へのへのもへじ
だいふく(くろあん)
第1話
両親
「私は誰だ?」
目が覚めて数秒後、私の口は、そんな言葉を口にした。それと同時に言い知れぬ不安に襲れる。数分自らの状況を整理して見たところ、どうやら私は自らを見失ってしまったようだ。一日の始まりにまずやっている事と言えば自らを見つけてやることだ。少なくとも私はそう思っている。私は周りを見ていなかったことを思い出す。自らを落ち着かせる意図もあったのかもしれない。まず、私の寝ていた場所だがベットだ、それもキングサイズの、
新品だと思うほど綺麗なこと、かなり高いものであろうことからかなり裕福であることが伺える。私にかかっているもの、布団からもそれは同様だ、羽毛布団である。それもふっかふかだ。こんなものがあれば思わずとびこみたくなるもの。実際に飛び込んだ、それどころか飛び跳ねた。
「朝から元気ねー。そんなに元気な降りてきてちゃっちゃっと食べちゃってちょうだい。洗い物が進まないのよ。のんびりしてると遅刻しちゃうわよー。」
そんな声が下から響いてくる。綺麗な女性の声だ。口ぶりから私と女性の仲は良さそうである。そして私は二階にいるようだ。ちなみに、部屋は、キングサイズのベットがあってもかなり余裕があるほど広く、きっちり整頓された本棚、押し入れ、机にデスクトップPCなどが見受けられる。どうやら私は働いているようだ。それを裏付けるように綺麗に畳まれほのかに柔軟剤のいい匂いがする使い古されたスーツそしてカバンがベットのすぐ横にきっちりと置いてあった。色々調べたが自分のことに繋がるようなものは何一つなかった。至って普通の仕事道具といったないようであった。1つわかったことがあるとすれば私は8時には職場にむかわねばならないということだ。そして、今は部屋の時計によれば7時半である。私はこうして急いで階段を降りていくのであった。
階段を降りた左には廊下その先に扉が三つ、右は玄関がある。私は自分がどんな人物だったのか知りたい。なにより、
『家族がいるのであればいつもの様に振るわまねば』
そんな気持ちに突き動かされ扉を開いた。
女性はどんな顔をしてるいるのだろう。そんなことを考えながら。
トイレであった。
「ごほん」
とても綺麗なトイレである。よく掃除されている。強いて違和感があるところがあるとすれば壁にくっついている棚にきっちりと並べられたトイレットペーパーの間に新聞がはさまっていることだろうか。どうせだから左から順番に回ることにした。二つめの扉開くと洗面台があった。
「トイレに行ったあとだ、ちょうどいい。」
そう言って洗面台の前に立つと私は呆気に取られた。私の顔はのっぺらぼうのようにのっぺりしていてそこに文字がいいやへのへのもへじが書かれてあるのだった。焦って顔をぺたぺたと触る、しっかりと顔の各部位の感覚が確認できる。どうやら私がそう見えているだけのようだ。ほっとすると同時にはっとした。他の人にはどのようにみえるのだろう。
そんな考えはトイレを触った手で顔に触ったことに気が付いたあたりで忘れてしまっていた。手洗いと洗顔を忘れてはいない。きっちりしているので安心してほしい。そして最後の扉を開ける。緊張や好奇心などが混ざりあった気持ちと使命感に後押しされ勢いよく扉が開いてしまう。そこには、2人の男女がいた。エプロンを着て洗い物をしているいかにも母親と言った女性と、少しくたびれたスーツを着て新聞を読んでいるいかにも父親も言った男性そんな二人である。部屋はリビングであり、台所も繋がっているようだ。
「早く食べないと遅刻するわよ。」
しばらくたっていると
「なにぼーとしてるのここよ。」
リビングに真ん中にあるテーブルの椅子へ座らされる。どうやら二人にはどこもおかしく見えていないようだ。ほっとして、テーブルを見てみれば豪華な朝食が広げられていた。
焼き鮭、ご飯、あさりの味噌汁、漬物に、デザートのヨーグルト。なにかいいことでもあったのだろうか。新聞の裏からチラチラ覗く父親らしき男性の瞳に気を取られながらではあったが、あっという間に完食した。
「お母さん、ごちそうさまです。」
思わずそう言っていた。全くの無意識、さながら小学校の先生へ読んでしまったような感覚であった。少しばかりの静寂の末、母親らしき女性は堪えきれなかったように泣き始めた。男性は、それを見るとすぐさま女性の元へと向かい、背中をさする。その後、女性が落ち着いた頃には、8時になっていた。
二人に急かされ、急いで身支度を済ませ、玄関へと向かう。そういえば、玄関には、携帯と財布があるのだと誰かが言っていた気がする。至って普通のその携帯には突然泣いたことへの謝罪と
「行ってらっしゃい」
そして何故だが
「いつでも帰ってきてね」
と母親より書かれていた。
どうやら上手く読むことは出来なかったが、私は『山中 一人』と書くらしいことがわかった。これは、スマホに登録された名前と財布の中の身分証からだ。私はなんだか嬉しくなって勢いよく扉を開け、職場へと向かう。
その時、ふと表札が気になりそこを見る。
「上里」
その文字が目に飛び込んできた。
私の頭は真っ白になった。私は気がついたのだ。私を知ったつもりでなにも知ってはいなかったのだと、私が両親だと思っていた人達は、別人だったのだと。
私は一心不乱に職場へと走るのであった。
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