第48話 本当の自分
「ち、違う、違うの桜ちゃん!」
上半身裸の男の子にベットに押し倒され……何が違うのか自分でもよくわかっていないが、とりあえず誤解だって、私はそんなつもりはないって、最悪悟君の股間を蹴りあげて難を逃れようって、そう思い私を上から見下ろす桜ちゃんに私は必死に言い訳をする。
「……わかってるわかってる、悟にそんな根性無いから、こら! あんた私と同じ様に人様の前で着替えたでしょ! そんな貧相な身体を他人様に!見せんな」
桜ちゃんはスリッパで『スパンスパン』と心地よい音を鳴らして悟君の頭を何度も叩く。
「いて、いてええ、スリッパで叩くなよ!」
「あら、じゃあこの辞書の角で」
「わかった、ご、ごめん、謝ります!」
殺意を感じたのか? 悟君は桜ちゃんに素早く頭を下げた。
「私に謝ってどうするのよ!」
「あ、わ、私は大丈夫だから」
慌ててベットから起き上がり、乱れたスカートの裾を直す……。
「ち、違うんです! 躓いて、そんで雪さんにぶつかって……そのまま床に押し倒したら危ないって思って咄嗟にベットに」
「あ、うん……わかってる大丈夫だから」
「ごめんねえ、悟はバカだから、運動神経しか無いから」
「う、うるせええ」
「さて、それじゃとりあえず、悟は出ていきな」
「い、いや、だから謝って」
「い、い、か、ら、今から女子会するからあんたは出ていきな」
「え?」
「え!」
思わず私も……そう返事をしてしまう。
「ほら、早く下に行ってな」
「何で俺が、ここは俺の部屋」
話しも聞かず、桜ちゃんはポンポンと再び悟君の頭をスリッパで叩き、さらにお尻まで軽く蹴りあげる始末。
ええええええ?! 桜ちゃんて……こんな人なの!? 学校では明るく優しく礼儀正しいってイメージだったんだけど……。
「さーーて」
悟君を部屋から追い出すと桜ちゃんはくるりと振り向き、扉を背にしてジロリと私を睨んだ。
こわ! 桜ちゃんこわ! やっぱりさっきの事……疑ってる?
「あ、えっと、ほ、本当に何でもないの」
「え? ああ、わかってるって、あいつにそんな度胸も根性も甲斐性も無いから」
「あ、あははは……」
じゃ、じゃあ何でそんな目で私を見るのかなあ……。
「まあ、でもちょっと怒ってるけどね」
「あ、ああそうだよね、悟君も平気で女子を部屋に入れちゃ」
いくら桜ちゃんに紹介されたとはいえ、私も知り合ったばかりで部屋に入るって……さすがにまずいよね……。
「違うよ、雪に怒ってるの」
「わ、私?」
桜ちゃんは私を睨み付け、いつものあだ名ではなく雪とそう私を呼んだ。
「……うん」
「え、えっと…………何で?」
まあ、確かに……誘われるがままに来ちゃった私も……悪いかも知れないけど……。
「雪……悟を振った時、なんて言ったの?」
「え?」
「まあ悟が振られるのはわかってたけど」
「──わかってたんだ……」
「その時余計な事言ったでしょ!」
「え? えっと、なんの事かなあ」
「惚けても駄目!」
「い、いやえっと、その、何か言われたの?」
「……くっ……」
「なんてなんて?」
知ってるけど私はあえて聞いてない様に装う。
「そ、その……好き…………って」
「ん?」
「す、好きかもって! い、言われたの!」
そう言った瞬間桜ちゃんの顔はこれでもかってくらいに真っ赤になって……ああもうめんどくさい、早く付き合いなさいよ。
「あ、へええ、それで、桜ちゃんはどう思ったの?」
「ど、どうって……」
「嬉しかった? 嬉しくなかった?」
「そりゃ……誰からでも好意があるって言われれば……違う! 今はそう言う事を言ってるんじゃなくて!」
「なくて?」
「な、なくて……と、とにかく悟に余計な事言わないで! 私と悟は……姉弟みたいな物なの、それを変にしたくないの、雪のせいで気まずくなって、そんなの嫌なの! このままこの関係がずっと続けば、一緒に居られれば私はそれで良いの」
その言葉に私はカチンと来た……そしてその言葉に矛盾を感じた。じゃあ何で私に悟君を紹介したの? なぜ会わせたの?
「本当何言ってるんだか、桜ちゃんの言ってる事は矛盾だらけだよ、じゃあ何で私と悟君を会わせたの?」
「そ、それは……悟が……」
「じゃあさ、もし私が悟君と付き合ってたら、どうしてたの?」
「それは、でも、そうだとしても私と悟の関係は変わらない」
「……あはは、桜ちゃん、それは私を買い被り過ぎだよ」
「え?」
「私ね、好きな人には私だけ見て欲しい、他の人と私以外の人と話すのも嫌、もしそうなったら私、桜ちゃんとは、きっぱり離れてって言うよ」
そう、そうなんだ。私はそういう人間なんだ。お兄ちゃんの幸せを願ってとか、お兄ちゃんが選んだ人ならとか、恵ちゃんだったらとか、そんな事を思って、そう自分自身に思い込ませていた。でもこうなって、お兄ちゃんが星空さんと……あんな事になって、はっきりとわかった。
私はお兄ちゃんだけに見て欲しい、お兄ちゃんは私だけ見て欲しい……他の人なんて知らない、お兄ちゃんの幸せなんて知らない。
私は自分勝手なエゴイストなのだ……。
「雪? ゆ、ゆっきー?」
「離しちゃだめ! 桜ちゃん、好きなら離しちゃ駄目だよ……人の事なんて、相手の事なんてどうでもいい、自分の事を考えないと後悔するよ絶対に……」
そう、バカは私だった。恵ちゃんなんて、おばさんなんて、星空さんなんて、そして……お兄ちゃんなんてどうでもいいんだ。自分の気持ちだけ、それだけ考えれば直ぐにわかる。何でそんな簡単な事気が付かなかったんだろう。
ポロポロと後悔の涙が出る。もっと早くそう思っていれば、お兄ちゃんに言ってればううん、今からでもまだ間に合う……。
「ゆ、ゆっきーー……」
「桜ちゃん……逃げちゃ駄目だよ……悟君からも、自分からも、逃げちゃ……駄目、ちゃんと聞いてあげて悟君の話、心の中の本当の自分、ちゃんと話して?聞いてあげて?」
私は桜ちゃんを真っ直ぐに見てそう言った。それはまるで自分自身に言うように、自分の心に、泣きながら桜ちゃんに…だ間に合うって、今ならまだ……間に合うと、そう訴えかけた。
私はずっと良い子を演じてきた、お兄ちゃんにも、誰にでも。
でもそれは違う本当の私は良い子なんかじゃない。
もっと感情的で、もっと自分勝手で……。
もう隠さない、もう良い子じゃいられない。このままじゃきっと後悔する。
いつか後悔する。
だから、これから私は自分の事だけ考える。自分の幸せの事だけ考える。
だから、もう離さないって決めた。自分の幸せの為に、お兄ちゃんをあいつから奪い取ってそしてもう誰にも渡さない。
……もう一生離さない……一生離れない。
自分の為に、自分の為だけに自分が幸せになる為に……。
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