骨董品の恋

@kami10enpitsu

ソフィアの恋

私の名前はソフィア。

私を大切にしてくれたおばあさんがつけてくれた名前。

私の横顔がおばあさんの亡くなった娘さんに似ているからと。

おばあさんは私をお店で見つけたとき、はっと息をのんだ。

そして「私のソフィア」とつぶやいた。

そう、私はリヤドロの人形。白いドレスを着て少しうつむいた少女のお人形。

おばあさんの小さな寝室のサイドテーブルの上で、私はずっとおばあさんと暮らしていた。冬には「今日は一段と寒いね」、春になると「庭のクレマチスが咲いたよ」といって、私の横にその花を一輪ざしに入れてかざってくれた。

夏の暑い日は「ここじゃ日差しが暑いね」と言って、いつものサイドテーブルからキッチンに通じるドア寄りのチェストの上に移してくれた。

秋には、そう秋は本当は一番好きな季節だった。

「柿の実がこんなにきれいなオレンジだよ」 

「どんぐりでネックレスを作れそうだね」と

私の足元にいつも楽しい季節の贈り物をかざってくれた。

でもあの季節外れの寒さがやってきた秋の終わりのある朝、おばあさんはベッドで目を覚まさなかった。

前の晩に「お休み。明日は晴れるかね」と話しかけてくれたのに。

私は何度も呼びかけたけれど、おばあさんは目を覚ましてはくれなかった。

それから秋は悲しい季節になってしまった。

おばあさんの遠い親せきの人が来て、多くはないおばあさんの荷物を整理していった。

そして、私はこの骨董店へやってきた。


店主が包んでいた新聞紙から私を出して、お店の中央の台の上に並べた。

「あら、新入りさんね」と声をかけてくれたのはミセスパンプキン。

ミントン社製のティーポット。丸みのある形に黄色の小花模様が温かな印象だった。

「初めまして」私は小さな声であいさつをした。

「かわいらしいおじょうさんだね。お店が明るくなっていいわ」ミセスパンプキンは朗らかな声で言った。

「ほんとうだ。いつも同じ顔ぶれじゃ話もつまらんからな」と言ったのは古い置き時計のジョージおじさん。つやのあるオーク材の体が安心感を与えてくれた。 

「あら、私は色々楽しい話題を提供しているつもりですけど」

と少し不満げな声が、ジョージおじさんの斜め後ろのちょっと高くなったかざり台の上から聞こえた。とても手の込んだ金細工の縁取りで囲まれた美しい女性のカメオのブローチだった。

「こんにちは、私シャーロットですわ。よろしくね」

「よろしくお願いします」

おばあさんとの別れでふさぎ込んでいて、これからどうなっていくのか不安だらけの私の緊張がほんの少し和らいだ。

骨董店の日々は思いのほか楽しかった。

時々店主は私たちの陳列を模様替えするので、そのつど新しいお友達ができた。

銀製のボンボニエールのエミリは、前の持ち主のお屋敷での華やかなくらしを面白おかしく話してくれた。

「私は甘いキャンディで一杯になって、パーティー会場はきれいなお花と、素敵なドレスで着飾ったご婦人達でとっても華やか。うっとりするのよ」

「僕だってパーティーは好きさ。ごちそうが一杯並ぶからね」と元気よく賛成したのはこれも銀製のスプーンのトム。

トムはセットになったカトラリーだったけれど、お父さんやお母さんと離ればなれになってしまい、今は末っ子の妹、デザートスプーンのメグと二人だけ。

寂しいはずだけれどいつも元気一杯。

銀食器コーナーの横は少し場違いな気もしたけれど、おばあさんとの静かな生活からは想像もできなかった華やかで活気にあふれた話しを聞くのはとても楽しかった。

しばらくして久しぶりにまたミセスパンプキンのとなりになると、勢い込んで

「元気だった? 最近ジョージはあなたと話せないからご機嫌斜めだったのよ」と言った。

「誰がご機嫌斜めだったって?」とジョージおじさん。

ミセスパンプキンとジョージおじさんは不思議といつも近くにかざられるから仲良し。しばらく旅行に出かけていてわが家に帰ってきたような安心感につつまれる。

「ソフィア、エミリ達は元気?パーティーのお話聞いた?」といつものジョージおじさんの斜め後ろのかざり台から、シャーロットさんが言った。

「はい、初めてのお話ばかりでとても楽しかったです」

「私も昔、年に数回はパーティーがあったわ。そんな時、主は私をワンピースの胸元にかざってくれたものよ。でもずっとカジュアルなものだったからエミリ達のゴージャスなパーティーの話は大好きよ」

「そういえば、そろそろクリスマスも近づいてきたな」とジョージおじさん。

「ほんとにめっきり寒くなってきたわね。お店のドアが開くと風の冷たさに驚くもの。でもクリスマスはいいわ。街がイルミネーションで輝きを増すから」

ミセスパンプキンが、お店の少し曇った窓ガラス越しに輝く街の明かりに目をやりながら言った。

けれどせっかくお友達になったのに別れの日がくるときがある。

しかもとつ然に。

二週間ぶりに銀食器コーナーの横に置かれたとき、エミリの姿がなかった。

「エミリは?向こう側の棚になったのかしら?」

銀のスプーンのトムが言った。

「知らなかったの?エミリは三日前に新しいご主人様のもとに行ったよ」

「三日前?」あのカシミヤのコートを着たご婦人かしら。

「ソフィアによろしくって言ってたよ」

「そう・・・、有難う」

さよならも言えなかったけれど、もしあのご婦人ならエミリの好きなパーティーのテーブルでまた活躍させてくれるに違いないわ。そう願った。

そんなクリスマスも真近いある日のことだった。

私は珍しくお店の入口近くの棚に置かれていた。とう器やピューターや銀製のフォトフレームがたくさん並んでいた。写真の入っていないフォトフレームは何となく寂しそうで、そのためか誰も初めての私に話しかけてはくれなかった。

そのとき店主が柔らかい布でくるまれていたブロンズ像を私のとなりに置いた。

こつん。

「あ、失礼。大丈夫ですか? 傷はつかなかった?」

その細い、背の高い騎士の腰にさした剣の先が少しだけ私に触れたのだ。

「大丈夫です。ご心配ありがとう」

それが私とルイの出会いだった。

柔らかそうな髪、きゅっと結んだ唇、瞳はどこか遠くを見ているようだった。

だから、それ以上話しかけることはできなかった。

おしゃべり好きで私をやさしく迎え入れてくれたミセスパンプキンも、

何気ない一言が心をいやしてくれるジョージおじさんも店の奥の方の棚、

そしてシャーロットさんはお気に入りの銀食器コーナーの横で、いつものみんなが誰もそばにいなかった。 しばらくはとても静かな時間が過ぎた。

街に流れるクリスマスを祝う音楽がショーウィンドウを通してかすかにお店の中にも聞こえてきた。

聞いたことのある曲、おばあさんと過ごしたクリスマスに聞いていた曲。

「あの子がくれたクリスマスプレゼントなのよ」と言って、毎年イヴにはその

オルゴールのねじを巻いて、優しい音色に聞き入っていたおばあさん。

おばあさんの目に涙が浮かぶのをただ見守るしかなかった静かなイヴの夜。

あのオルゴールはどうなったんだろう。

そんなことを思い出していたからだろうか、とても悲しげな表情になっていたのかもしれない。

「きみ、大じょうぶ? 僕はルイです。さっき当たったところが痛みだしたんじゃない?」

と心配そうに彼が話かけてくれた。

「ありがとう、私はソフィアです。本当に何ともありません。ただ・・・」

と、おばあさんとの思い出をルイに話すことになった。

ルイも自分がどこから来たのかを話してくれた。

ここより少し北の方にある代々続いていた、ある資産家の大きな家の居間にずっとかざられていたこと。

ルイはその家族が大好きで、かわいい男の子が生まれ、立派な若者に成長して、そしてその家を継いでいくのを何代も見守ってきたこと。

でも、先代には男の子が生まれず、かわいい一人娘は外国の人と結婚して家を出てしまったこと。

そしてその両親も最近亡くなってしまったから、娘さんは家を処分してしまったこと。

そうしてここにやってくることになったこと。そんなことを簡単に話してくれた。

クリスマスから年の瀬までずっと私とルイは同じ棚にかざられていたから、私たちは色々な話をすることができた。

私はルイが見聞きしてきた昔の話を聞くのが楽しかった。

私には大好きだったおばあさんとの生活しか知らないから、ルイのような何代にもわたる大家族のお話はまるで物語を聞いているようだった。

そしてなぜか、出会ってそんなにも間がないのにいつしか私にはルイといる時間がとても心地よいものになっていた。

話し疲れて二人ともだまってしまっても、ただそこに二人一緒にいられるだけで、心が温かい思いで満たされた。おばあさんと一緒に暮らしていた時のように、いやもっと違う何かを感じていた。

だからクリスマスの夜、私は神様にお願いした。もしも一つだけ願い事を聞いてくださるならずっとずっとこのままルイと一緒にいられるようにしてくださいと。

明日が大晦日という日、今年最後の営業を終えて店を閉めた店主が初売りの準備を始めた。

私はこの店にやってきたときに置かれたお店の中央の台に戻された。幸いルイも一緒に。

そして、ミセスパンプキンやジョージおじさんも奥の棚から戻ってきてくれた。

「あら、ソフィア新しいお友達?」

「初めまして」とルイがあいさつをしたとたん、店主の手が伸びた。

「これは、こっちだった」と言ってルイをフォトフレーム達の棚に戻したのだ。

私のところからは彼の柔らかそうな髪しか見えなくなった。

私の寂しげな顔を見て、

「ソフィア、大丈夫よ。初売りが終わればまた一緒に並べられるわよ」

とミセスパンプキンは言った。

でも、初売りでいつもよりお客さんがたくさん来たら、その中の誰かがルイを気に入ったらと私の心は不安で一杯だった。

銀食器コーナーに置かれていたシャーロットさんも私たちのところに戻ってきた。

「トムとメグは赤いリボンで結ばれていたわ。聞いたら二本まとめて初売りセール品コーナーに置かれる準備だって」と私たちに教えてくれた。

「じゃあ、トム達にも会えなくなってしまうかもしれないんですね」

「初売りセールはお買い得だからねぇ」とミセスパンプキン。

「でもね、トムはこれでメグと離ればなれになることはもうないからってむしろうれしそうだったわ。セール品だってなんだってトムにとっては妹とずっと一緒にいられることの方が何よりなのよ」シャーロットさんは言った。

きっとそうだ。もしかしたら今度の初売りでトム達にはもう会えなくなるかもしれないのは寂しい。けれどトムにとっては別々に売れてメグと離れ離れになるよりはきっといいに違いない。

私はルイと同じ空間にいても、こうして離れているだけで不安なのだから。

どうか二人を大事に使って下さる新しいご主人様に出会えますように。心からそう願った。

年が明けた。

「ハッピーニューイヤー」私たちは互いに新年のあいさつをした。骨董店で初めて迎える新年だった。新しい年はいつもちょっとだけわくわくする。

三日から始まった初売りはやっぱりいつもよりたくさんのお客さんでにぎわった。

お客さんがフォトフレームコーナーに置かれたルイの近くで立ち止まるたびに、私の心は不安でつぶれそうになった。お願い、ルイを連れていかないで。

一週間の初売りセールはざわめきと不安とおどろきのうちに終わった。

少しふっくらした人のよさそうなご婦人が、私の横のミセスパンプキンを手にして

「あなた、これどうかしら?」と、横にいてジョージおじさんの方をながめていただんな様らしき人に言ったときは心臓が止まりそうになった。

ルイのことが心配でたまらなかったけれど、ミセスパンプキンやジョージおじさんとだっていつさよならを言うことになるかわからないのだと思い知らされたしゅん間だった。

「にたようなものがまだわが家にあるだろう」と言われてそのご婦人がミセスパンプキンをていねいに元の場所に置いてくれたから良かったけれど。

初売りセールが終わると、またお店はいつもの静けさに戻っていった。

三日前から店の奥で体の中の機械の動きを調整してもらっていたジョージおじさんもいつもの場所に戻ってきた。

「体が軽くなって、二十歳は若返った気がするよ」

ジョージおじさんが言ったので、私とミセスパンプキンは思わず顔を見合わせてほほえんだ。ちゃんと聞いたことはないけれど、ジョージおじさんはいったい何歳なのかしら。そんなことをふと思った。

そして、トムとメグが新しいご主人様のもとに行ったことがわかった。

どんな人だったんだろう。いつもよりたくさんの人でにぎわっていたからどの人かわからないけれど、大事にしてくれる人でありますように。そしてトムとメグがずっと一緒にいられますようにと祈った。

セールのあとの模様替えで、ミセスパンプキンがなぐさめに言ってくれたことが本当になった。ルイはまた私のとなりにかざられたのだ。

「ハッピーニューイヤー」私たちは少し遅めの新年のあいさつをした。また一緒の時を過ごせることを神様に感謝しながら。

年が明けると寒さが一段と増し、時々雪がちらつくようになった。

その日も大きなぼたん雪が降り始めていた。もう少しで閉店という暗くなりかけた午後にお店のドアが開いて、黒いコートに雪をつけた紳士が入ってきた。その人は軽くお店の中を見回すと、まっすぐに私たちのところに向かってきた。

「うん、これはいい」と言って手袋をはずした手でルイをつかんだ。

ちょうど私たちはヴァレンタインの話をしていた時だった。

「あっ!ソフィア!」

「ルイ!」

私たちがそれ以上何かを言う時間を与えることもなく、その紳士はルイを店の奥のカウンターにいた店主のところに持って行ってしまった。

あまりにもあっけないルイとのさよならだった。

私はその紳士が、ルイが包まれているはずの紙袋を手にして足早にお店を出ていくのをぼう然と見ていた。

あまりにもとつ然過ぎて、あまりにも予想外で現実味がなかった。

しばらく時が止まっていたようだった。

そしてわれにかえったとき、私は起こったことの悲しみを、その心の痛みをどう受け止めていいのかわからなかった。

お別れも言えなかった。いやたとえ時間があったとしても何が言えただろう。

ルイがいなくなった。ルイがいなくなった。

いつかこんな時がくるとどこかでわかっていても、あまりにもとつ然で。毎晩明日もルイと一緒にいられますようにとお願いしていたけれど。

最近は寒さのせいかあまりお客さんもいなかったから、どこかで少し安心してしまっていた。それがいけなかったのだろうか。もっともっと必死にお願いすればよかったのだろうか。

ルイがいなくなった。ルイがいなくなった。

そしてこんなに悲しいのに私のひとみは涙を流さなかった。

ミセスパンプキンやジョージおじさんはしばらくただ静かに私を見守ってくれていた。

どんななぐさめの言葉もなぐさめにはならないと知っていたから。

私にはそれが有難かった。


一週間ほどたったころ、ミセスパンプキンがいつもとは違う低い声で言った。

「ソフィア、大丈夫? 寂しいだろうけれど、でもね、私は思うのよ。どんなに離れ離れになったとしても、ずっとずっと互いに思いやっていれば、そうすればどんなに時間がかかろうと、またきっとどこかで巡り会えるんじゃないかってね。私たちがこうして巡り会ったように、きっとどこかでね」

「ああそうさ。おれは実際にそういう経験をしたよ。この店に初めてきたとき向かいの棚に並べられていたのが最初の主の家のサイドボードの上で一緒にかざられていたランプだったのさ。本当におどろいたよ。そのランプはしばらくして新しい主のもとに行ったけれどな」とジョージおじさんが言った。

そうだ、二人が言うようにいつかきっとどこかでまた会えることを願おう。どん

なに年月がたつとしてもそんな日がくることを信じていよう。


またおだやかな日々が過ぎていった。心のどこかでいつもルイのことを考えていたけれど。

店主が新聞紙や布を開いて新しい品を取り出すときは、ルイだといいのにと思った。そんなはずもないのに。

少しずつ日差しが温かくなり春が近づいてきていることがわかった。

柔らかい風と一緒にお店のドアが開き、一人のご婦人が入ってきた。

どこかで見かけたような気がした。

「あ、まだあったわ。良かった」と言いながらその人は私たちの方に向かってきた。

あ、あの時の人だ。ミセスパンプキンも気づいた。そして

「もしかしたら、お別れかしら。ソフィア、シャーロットさん、ジョージをよろしくね。ジョージ、今までどうも有難う。元気でね」と言った。

ジョージおじさんはだまったままだった。いつもなら「何言ってるんだ」と軽口をたたくのに。

「ジョージさんなら大丈夫ですよ。お元気で」とシャーロットさん。

「はい、本当に色々有難うございました。またきっとどこかで会えますよね。」

私はそう言うのが精一杯だった。そしてジョージおじさんはただだまっていた。

ミセスパンプキンはその少しふくよかなご婦人の手に大事そうにかかえられて店を後にした。

「初売りの時の方でしたよね。とても気に入ってらしたからまた来たんですもの。きっと大切にして下さるわ」そう自分に言い聞かせるように言った。

ミセスパンプキンがいなくなるとあたりはまるで季節が逆戻りしたように暗くなった。本当にどんなにか助けられ、はげまされていたかを知った。

どうかお元気で。そしてきっとまたどこかで会えますように。

だまったままだったジョージおじさんは、次の日にはいつものジョージおじさんに戻っていた。少なくとも私の前では。

このお店に長くいて、いくつもの別れを経験してきたけれどミセスパンプキンとの別れはそれまでとは違ったものだったのだろう。模様替えで向かいの棚にかざられると誰とも話さず一人きりで物思いにふけっているようだった。


すっかり春になった。店の窓から差し込む光が白くなり温かさを増していた。

春は花の季節。おばあさんもよく庭の花を私のためにかざってくれた。

ちょうどジョージおじさん、シャーロットさんと私は、好きな花の話に夢中になっていた。

「私はやっぱりバラ、特に白が好き。昔のご主人様は庭にバラの花をいっぱい育てていて、この季節になると色とりどりのバラが咲き乱れてとても見事だったのよ。お庭にバラのいい香りが満ちていて。中でも太陽の光に透き通るような真っ白なバラはそれはそれは気品があって。ご主人様の胸元にかざられていると、ちょうど花びらが真近に見えるのよ」

「おれは、花はなんでも好きだけれど、バラなら赤かな。ほら自分が茶色いだろう。おれの横に花びんに生けられた赤いバラがあるとなんだか自分も明るくなるし、なんていうかはなやかな赤の衣装を着ているような気がしたものさ」

「私は、コスモスやチューリップをよくおばあさんがかざってくれました。でもどれか一つというならクレマチスでしょうか。おばあさんが好きな花でしたから」

「これ、素敵だわ」突然頭の上で聞こえた。

明るいパステルカラーのストールを羽織った上品なご婦人がシャーロットさんを手にした。

「シャーロットさん!」私はびっくりして声をあげた。

「この方が新しいご主人様になるのかしら。ジョージさんご一緒できて本当に楽しかったです。色々有難うございました。ソフィア出会えてよかったわ。ジョージさんがいるから大じょうぶよね?」シャーロットさんは落ち着いて言った。

「シャーロット、長い間楽しかったよ。このご婦人ならきっと君を大切にしてくれそうだ。気をつけて」

「シャーロットさんお元気で。またこのご婦人の胸元で、このお店にいらして下さることがあるかもしれませんものね。きっとまた会えますよね」

「そうね、またこの方と一緒にお二人に会いに来れそうね」シャーロットさんは明るく言った。

「ラッピングをお願いします」とそのご婦人が店主に言った。

シャーロットさんはこの店に来た時に入れられていたらしいビロードがはられた小さな箱に収められてご婦人と一緒にお店を出て行った。

シャーロットさん、またジョージおじさんと私に会いにきてくれますよね。出ていくご婦人の背中に向かってそう願った。


それからどれくらいの季節が巡ったのだろう。暑い夏が来て、悲しい秋が来て、冷たい風の吹きこむ冬が来て、ルイがいなくなった日のように雪が降って、そしてまたいつのまにか柔らかな光の春が来て・・・季節が巡るたび、それぞれの季節に起こったそれぞれの別れをその都度思い出していた。そんな日々がどれくらい繰り返されたのだろう。いつのまにか私はお店にやってくる、しょく台や花びんや色々な新入りさんたちを迎え入れ、そして幾たびも見送るようになっていた。たった一つの救いは、ジョージおじさんはいつもそばにいてくれたことだった。

そしてどんなに時が流れてもミセスパンプキンやシャーロットさん、エミリにトムとメグ、そして誰よりルイのことは決して忘れることはなかった。

ルイは今どこでどうしているのだろう。私のことを覚えてくれているのだろうか。


またクリスマスが近づいてきていた。

イヴの日、ジョージおじさんと私はいつもの場所で、今までで一番楽しかったクリスマスの思い出話をしていた。この骨董店にきてもう数えきれないくらいのクリスマスを迎えたけれど、ミセスパンプキンやシャーロットさんたち、みんながいたあのころのクリスマスが一番楽しかった。そしてルイがいたあのクリスマスが。

気が付くと一人の若い女性が私たちの前に立っていた。

私はジョージおじさんのななめ後ろ、シャーロットさんの定位置だったところに最近新しくかざられた銀製ブローチのケイトを見ているのだと思った。少しほどけたウールのマフラーの下から、シルバーがとても映えそうな黒いスーツのえりが見えていたから。

けれどその女性が手にしたのは私だった。

「ジョージおじさん」私は助けをもとめるようにおじさんを見た。

その人が私を手に思案している間にジョージおじさんは言った。

「ソフィア、いよいよお別れかな。でもこれがおれたちの宿命だからな。本当に、本当に楽しかったよ。おれはソフィアやミセスパンプキンのことはずっと忘れないよ。ずっとな。元気でな」

「ジョージおじさんもお元気で。私もどこにいても決して忘れません」

何とかジョージおじさんにそう言ったとき、その女性は私を手にして店の奥へと歩き出していた。

「プレゼント用に包んでくださる?」

その若い女性が言ったので、私は不透明のかんしょうざいにくるまれて体にピッタリのサイズの箱に入れられた。

暗やみの中で、店のドアが後ろで閉まる音を聞いた。もうこのお店ともお別れなのだ。もうジョージおじさんにも会えないのだと思うと胸が一杯になった。

私はこれからどこに行くのだろう。プレゼントと言っていたからこの女性は新しい主ではないのだ。いったい私の新しい世界はどんなところなのだろう。

決して忘れたことのないルイと出会った場所、大好きなミセスパンプキン、ジョージおじさん、シャーロットさんたちとの日々が次々に思い出された。


「メリークリスマス! クリスマスプレゼントよ。あのサイドボードの上にどうかしらと思って」女性が弾んだ声で言った。

「メリークリスマス! ほんとうだ、とても素敵だね!」男性の声がした。

急にあたりが明るくなった。

ここはどこだろう?木の香りがする暖かい部屋だった。

私はパチパチと音をたてながら燃える暖炉の横にあるサイドボードの上に置かれた。

ここが私の新しい家? 不安な気持ちでこわごわあたりを見ていたその時、 

「ソフィア?!」

すぐ横の、サイドボードの右の方から声が聞こえた。

そこにかざられていたのは、彼だった。細い、背の高いブロンズの騎士。

「ルイ?!」

一日も忘れたことはなかった。いつかきっとまた巡り会えますようにと毎日祈ってきた。どこかであきらめている時もあったけれど、どんなに離れていてもルイが幸せでありますようにと祈ってきた。いったいどれくらいの季節が巡ったのだろう。

ほんとうにまたルイに会えるなんて。たった一つの願いが現実になったのだ。

しばらくルイも私も何も言えずにいた。ただ二人とも互いを見つめていた。

「元気だった?僕はあれからずっとここにいた。君の幸せをずっと祈りながら」

「私もずっとあなたのことを思ってた。ミセスパンプキンやジョージおじさんが言ってくれたの。ずっと思っていたらどんなに時が過ぎようと、きっといつか巡り会えるって。本当だった」

たきぎがはぜる音を聞きながら、私はミセスパンプキンやシャーロットさんが新しいご主人様のもとへ行ったこと、でもその後もずっとジョージおじさんは一緒にいてくれたからとても救われたこと、そしてお店に残ったジョージおじさんには何とかさよならの挨拶ができたことを話した。

ルイは私たちの主にとって、ここは休か中の数週間を過ごすロッジだということを教えてくれた。だから普段はとても静かなことも。

私たちが出会った最初のように、クリスマスから年の瀬までルイと私は離ればなれだった長い間に起こったことを話し続けた。

とても幸せな時間だった。あの骨董店とちがって、もうとつ然ルイが私の目の前からいなくなるなんてことはないのだから。

私たちはこれからずっととなりにいて、こうして同じ時を刻めるのだ。

暖炉の上の時計が零時を指した。

「ハッピーニューイヤー!」私とルイは同時に言った。新しい年、これからもこうして新しい年を二人で迎えられるのだ。

一月の半ばになるとルイが言ったように休かを終えた私たちの主はこのロッジを後にした。

二人だけの静かでおだやかな時間が過ぎた。暖炉の上の時計の針が動くかすかな音さえ聞こえるようだった。私は、あの時計がジョージおじさんだったらいいのにと思った。

雪が降った日はとくに静かだった。そしてその翌日の朝陽はいつもにまして輝いて窓から差し込み、窓際に立つルイを照らした。

私たちは時おり聞こえる小鳥のさえずりにほほえんだり、木々の枝から雪がすべり落ちる音におどろいたりした。そんなささいな一つ一つのことすべてが楽しかった。

お店に残ったジョージおじさんはお元気だろうか。ミセスパンプキンやシャーロットさんはどうしているのだろう。シャーロットさんはあれからまたあのお店に来られたのだろうか。そうであってほしい。ジョージおじさんがきっと喜ぶから。

私が今こうしてルイと一緒にいることを知ったら、みんなきっと喜んでくれるだろうと思った。

静かであたたかでとても幸せな日々だった。


三月の始め、その日は朝から風が強かった。風でゆれる木々のざわめきがずっと聞こえていた。

昼過ぎになると遠くで雷が鳴り始め、時おりぱらつく大粒の雨音が聞こえた。珍しく嵐になりそうだった。

「ソフィア、怖くない?嵐は初めてだろう?」ルイが心配そうに言った。

「有難う、大じょうぶよ」

その時、閃光がはしり大きな地ひびきが起こった。どこかに雷が落ちたのだ。

「すごい音、体が揺れたわ。」

「何年もここにいるけど、こんな大きな雷は初めてだ」ルイも驚いていた。

しばらくするとどこからかパチパチという音が聞こえ始めた。

落雷でロッジのうら手の森で火事が起こったのだ。パチパチという音はだんだん大きくなり、やがてドアのすき間から煙が入ってくるようになった。

「火事だ」ルイと私は顔を見合わせた。

そして吹き荒れるはげしい風にあおられた炎がロッジを包み始めた。

「ソフィア、君を守ってみせる」

窓際に立つルイは入ってくる炎をしばらくの間さえぎってくれていた。けれど炎はどんどん勢いをまし、赤く熱せられたルイは私の目の前でサイドボードからくずれ落ちた。

「ソフィア、僕は君を・・・」

「ルイ!」私はさけびながら必死に願った。神様、ルイと共に。


そしてソフィアの願いは聞きとどけられた。

次のしゅん間天井の太い梁がソフィアの上に焼け落ちた。そのしょうげきでくだけたソフィアの体は、白い小さな破片となってキラキラ炎に光りながら、溶けていくルイの上に降り注いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

骨董品の恋 @kami10enpitsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る