向かって放たれた。女は続けて鳥小屋にも火玉を放つ。


「Orn.Dabit deus ignis ardentis Plese augue ut hosti.」


 番小屋と鳥小屋に火玉が当たって、そこから燃え出した。

 番小屋から手槍を持ったジョゼフとカルロが飛び出して来た。


 ジョゼフは小屋の周りを見渡し、怪しい人影に気が付いた。2人は仮面を着けていて表情は見えない。ジョゼフはそちらに向かいながらカルロに指示した。


「カルロ、鳥を放て。急げ!」


 ウィニーとビックママが賊に向かって吠え立てた。


「じゃ、私は行くわ」と女の賊が言って、後ずさりして行く。

「ああ、俺はもう少し様子を見る」


 男はバックラーと片手剣を構えて、ジョゼフに向かい合う。


 カルロは火勢がついた鳥小屋に飛び込んだ。急いで止まり木の鷹の足を留めている金具を放す。開けられる窓や戸口を全開にして、鷹たちを放し始める。壁や屋根に火が広がり、炎が見える中を放り出すように外へ飛ばした。最後は自分自身も戸口から転がり出た。


 カルロが立ち上がると、ジョゼフは賊と槍を交えていた。賊の男は余裕で対峙していたが、カルロを見て引き際と思ったらしい。ジョゼフに踏み込みざまの一撃を放つと、反転して逃げ出した。振り向きざま、ウィニーの頭をバックラーで張り飛ばした。


「ウィニー、待て。カルロもよせ、深追いは危険だ」


 追おうとしたカルロを止めたジョゼフにカルロが来て報告する。


「親父、ビックママの子供たちが逃げ遅れたみたいだ。それと鳥も5羽くらいは火で羽を遣られている。神の目が見当たらない。無事逃げてくれていれば良いが。今度は鳥たちを逃がす用意がいるな」


 カルロが悔しそうに言った。


 番小屋と鳥小屋が全焼した。倉庫は類焼を免れたが、被害は甚大だった。2人が始末を終える時には夜が明けていた。

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