第117話「顕現する黒き絶望」


「そんなに見つめて、どうしたんだい快利?」


「いや流そうとすんな明日は忙しくなるから寝るぞ、今さら特訓しても付け焼き刃になるだけだ」


 俺がそう言って慧花の腕を取ると彼女は俺から目を逸らすように月を仰ぎ見てポツリと言った。


「すまない快利……私のミスだ」


 いきなり謝られて意味が分からなかった。思わず困惑して聞き返す俺に振り返った慧花の目は薄っすら濡れていた。


「何だよ藪から棒に……ってお前、泣いて……」


「私は、この期間に君とのカップリングスキルが目覚めると予想していた……だが君との絆を深めることは出来なかった、私の想いなんてしょせん、この程度か」


 那結果の分析で俺とのカップリングスキルスキルは絆を深めた者同士で習得できるというのが定説になりつつある。実際、ルリとの絆を取り戻し発動したのが最初で次にエリ姉さん、ルリ姉さん、モニカ、セリカと半年の間に色々と思い出すと確かにそうだった。


「慧花、スキルが有ろうが無かろうがさ、この世界で頼れる人間は少ないから助かってるんだ、だから……な?」


「ふっ、そうだな……私とした事が決戦前にナーバスになっていたな」


 泣いていたかと思えば涙を手の甲で拭って強がった笑みを浮かべていて慧花なりの発散方法だったのかも……泣いて発散するタイプもいると聞くしな案外デトックス効果で良いのかも知れない。


「心配すんなよ、一度は勝ってるんだ次も勝てるさ」


「だが、千堂グループいや仁人さんの考えでは……」


「ああ、イベドが最後に残した復讐用なら確実に強化されているって話だろ? 気を付けるさ」


 そして俺は慧花を部屋の前まで送ると自分の部屋に戻った。それから数時間だけ寝て朝日が昇る頃に目が覚めていた勇者時代はあまり寝れなかったから何となく思い出して苦笑する。


「さて、朝ごはんの用意だけしておくか……」


 その日の始まりは普通のイブだった。クリスマスイブは普通じゃなくて記念日だ大事な日だと言われればそれまでだが、俺にとっては数年振りに現実での世界での普通のイブの朝だった。たぶん数時間もしたら普通のイブじゃなくなるだろうけどな。




「基本的に結界内はモニタリングが出来ない、だからリアルタイムで敵の分析も出来ないからな」


「分かってます、じゃあ基本的で無いなら可能ですね?」


 トワディーのライブ会場のスタジアム、そのロッカールームで俺達は最後の打ち合わせをしていた。まるでサッカーの試合前だと信矢さんは言った。奴の出現予想時刻まであと数時間、最後の作戦会議が始まった。


「ああ、そのための那結花やセリカくん達だ、快利、説明を直接頼む」


「作戦は奴が出現したと同時に俺が聖なる一撃を奴に放って様子を見ます。まず那結花を通して待機しているセリカに情報を送ります、ただし俺の結界を一時的に中和して外にデータを送るからタイムラグが発生する、その時間が?」


「はい、三分です、どなたかカップ麺の用意をしておいて下さい」


 那結花がジョークなのか真面目なのか分からない口調で言うと室内に誰かの苦笑が漏れる。意外と好感触だったぞ、やるな那結花。


「つまり黒龍の解析には三分プラスアルファの時間がかかると思ってくれ」


「ですが、そもそも最初の攻撃で倒せる可能性も有ります、それで終了すれば第三フェーズに入って皆でライブ見て解散だ」


「どっちにしても私たちは歌うだけ……聞いててねカイ!!」


 俺の言葉に反応してRUKAモードのルリが答えると綾華さんと南美ちゃんも二人して覚悟を決めた表情で頷いていた。


「ああ、わざわざ曲順も俺に合わせてもらったんだファンとして俺も全力でこの会場を守るさ」


「敵はこの会場の上空に現れる、だが会場自体を結界で覆うから一般人には知覚されないだろうから問題は無い」


「それに千堂グループの人間と秋山警備保障の部下たちがライブ終了までは結界の外には出させない、だから安心しろ快利」


 それに頷いて仁人さんと親父に礼を言うと配置を再度チェックしながら慧花は真っ赤な鎧を装着していた。


「まさか、殿下に着て頂けるとは思いませんでしたわ」


 そう言ってセリカは真紅の鎧を装着した慧花を見ていた。それはカルスターヴ家の家宝『炎神の鎧』元は当主専用の鎧だったが異世界から逃げて来る際にセリカが持ち出しセリーナが俺に寄こしたものだ。


「殿下は止してくれセリカ、今の私は――――「そうだセリカ、もう慧花はケニーじゃないんだぞ」


 俺が言うとセリカも同意して「うっかりですわ」と言っていたが一番驚いていたのは慧花本人だった。


「それを快利、きみが言うのかい?」


「悪かったな……ま、最近の特訓で思う所が有ったしな、それに気付いたんだケーニッヒだろうが慧花だろうが関係無い、俺の大事な友であり仲間、大事な人が今のお前だってさ……言わせんな恥ずかしいこと」


 それだけ言うと俺は那結花と一緒に最終調整している魔力ジャミング装置の確認をするために仁人さんの後を追う。


「おやおや、カッコいいこと言って自分で照れてますね快利?」


「うるせ、お前こそ現場で後方待機なんだから気を付けろよ」


「問題有りません、仁人さんの作った『魔力コンバーター』と『神気チェッカー』のお陰で負担が軽減されて自衛が可能になりました」


 那結花の言っている二つの発明品は仁人さんの作のもので新たに追加されたプラグインユニットらしい。既にデータを読み込み内蔵したと本人は言っていたから多分きっと大丈夫なんだろう。


「メイビー?」


「下らないこと言ってないで行きますよ快利」


 俺は本当にこいつのマスターなんだろうかと思いながら決戦の地に向かう。七海さんは本社に戻るらしく健闘を祈ると言って帰ってしまった。信矢さん達は各所に散って対策係で狭霧さんや女性陣はルリ達のマネ補佐として雑用にメンタルケアに動いてくれるらしい。そして俺達は決戦の時を迎えた。




 空が振動する、時空が叫びを上げているという感覚を魔力や神気を持たない人間に説明するのは難しい。だがそれでも禍々しい嫌な気配は伝わると思う。そして、その嫌な気配を吹き飛ばすようにTwilight Diva黄昏色の歌姫のクリスマスライブが始まっていた。俺は当然その場にいられないだけど声や想いは届いている。


「始まったようだね快利」


「ああ、全員フォーメーションは頭に入ってるな?」


 頷く那結花、慧花、モニカの三人の顔を見て俺たちは頷き合うと後ろから声をかけられた。インカムを付けて大声を張り上げているのは工藤先生だった。


「秋山っ!! それと残りの三人も、ここらが限界だ……頼む!!」


「はいっ!!」


 そう言って先生が扉を開くと風圧が俺たちを襲った。今、俺達が居る場所はヘリの中だ。そして俺達は順次、空へと飛び出した。全員が浮遊魔法か飛行魔術を使えるので即座に展開する。すぐにヘリは見えなくなる。高度は二千メートル弱、敵の出す時空震の影響でこれ以上はヘリは無理だ。


「全員、無事か!?」


「ああ、行けるさ!!」


 すぐに空に躍り出た俺と後から続いた慧花が答えた。少し後ろには特製メイド甲冑服で飛んでいるモニカと急造のプロテクターを付けた那結果も見える。そのまま飛んでいると那結果の声が聞こえた。


「では快利、私はここに投影魔法でライブの模様を展開します、今の内に!!」


「頼む!! モニカ、周辺索敵を厳に!! ユリ姉さん聞こえてる!?」


 俺は続いてこの決戦用に準備された万能インカム魔力コーティング仕様に怒鳴りながら地上のユリ姉さんを呼び出していた。


『聞こえてるわ!! こっちからもマリン達を出すわ!!』


『こちら二号ヘリのセリカです……通信感度よろしくて?』


 ヘリは合計で三機いて一機は俺達をここまで送りつけ周囲に観測用の高性能ドローンをバラ撒き後方へ、残りの二機はセリカを乗せ通信環境を安定させ相互の情報共有を迅速にするもの、もう一機は地上からの中継増幅機を積んでいた。


「確認した!! 直掩はグラスで会場上空にマリンで補佐がフラッシュ!!」


『心得てます弟殿!!』


『委細承知だ、結界内の通信は問題無い』


『全盛期ほどでは有りませんがそれなりの力は出せます!!』


 今日まで体の回復に専念していたマリンは全盛期の大きさの十分の一、千メートル弱まで大きさが戻っていた。三百メートルクラスのグラスやフラッシュに比べて明らかに大きく優美な水色の体は透き通るようで水で構成されている。


「だが味方なら安心出来るな!!」


『お任せを元勇者、下のマスター達には指一本触れさせません』


「ああ、じゃあ奴が出た瞬間に俺が結界を展開するから外は任せるぞ!!」


 その瞬間、ついに大きな時空の揺れが起きた。俺は聖剣を構えると最も魔力濃度の濃いポイント及び時空の揺れが大きい場所を探った。


「あれだ!!」


「来るね……じゃあ手筈通り、頼むよ快利、モニカ!!」


 慧花の声を聞いて俺とモニカも構えた。後ろでは既に那結果が現場のデータを地上の仁人さんに送っている。その那結果を守るように慧花も今日のために用意された剣を構えた。一強化魔術は施されているが大して役には立たないだろう。あくまでも保険だ。

 俺達の迎撃態勢が整ったと同時に空間が弾けた。そして空に亀裂が走るようにして時空の一部が砕けた。まるで糸が切れたようにプツンと気の抜けた音がしたと同時に完全に空が、破れた。裂かれた。バラバラに切り刻まれた。


「さて、行くぞ……聖なる一撃相手は死ぬ!!」


 破れた時空の向こう側に紅い瞳と真っ黒な巨躯が見えた瞬間、俺は一切の迷い無く聖剣から高出力の神気の奔流を叩き込んだ。声にならない黒龍の咆哮が響く中マリンが下で結界を張るのを確認した。


「よし、俺も封じ込めるぞ全てを拒絶する聖域引きこもりの味方!!」


 俺は最高の強度を誇る結界魔法を発動させると周囲数十キロの空を封じた。それと同時に時空の破れた箇所に動きが有った。黒龍がついに出現したのだ。その姿は竜と言うよりも蛇、巨大な蛇のようで角と二本の腕に鋭い爪のようなものが見て取れた。


「これが……君が対峙した化け物なのか、快利」


「ああ、だけど……ここまで大きかったか那結果」


「いいえ、大きさは約四倍、現在データを送信中で……くっ、何らかのエラー発生でデータ送信が大幅に遅延!?」


 俺がマリンと同じ大きさの黒い巨躯を睨みつけて言う。その姿は禍々しく目は紅く血走り黒一色だと思われた体は白いラインが数本走っている。頭部には橙色の角が生えていて禍々しさを引き立てていた。


『サポートに入る那結果、こっちに回せ!!』


「助かりますフラッシュさん、まったく、黎明期のネット速度ですねダイヤルアップ回線以下ではないですか!?」


「ダイヤルアップとは何でしょうか快利兄さん?」


 たしか大昔のネット回線だったはずだと答えながら俺は完全に姿を現した敵を見る。そして当初の予定通り俺は聖なる一撃を二連発する。しかし予想通りというか予想外の結果が目の前で起きていた。


「効かないとは思ったが……何だ今の?」


「結界いや、相殺されたように目の前に障壁のようなものが!?」


 慧花の言う通りで俺の聖なる一撃の神気の奔流は奴に到達するように消し飛んでいた。有り得ない光景だ聖なる一撃は触れるもの全てを分子分解しながら進行し最後は原子核すら破壊する。だから防ぐことなど不可能な一撃だが、それが防がれた。


「快利!! すぐに英雄化とカップリングスキルを!!」


「ああ、モニカ行くぞ!!」




 そして俺はカップリングスキル『超越する主従の絆ブラコン&シスコン』を発動させる。さらに那結果が英雄化を発動させると同時に背後に投影しているライブ映像で、もう一つのカップリングスキル『歌姫の守護騎士ナイツ・オブ・ディーヴァ』も自動起動する。


 俺の周囲を瑠璃色と黄色の輝き、さらに白と黒の光が瞬く。横のモニカも光ってるし恐らくライブ会場のルリも光っているだろうが会場では対策しているから問題無いと思う。照明とか上手くやっているのだろう。


「よし、準備完了だ!!」


「こちらも行けます!!」


 俺とモニカの準備が整うと同時に目の前の黒龍は爪をこちらに突き出すように構えた後に顎を開けて咆哮した。それだけで大気が震え機材を積んでいたヘリが吹き飛んで消滅していた。


「くっ、また遅く、快利!! 仁人さんから通信来ます!!」


「了解だ、正直、結界が持つか分からないエリ姉さんにも用意を!!」


『ああ、こっちも観測している、あとヘリが一機やられた、グラス君が乗組員は回収してくれたが機材が減って遅れ――――る』


 あまり電波状況は良くないようだ。フラッシュ達も頑張ってくれているが厳しいようで音声が途切れ途切れになっている。


『現在、結界外――――に、絵梨花さん――――いつでも可能』


「了解!! 分析は!?」


『那結果くん――――送った、まるで四神の黄龍の黒い――――だ』


 そこでブツンと通信が切れてしまった。俺は那結果に通信を繋げると即座に返事が返って来た。話によると敵の黒龍の外観はまるで五行思想の黄龍のようだという話だ。しかし細部は違うらしく未知数だそうだ。


『つまりアレね、うちの子達は洋モノのドラゴンだけど、向こうは中国の竜みたいな感じね……グラスが蛇って言ってたのも分かるわ、翼も無いしダサいわ!!』


「ユリ姉さん……地上も完全に安全な訳じゃ無いから……グラスも頼むぞ!! セリカとヘリも守ってくれよ」


 俺の言葉にグラスが竜の咆哮で答えた瞬間、黒龍の赤い眼が怪しく輝くと口から真っ赤な血のようなブレスを放出した。俺とモニカはすぐに光の速さで避けたがグラスを狙ったかのように攻撃した。


「私とてご主人様のドラゴン!! 舐めるなよ黒蛇め、グラス・ビィィィィム!!」


 迫る真っ赤なブレスをグラスは尻尾から発射したブレスで相殺していた。そういえばコイツも立派なドラゴンだった。だが、それより気になったことが有った。


「お前のはブレスだろ!!」


「ふふん、やりましたよご主人様!!」


『よくやったわグラス!! やっぱりビームよねビーム!!』


 なぜか俺の義理の姉はビームが好きらしい。俺も撃てるようになった方がいいのだろうか。それとドラゴンブレスがビーム扱いなのはドラゴン的にどうなんだろうか。


『快利!! グラスさんが防いでくれましたが気を付けて下さい!! この機が落とされたら地上との通信が取れなくて瑠理香さんの声も届かないんですのよ!!』


 実は那結果の投影魔法とセリカを媒介にした魔術によって外部との接続は成立している。つまり俺の魔力や神気が供給され続けるにはセリカ達のヘリが必要だという事だ。先ほど増設機器のヘリだけが壊されたのは不幸中の幸いだった。


「それにしてもモニカ」


「はい、あれはブラッドドラゴンの血のブレス……」


 そう、グラスが防いで消し飛ばしたのは俺達が学園祭で倒したブラッドドラゴンの技だった。そうなると俺の嫌な予感が的中しているような気がしていた。俺の攻撃を防いだものの正体も分かったのだ。


「快利、君の聖なる一撃を防いだのは……ポイズンの悪意の鎧じゃ?」


「だろうな、だけどポイズンの鎧は聖なる一撃で突破できたはず……そう考えると奴の鎧の強度はポイズンよりも上だ」


 慧花の言った通り、あれは間違いなくポイズンドラゴンの絶対防御の特性だ。直接戦った俺や慧花だから分かる事で間違いはないはずだ。今の攻撃で確信したし俺の予想では黒龍は他のドラゴンの能力を使えるのかもしれない。


「ですが私と快利兄さんのスピードなら!!」


「ああ、モニカ無理すんな、それと絶対に攻撃に当たるな!!」


 俺とモニカは光速で奴に迫ると左右から同時に剣を振るう。それぞれの剣には聖魔術と闇魔術を付与し黒龍を完全に捉えていた。


「光と闇、二つと交わりて……」

「我が敵を撃ち滅ぼせっ!!」


「「虚無の彼方への旅路二度と帰って来るな!!」」


 これが黒龍と俺達の長いイブの決戦の始まりとなった。

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