第12話 賢くんと雪ちゃん


 入学式と卒業式、そして時々学校に行く時の数回しか袖を通していない高校の制服、勿体ないと思いタンスの奥にしまっていたのが仇になった。


 ひょっとしたら反抗期かも知れない。そんな妹の折角の提案を無下に出来ない俺は、仕方なくと約十年振りに袖を通す。

 

 多分何度か洗ってくれていただろうか? タンスの奥にしまっていた割りに臭いはしない。

 

 ひょっとしたら妹は前から俺が普通に高校に通えなかった事を気にしていたのかもと、制服を着て改めてわかった。


 俺の体型はほぼ変わっていない、身長も中学時代でほぼ止まっている。

 なので……普通に着れてしまった。

 まあ、飲み会とか、付き合いとかもないから中年太りにもならないからって……さすがにまだ中年と呼ばれるには些か抵抗がある。


「まあ……高校生に見えなくもない?」

 自己判断ではこれくらい老けた高校生もいなくはないかも……と、自分の顔が少々幼く見える事に若干複雑な気持ちなる。


 俺はそのまま部屋を出てリビングに入ると、既に制服を来た妹が俺を見て言った。


「お兄ちゃん! 似合う! 高校生みたい!」

 お世辞だとわかってはいるが、現役JKである妹にそう言われ、少しその気になってしまう。


「コスプレっぽくね?」


「ううん、格好いいよお兄ちゃん! 写真撮っていい?」

 スマホを取り出し俺に向ける妹。


「そか……」

 滅茶苦茶照れくさいけど、悪い気はしない……ついつい調子に乗ってポーズなんかをしてみる。


「あははは、そういう所はフル! って感じ~~」

 俺の取ったポーズを古いと言われるも、記念撮影なんてした事ない俺には何が古くて何が新しいかもわからない。

 

「じゃあ行こっか」


「……マジで?」


「マジで!」

 本当にこの格好で外に出るのか? いや、いくら夜でもバレるだろ?

 

「さあ、行くよお兄…………賢くん!」


「け! 賢くん?」


「そう! 今から私たちは高校生カップルだよ!」


「いやいやいやいやいやいや」

 なんだこのコスプレイは? 29才と15才、いや、その前に兄妹だぞ? これでも俺は社会人だし、いやその前に初めてのデートが妹と、って……そんなお情けみたいなのは……。


「ちょっと、ちょっと待ってくれ」

 俺は玄関で靴を履く妹を、そう言って止めた。


「何?」


「いや、こんなのおかしいだろ? そもそもお前は良いのか?」


「何が?」

この妹は何もわかっていない……。俺は妹に向かって少し強い口調で言った。


「いや、だってさ、お前にとってもこれって初めてのデートになるんじゃないのか? それを兄である俺で、こんな……おじさんで良いのか?」

 いくら振りとは言え、ラブコメなんかに出てくる様な、気になる同級生とかならまだしも、こんなおじさんで、しかも親代わりでもある兄でと……もし俺の為になんて考えなら……正直止めて欲しい……もし、妹の心の傷として残りでもしたら、俺は一生後悔する。


「……バカ言ってないでほら靴履いて」

 

「いや、ちょっと言ってる意味わかんないのか? 友達とかに見られたらなんて言うんだよ!」

 俺にそんな友人知人は近所にいない……でも妹には……。


「うーーん、じゃあ彼氏って言っておくよ?」


「いやいやいやいやいやいや、駄目だろ?」

 そもそも俺が通報されるのでは? 色んな意味で捕まるだろ……。


「もう往生際が悪いなあ、賢くんは! じゃあこう言えばいい?」

 靴を履いた妹は俺に向かって、真剣な顔で言った。


「ずっと……ずっと前から好きでした……私と、付き合って下さい!」


「へ?」

 うるうるとした瞳でそう言って俺を見つめる妹……いや、嘘だとわかっても、冗談だと知ってても、こんな目で言われたら……勘違いしてしまう。


「いいでしょ? け、ん、さ、く、先輩!」

 俺がドキドキして黙っていると、妹は満面な笑みで俺をそう呼んだ。


「ええええ?!」


「ほら行くよ!」

 そう言って俺の手を掴むと、玄関を飛び出る。


「ま、待って待って、靴が、靴が履けてない!」

 踵を踏んだままの状態で玄関から引き出される。

 妹は俺を外に出すと鍵をかけた。


「さあ、これでもう入れないでしょう」


「あ!」

 財布も鍵もリビングに置いたまま……。

 俺は妹の策略にまんまと嵌まってしまった。


「さあ、諦めて青春しに行くよ~~」

 俺の手を握ると、スキップを踏むかの様に楽しそうに歩き出す妹……俺は近所の目を気にしながら、仕方なく妹と手を繋ぎ一緒に歩き始めた。

 それにしてもさっきの告白に……俺は……正直ドキドキしてしまった。

 まるで本気の告白の様な気がして……。


「まさかね……」

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